中国車が強い、と言うだけなら、もうそこまで新鮮ではありません。値段が安い、開発が速い、電池が強い。ニュースを追っている人なら一度は聞いたことがあるはずです。

でも、3月23日のロイター記事でVWのオリバー・ブルーメCEOが言った「ドイツ自動車業界は中国の規律ある産業計画から学ぶべきだ」という言葉は、少し種類が違います。これは「相手の選手が強い」と嘆いているのではなく、「相手は勝ちやすい環境を先に整えている」と認めたに近いからです。

写真はフォルクスワーゲンの安徽工場の生産ライン。安徽省の合肥で撮影。REUTERS/Florence Lo
ドイツ自動車業界は中国の産業計画を見習うべき=VWトップ

ドイツ自動車大手フォルクスワーゲン(VW)のオリバー・​ブルーメ最高経営責任者(CEO)‌は22日、独紙ビルト・アム・ゾンタークに対し、ドイツ自動車業界は中国​の規律ある産業計画から学​ぶべきだとの認識を示した。

今回の登場人物

  • Volkswagen Group: ドイツの巨大自動車グループです。中国市場で長く強かった側ですが、最近は中国での戦い方そのものを変え始めています。
  • オリバー・ブルーメ: VWグループのCEOです。今回の問題提起をした本人で、VWが何を脅威と見ているかを示す入口です。
  • 産業政策: 政府が補助金、規制、標準、研究開発支援、インフラ整備などを組み合わせて、産業全体の競争力を上げるよう設計する政策です。会社一社を助けるより、「勝ちやすいコースを先に敷く」考え方に近いです。
  • NEV: 中国で使われる「新エネルギー車」の政策用語で、電気自動車だけでなくプラグインハイブリッドなども含みます。日本語のEVより少し広い箱です。
  • サプライチェーン: 原料、部材、電池、ソフト、組み立て、販売、回収までつながる供給網です。最後の完成車だけ見ても、強さの本体は分かりません。
  • In China, for China: VWが中国向けの商品開発やソフト、調達を中国で完結させる方向へ寄せる戦略です。中国のスピードに合わせるための自衛策でもあります。

何が起きたか

ロイターは3月23日、VWトップが「ドイツ自動車業界は中国の規律ある産業計画から学ぶべきだ」と述べたと報じました。発言の重さは、競争相手を褒めたことではありません。脅威の本体を、中国車そのものから中国の育成システムに置いたことです。

VWの2024年年次報告書を見ると、中国での納車台数は292万6763台で前年比9.5%減でした。中国市場全体はわずかに拡大したのに、VWは競争圧力の強まりを明記しています。つまり、「市場が悪かったから仕方ない」では済ませにくい。自分たちの立ち位置が相対的に弱くなっているわけです。

ここが本題

本題は、中国が強いのはメーカー一社一社がたまたま元気だからではなく、政策、電池、部材、ソフト、充電インフラ、開発速度が一体で動く構造を作ってきたからだ、という点です。

中国政府の「新能源汽车产业发展规划(2021—2035年)」は、2025年にNEV新車販売比率を20%前後へ、2035年には純電動車を新車販売の主流にする方向を示しました。ここで重要なのは、目標の数字そのものだけではありません。技術開発、車両OS、充電や電池交換のインフラ、電池のトレーサビリティー、リサイクル、重要資源の能力強化まで、全部つないでいることなんです。

要するに、中国は「いい車を作れ」ではなく、「いい車が次々出てきやすい地面を作れ」とやっているわけです。ここが論点です。

VWが見ているのは価格だけではない

IEAのGlobal EV Outlook 2025によれば、中国では2024年に1100万台超の電気自動車が売れ、新車販売のほぼ半分を占めました。しかも電池セル生産の80%、世界の電池製造能力の85%超が中国にあります。完成車だけではなく、電池の量産力とコスト低下の土台までそろっているのです。

