EVの時代と聞くと、なんとなく頭の中に「電池」「再エネ」「クリーン」という単語が並びます。たしかに間違ってはいません。ただ、現実の資源外交は、重要鉱物だけを切り出して進むほど単純ではないんです。
AP通信が3月18日に報じた米国とインドネシアの通商合意は、まさにそこを見せました。米国はインドネシアの重要鉱物、特にニッケルを含む供給網への足場を広げたい。一方で合意の中身には、150億ドル分の米国産エネルギー購入、石炭輸出回廊、さらに小型原子炉協力まで入っています。EVの話をしていたはずが、途中から石油もガスも石炭もぞろぞろ出てくる。会議室のドアを開けたら、全員来ていた感じなんですよね。
日本の読者にとってもこれは遠い話ではありません。東南アジアは電池材料と製造拠点の重要エリアで、インドネシアはその中でもニッケル大国です。ここで中国に加え米国まで本気で手を伸ばすなら、日本の自動車、電池、エネルギー戦略も「車をどう売るか」だけでは足りません。
A new trade pact between the United States and Indonesia binds the Southeast Asian nation’s resource wealth and energy future more closely to Washington’s strategic needs.
今回の登場人物
- 重要鉱物: EV電池、送電網、風力発電などに欠かせない資源です。ニッケル、リチウム、コバルト、黒鉛、レアアースなどが代表です。表舞台では地味でも、文化祭で言えば音響と照明みたいな存在で、いないと全部止まります。
- ニッケル: 電池の材料の一つです。IEAはニッケルを電池性能に重要な鉱物の一つに挙げています。APによると、インドネシアは世界最大のニッケル生産国です。
- reciprocal trade(相互・互恵をうたう通商): 直訳すると「お互いさまの貿易」ですが、今回の合意で起きているのは単純な同率関税ではありません。双方がほしいものを差し出して、貿易赤字や市場アクセスを調整する取引の箱だと考えると分かりやすいです。
- USTR: 米通商代表部です。米国の通商交渉を担う司令塔で、今回の合意文書を公表した当事者です。試合で言えば、ベンチではなくルール交渉そのものをする人たちです。
- 化石燃料の抱き合わせ: EV向け資源の交渉なのに、原油、LPG、ガソリン、石炭まで一緒に入ることです。変に見えますが、実は通商とエネルギー安全保障の世界ではかなり理にかなっています。
何が起きたか
2月19日公表のホワイトハウスのファクトシートによると、インドネシアは米国産品の99%以上で関税障壁をなくし、重要鉱物を含む工業品の対米輸出制限を取り除くとしました。逆に米国側は、インドネシアからの輸入に19%の「reciprocal tariff」を維持しつつ、一部品目は0%にします。
ここでまず大事なのは、「相互」と言いながら左右対称ではないことです。インドネシアはかなり大きく市場を開ける。米国は関税をゼロにはせず、19%を残す。つまり今回の reciprocal trade は、対称的な自由化というより、非対称な条件を含む交渉パッケージなわけです。
そして本題はここからです。USTRが公表した合意文書では、インドネシアは重要鉱物の対米輸出制限を外し、米企業と採掘、加工、下流工程で協力するとしています。重要鉱物の供給網を米国側に少しでも寄せたいわけです。EVや電池の時代に、ここを取りに行くのは当然です。
ここが本題
では、なぜその「EV時代の資源外交」に、化石燃料までどっさり入るのか。
理由は大きく3つあります。
1つ目は、通商交渉が「脱炭素の理想」より「今すぐ動く金額」を好むからです。今回の合意では、ホワイトハウスは約330億ドルの商業案件を挙げ、そのうち約150億ドルが米国産エネルギーだと説明しました。しかもUSTR文書では内訳まであり、LPGが35億ドル、原油が45億ドル、精製ガソリンが70億ドルです。数字が大きく、すぐ輸入額として積み上げやすい。通商赤字を気にする政権には、とても使いやすい札です。
