「日本関係の船が1隻通れました」。このニュース、うれしいです。かなりうれしい。でも同時に、「じゃあホルムズ海峡はもう元通りなの?」と聞かれると、そこは別腹です。うどんとデザートくらい別です。

4月29日にテレ朝NEWSが報じたのは、日本関係船舶1隻がホルムズ海峡を通過し、ペルシャ湾の外へ退避したという話でした。国内報道では、船名や「通航料を払っていない」という点まで伝えられています。ただし、日本政府の公式文書はそこまで細かくは書いていません。今回の本題は、このズレをちゃんと踏まえたうえで、日本政府は何を勝ち取ったのか、そしてそれは海峡が元通りになった意味なのか、を順番に見ることです。

日本関係船舶がホルムズ海峡通過 高市総理が明らかに 通航料支払わず 政府関与で退避
日本関係船舶がホルムズ海峡通過 高市総理が明らかに 通航料支払わず 政府関与で退避

高市総理大臣は、ペルシャ湾に滞留していた日本関係の船舶1隻がホルムズ海峡を通過し、日本へ向け航行していると明らかにした。

今回の登場人物

  • ホルムズ海峡: ペルシャ湾と外海をつなぐ細い海の通り道です。中東の原油やLNGが多く通るので、日本にとってはかなり大事な海ののど元です。
  • 日本関係船舶: 防衛省の説明では、日本籍船だけでなく、日本人が乗る外国籍船、日本の会社が運航する外国籍船、日本向けの重要な積み荷を運ぶ船まで含みます。思ったより守備範囲が広いんです。
  • UNCLOS: 国連海洋法条約のことです。海の基本ルール集みたいなものです。ホルムズ海峡のような国際航行に使う海峡では、船の通過を妨げてはいけない、という原則がここにあります。
  • 外交努力: 日本政府がイランなど関係国に働きかけ、船の安全な通航や事態の沈静化を求めてきた動きです。今回の成果を考える土台になります。
  • 自衛隊の情報収集活動: 防衛省の説明では、政府の航行安全対策の一環として情報を集める活動です。ただし活動海域はオマーン湾、アラビア海北部、アデン湾東側で、ホルムズ海峡やペルシャ湾そのものではありません。

何が起きたか

テレ朝NEWSは4月29日、日本関係の船舶1隻がホルムズ海峡を通過して湾外へ退避し、日本へ向けて航行していると報じました。記事は、通過した船を出光興産の大型原油タンカー「出光丸」だとし、政府関係者の話として、日本政府がイラン側との交渉に関与し、通航料は支払っていないと伝えています。TBSも同日、同じ趣旨を速報しています。

ただ、ここでブレーキを一回踏みます。政府の公式な発表は、同じ4月29日でもかなり慎重です。外務省は、ペルシャ湾内の日本関係船舶に乗っていた日本人乗組員1人が28日に下船し、29日に帰国したことを発表しましたが、船名も「通航料不払い」も書いていません。首相官邸や外務省がこれまで積み上げてきた発表も一貫しているのは、「ホルムズ海峡の自由で安全な航行を確保せよ」という要求までです。細かい実務の内訳は、少なくとも公表文書では見えません。

でも、だから全部ぼやけるわけでもありません。4月8日の首相官邸の会見では、高市首相が、事態の早期沈静化が何より重要だとしたうえで、ホルムズ海峡の航行安全の確保を求めたと説明しました。4月15日の外務省発表でも、茂木外相はイラン外相に対し、ホルムズ海峡は「世界の物流の要衝、そして国際公共財」であり、すべての国の船舶の自由で安全な航行を確保するよう改めて強く求めています。日本政府は前から、ここをかなりしつこく言っていたわけです。しつこいは悪口ではなく、こういうときは仕事です。

ここが本題

日本政府が勝ち取ったのは、大きく言えば「海峡全体の正常化」ではなく、「少なくとも1隻について、例外的でも通航を実現したこと」だと見るのがいちばん無理がありません。

これは小さく見えて、実は小さすぎません。事実上の封鎖状態が続くなかで、日本関係船舶が1隻でも湾外に出られたなら、外交ルートが完全には詰まっていないことを示します。しかも国内報道どおり通航料を払っていないのだとすれば、日本政府は「通すなら通行料を払え」という形を、その1件では少なくとも受け入れなかったことになります。ここはかなり重要です。海の話なのに、急に有料道路のETC問題みたいに見えてきますが、実際かなり近いです。

ただし、その成果を「海峡が元通りになった」と読むのは飛びすぎです。理由は3つあります。

元通りではない理由

1つ目は、政府自身の言い方がまだ「全面回復」を示していないからです。高市首相は4月29日の発信で、残る日本関係船舶を含め、すべての国の船舶が自由で安全に通過できるよう引き続き働きかけるとしています。つまり政府の認識は、「1隻通れた。はい解散」ではありません。まだ交渉と警戒が続く前提です。