ここに、VWの動きがきれいにはまります。VWは2024年のChina Capital Markets Dayで、「In China, for China」を掲げ、中国向けの現地開発プラットフォームで40%のコスト削減を目指すと説明しました。2023年には合肥の新会社で開発と調達を集約し、開発期間を約30%短縮する方針を示しています。2026年1月には、中国で独自開発した電子アーキテクチャの量産開始も公表しました。

つまりVW自身が、「車だけ作り直しても足りない。開発の速さも、ソフトも、調達も、現地化しないと戦えない」と認めているわけです。ここまで来ると、脅威はBYDみたいな個別企業名より、そうした企業が次々強くなれる地盤のほうです。

強い選手より、強い育成装置が厄介

ここを高校生向けに言い換えると分かりやすいです。中国の自動車競争力は、「すごいエースが一人いる」より「強い選手が毎年出てくる部活の仕組み」に近い。練習場が広く、道具もそろい、コーチも多く、試合経験も積める。そうなると、一人を止めても次が出てきます。

欧州メーカーにとって怖いのはまさにそこです。もし問題が安売りだけなら、値引きで対抗する余地があります。もし一社の技術力だけなら、提携や買収で追いつく手もある。けれど、中国のように産業政策とサプライチェーンと内需市場が結合していると、勝負は「一台の性能」ではなく「毎年どれだけ早く、安く、更新できるか」になる。VWが言いたいのは、多分このことです。

日本にとっても他人事ではない

日本の自動車産業は、自工会の「ビジョン2035」が示すように550万人の基盤を抱える大産業です。だから、中国式の競争構造が完成車メーカーの話にとどまらず、日本の雇用、部材、装置、アジアの生産ネットワークに響くのは当然です。

しかも、日本企業が強いところはまだ多い一方で、競争の土俵はもう「良い車をきれいに作る」だけではありません。電池、ソフト、調達、規格、インフラ、データ、開発速度まで含めて一体で考えないと、完成車の魅力だけでは押し返しづらくなる。今回のVWトップの発言は、その現実をかなり正直に言ってしまったものだと読めます。

なぜ欧州メーカーは「学ぶべきだ」とまで言うのか

ここでもう一歩踏み込むと、ブルーメCEOの発言が重いのは、「対抗する」ではなく「学ぶべきだ」と言っている点です。これはプライドの話ではなく、時間軸の話です。市場が既に大きく、電池供給も厚く、開発速度も上がっている相手に対して、自分たちだけ旧来型の意思決定で戦えば遅れる、と認めたに近いんです。

企業はふつう、自社の製品力やブランド力を語りたがります。ところが今回は、土俵の作り方そのものへ話が移った。つまりVWは、「良い車を作る」だけでは遅れを埋めにくい段階へ入ったと見ているわけです。だからこそ、中国メーカーの価格やデザインより先に、中国の産業政策が話題の中心に出てきたのです。

それで何が変わるのか

今後の見どころは、欧州メーカーが中国車にどう対抗するかではなく、中国の産業政策型の強さにどう対抗するかです。補助金を真似するか、サプライチェーンを囲い直すか、標準化やソフトで巻き返すか。どれも一社では完結しにくい。

ここでブルーメCEOの発言は、単なる危機感の表明よりも、「企業努力だけで片づく段階は過ぎたのではないか」という半ば政治的なメッセージに見えてきます。車の戦いなのに、話の主語が産業政策になる。そこが、このニュースのいちばん大事な変化です。

まとめ

VWトップが中国の産業計画を見習うべきだと言った意味は、「中国車が強い」以上の話です。中国が勝っているのは一社一社の努力だけでなく、政策、電池、部材、ソフト、インフラ、開発速度をまとめて強くする仕組みを作ってきたからだ、という認識が表に出たわけです。

だから欧州メーカーが向き合っているのは、安いEV一台ではありません。強い選手が次々育つ育成装置です。今回のニュースの本題は、そこにあります。

Sources