2つ目は、重要鉱物は掘れば終わりではなく、加工がめちゃくちゃ電気を食うからです。ニッケルをはじめ、鉱物は採掘してから精錬し、材料化し、工場で使える形にするまでが長い。しかもインドネシアでは、その加工拠点の多くが石炭火力に支えられてきました。つまり「EVの材料を増やそう」という話は、現場ではしばしば「大量の電力をどうする」という話と同じになります。クリーンなゴールに向かう途中の工場が、汗だくで化石燃料を食べている。ここ、なかなか皮肉なんです。
3つ目は、安全保障の論理です。APが伝えた通り、米国はこの合意を中国依存の低下とも結びつけています。インドネシアの鉱物加工は中国系企業の存在感が大きい。だから米国としては、ニッケルだけを押さえるより、原油、LPG、石炭輸出回廊、さらに小型原子炉協力まで含めて、「資源」「電力」「地政学」を束ねた供給網関与を強めたいわけです。
石炭まで入るのはなぜか
今回の合意文書で特に目を引くのが、米国西海岸の石炭輸出回廊への投資支援です。EVの時代に石炭、と聞くと「話が逆走してない?」と思いますが、通商の現場では逆走というより混線です。
米国側から見れば、石炭は輸出できる大きな商品で、エネルギー輸出拡大にも合う。インドネシア側から見れば、国内の産業化とエネルギー安定供給を確保したい。さらに合意文書にはブルーアンモニアや小型モジュール炉への言及もあり、日本もその原子炉協力の相手として名前が入っています。つまりこれは「EV用の鉱物だけを静かに受け渡す協定」ではなく、「工業国として何で回すか」まで含めた総合パックなんです。
要するに、脱炭素の入口に立っていても、各国政府の頭の中では「電池材料」「貿易収支」「電力確保」「地政学」が同時再生されています。再生ボタンが多い。リモコンが忙しいわけです。
日本にとって何が見えるか
日本の読者にとって大事なのは、東南アジアの資源と電池の地図がさらに政治化することです。インドネシアはニッケル大国で、東南アジアの電池材料戦略の中心の一つです。そこに中国が既に強く入り、米国が今回の合意で入り口を広げ、日本は小型原子炉協力の相手として文書に登場する。これ、かなり密です。
日本にとっての含意はシンプルです。EV戦略はもう「良い車と良い電池を作れば勝てる」ではありません。資源の確保、加工に使う電力、どの国と制度を組むか、東南アジアで何を一緒に作るかまで含めて考えないと、途中で材料も電気もルールも足りなくなる。部活で言えば、エースだけ育てても、体育館の鍵を別の学校に握られたら困る、みたいな話なんです。
しかも今回の合意はまだ確定ではありません。APによると、インドネシア議会の批准が必要で、さらに米最高裁によるトランプ政権の広範な関税への判断が、実施の不確実性を増やしています。つまり、地図は動いているけれど、まだインクは乾いていないんです。
まとめ
今回の米国・インドネシア合意が教えてくれるのは、EV時代の資源外交が「きれいな話」だけでは進まないということです。重要鉱物は確かに主役ですが、それを掘るにも、加工するにも、輸送するにも、通商赤字を埋めるにも、現実には原油、LPG、ガソリン、石炭のような大きな商品が一緒に動きます。
だから化石燃料が抱き合わせになるのは、脱炭素が嘘だからではありません。政府が見ている試合が、気候だけでなく、貿易収支、産業競争力、電力安定、安全保障の同時対戦だからです。EVの未来はたしかに電気で走ります。でも、その周りの外交は、まだまだかなり重たい燃料で動いているわけです。
Sources
- AP News: A new US trade deal with Indonesia secures fossil fuels and access to critical minerals
- The White House: Fact Sheet: Trump Administration Finalizes Trade Deal with Indonesia
- USTR: Agreement Between the United States of America and the Republic of Indonesia on Reciprocal Trade (PDF)
- IEA: Critical Minerals
- METI: Signing of the Japan-U.S. Critical Minerals Agreement (CMA)