2つ目は、エネルギー対策が平時モードに戻っていないからです。経済産業省は3月24日に当面1か月分として約850万キロリットルの国家備蓄原油放出を決め、4月24日には第2弾として約580万キロリットルの放出を決めました。4月24日の発表でも、ホルムズ海峡を通らないルートでの調達に最大限注力していると書いています。普通の状態に戻っていたら、ここまで大きなバックアップ運転は続きません。家のブレーカーが不安定なまま非常用ライトを増やしている感じです。安心した顔で追加購入しているので、むしろ安心ではない。

3つ目は、国際ルールから見ても「個別に通れた」ことと「正常化」は別だからです。UNCLOSの第38条は、国際航行に使われる海峡で、すべての船舶と航空機が妨げられない通過通航権を持つとしています。第42条でも、沿岸国が作るルールは通過通航権を実質的に妨げてはいけないとされ、第44条は通過通航を妨げてはならず、停止もしてはならないと定めています。要するに、本来の正常状態は「誰かが特別に頼んだから1隻通れた」ではなく、「個別交渉なしで、継続的に、みんなが通れる」です。そこまで戻って初めて、元通りに近いと言えます。

では日本は何を取ったのか

ここがいちばん大事です。日本が取ったのは、海峡全体の支配権でも軍事的優位でもありません。もっと地味で、でも現実にはかなり効く3点です。

まず、邦人と日本関係船舶のリスクを1件ぶん具体的に下げたことです。抽象的な「安全確保を求めた」ではなく、実際に1隻が外へ出たなら、それだけで乗組員、荷主、関係企業にとっての危険は減ります。外交は派手な勝利ポーズより、こういう1件の積み上げのほうが本業です。

次に、「自由で安全な航行」という原則を、日本がまだ下ろしていないことを示したことです。もし通るたびに通航料や許可の条件を個別に飲む形が常態化すると、ホルムズ海峡は国際海峡というより海の料金所になってしまいます。今回の報道どおりなら、日本は少なくともその前例をそのままは受け入れなかったことになります。

最後に、時間を買ったことです。備蓄放出や代替調達は、結局のところ「本線が不安定なあいだに持ちこたえる仕組み」です。1隻でも通せる実績が出ると、完全停止しか手がない状況よりは、企業も政府も次の判断をしやすくなります。ニュースとしては地味です。でも実務では、地味な時間稼ぎがいちばん高いんですよね。

自衛隊が直接「守った」わけではない

ここは誤解しやすいので、はっきり置きます。今回の通過を、自衛隊がホルムズ海峡で直接守って押し通した、と読むのは正確ではありません。

防衛省の説明では、日本の取組は「更なる外交努力」「航行安全対策の徹底」「自衛隊の艦艇及び航空機の活用」の3本立てですが、自衛隊の情報収集活動の地理的範囲はオマーン湾、アラビア海北部、アデン湾東側です。ホルムズ海峡やペルシャ湾そのものは対象に入っていません。つまり今回のニュースの中心は、少なくとも公表情報ベースでは、直接護衛というより外交と危機対応の積み重ねにあります。

日本の読者にとっての意味

このニュースが日本で大事なのは、「1隻通ったから安心」でも「まだ危ないから絶望」でもなく、その中間の現実が見えるからです。日本政府は、完全な正常化には届いていないけれど、無力でもなかった。外交で1件を動かし、同時に備蓄放出と代替調達で保険もかけている。派手ではないけれど、危機対応としてはかなり日本らしい動きです。

そして読む側としては、次に見るべきポイントもはっきりします。残る日本関係船舶は通れるのか。通航料の話は個別例にとどまるのか、それとも海峡全体の新ルールみたいな顔をし始めるのか。備蓄放出はどこまで続くのか。そこを追わないと、「1隻通れた」という朗報を、必要以上に大きく読んでしまいます。

まとめ

日本政府が今回勝ち取ったのは、ホルムズ海峡が全面的に元通りになったことではありません。より正確には、外交を通じて日本関係船舶1隻の通過を実現し、「自由で安全な航行」という原則をその場で下ろさなかったことです。

ただ、それはあくまで1件の前進です。政府の公式文書は船名や通航料不払いまで確認しておらず、備蓄放出や代替調達もなお続いています。本当に「元通り」と言えるのは、特別扱いの交渉なしに、すべての船が継続的に安全に通れる状態が戻ってからです。1台だけ渋滞を抜けたことと、道路が空いたことは同じじゃない。今回のニュースは、そこを見分ける練習問題なんです。

Sources