新型コロナのニュースは、流行の大波が過ぎると、どうしても過去形っぽくなります。感染者数、病床、マスク、行動制限。社会全体の大騒ぎが引くと、「もう終わった話なんでしょ」という空気が出やすい。
でも、今回の要望書が突きつけているのは、そこにまだ後編が残っているということです。大事なのは「後遺症で苦しむ人がいます」という事実だけではありません。もっと制度っぽくて、でも生活にはずしんと来る話です。住む場所によって、診療につながりやすさの差が大きすぎる。これが本題です。

新型コロナウイルス感染症の後遺症に悩む当事者らの団体「全国コロナ後遺症患者と家族の会」は14日、後遺症の診療に対応できる医療機関を都道府県にそれぞれ1カ所以上整備することなどを求めた要望書を厚生労働省に提出した。仁木博文副大臣が受け取った
今回の登場人物
- コロナ後遺症: 新型コロナ感染後に、感染性が消えたあとも続く症状全般です。倦怠感、息切れ、思考のもやもや、睡眠障害など、人によって出方がかなり違います。
- 全国コロナ後遺症患者と家族の会: 当事者や家族が集まり、医療や福祉、教育、就労の支援強化を求めている団体です。
- 後遺症外来: コロナ後遺症が疑われる症状を診る医療機関や外来機能のことです。地域によって数も見つけやすさもかなり差があります。
- 厚労省の診療の手引き: 医療現場向けに、後遺症の考え方や症状ごとの対応を整理した資料です。制度が何もないわけではなく、現場への橋は一応あります。
何が起きたか
共同通信配信の記事を掲載した熊本日日新聞などによると、全国コロナ後遺症患者と家族の会は5月14日、厚生労働省に要望書を提出しました。内容は、後遺症の診療に対応できる医療機関を各都道府県に少なくとも1カ所以上整備することなどです。
記事では、当事者団体が「大都市部以外では診療に対応できる医療機関が限られている」と訴えたこと、後遺症患者を多く診る医師が「十分な診療を受けられない地域がある」と強調したことが伝えられています。
ここで大事なのは、要望が「治療法を今すぐ全部確立してほしい」だけではない点です。もっと前段にある、「診てもらえる場所へたどり着けない」という問題が前面に出ています。症状のつらさに加えて、受診の入口が見えにくい。これが二重につらい。
ここが本題
本題は、後遺症という病態の難しさそのものより、診療アクセスが地域で uneven になっていることです。すみません、ここは英語で逃げずに言うと、ばらつきが大きい、です。
コロナ後遺症は、症状がかなり多様です。疲れやすい、息苦しい、頭が回らない、眠れない、心拍が乱れる。しかも検査で一発で分かるとは限らない。そのため、どの診療科に行けばいいかが最初から分かりにくい。風邪なら内科、骨折なら整形外科、といかない。地図の縮尺が最初から合っていない感じです。
そうなると、専門的に診る外来や、少なくとも相談のハブになる医療機関が必要になります。ところが、都市部には比較的情報が集まりやすい一方、地方では「そもそも近くにない」「名前はあるが受け入れ条件が厳しい」「紹介状が必要」「年齢制限がある」など、入口のハードルが高くなりがちです。病気と戦う前に、案内板を探すゲームが始まってしまう。
「もう感染症の山は越えたのに」が通用しない理由
ここで誤解されやすいのが、「感染の急性期が落ち着いたのだから、後遺症も縮小していくはず」という感覚です。気持ちは分かります。でも、後遺症は急性期とは時間軸がずれます。
厚労省のQ&Aでも、後遺症は感染性が消えたあとに続く症状全般だと整理されています。つまり、感染拡大の山が下がっても、あとから医療や生活支援の需要が残る。しかも症状が長引く人ほど、就労、通学、家事、育児への影響が重なります。熱が下がったら終わり、ではない。
さらに、後遺症外来は診断も治療も時間がかかりやすい。患者ごとに症状が違い、別の病気との切り分けも必要だからです。医療機関にとっても、外来枠、人員、連携先の確保が要ります。だから、患者数が目立たなくなるほど、かえって体制が細くなりやすい。ここが難しい。
厚労省は2023年2月の時点で、都道府県に対して後遺症を診る医療機関を選定し、2023年4月28日までにウェブで公表するよう求めていました。当時、こうした取組を実施していたのは約4割の都道府県とされていました。つまり国が何もしていないわけではないし、一覧を作る努力も進んできた。ただ、今回の要望が示しているのは、「一覧がある」と「実際にたどり着ける」は別だということです。地図は配られた。でも道が細い。そんな感じです。
いま制度がゼロなのかというと、そうでもない
ここも冷静に見たいところです。厚労省は「新型コロナウイルス感染症の罹患後症状について」のページで、診療の手引きやQ&Aを公表しています。何も手当てがないわけではありません。
ただ、制度資料があることと、患者が近所で診てもらえることは別です。ここが今日の論点です。教科書はある。でも教室が遠い。あるいは先生が足りない。そういう状態に近い。
要望書が各都道府県に少なくとも1カ所以上の診療体制を求めているのは、最低限の“入口”を全国に作ってほしいという意味合いが強いと見たほうが自然です。最先端治療センターを大量に作れというより、まず地域格差をここまで放置しないでほしい、という訴えです。
ここで効いてくるのが「1県1カ所」という言い方です。47都道府県に最低1拠点、というのは、ものすごく贅沢な要求ではありません。むしろ、入口としてはかなり控えめです。それでも改めてそれを求めなければならないということは、患者側の体感として、既存の公表・連携策だけではまだ不足しているということでもあります。
日本の読者にとっての意味
このニュースが日本の読者にとって重要なのは、コロナ後遺症が一部の特別な話ではなく、医療アクセスの設計問題だと見えてくるからです。
自分や家族が後遺症にならなくても、地域医療の入口設計は他の慢性症状や原因不明症状にもそのままつながります。どこへ相談し、どう紹介し、どう支えるか。その回路が細い地域ほど、患者は長く迷います。
そして、後遺症は健康問題であると同時に、就労や教育にもつながります。十分な診療にたどり着けなければ、会社を休みやすくなる、学校へ戻りにくくなる、家族の介助負担が増える。だからこれは病院の中だけの話ではなく、暮らしの持ちこたえ方の話でもあります。
それで何が変わるのか
今後の見どころは、厚労省がどこまで「診療の手引きの周知」から「地域の受け皿づくり」へ踏み込めるかです。医療機関リストの公表だけで足りるのか、紹介体制や相談窓口をどう整えるのか、自治体との役割分担をどうするのか。ここが次の段階です。
要望書の重さは、後遺症そのものの苦しさに加えて、「診てもらえる場所の少なさ」がまだ現役の問題だと示したところにあります。流行が過去形になっても、支援の仕事は現在形なんですね。
そして、この問題は今後ほかの慢性症状や原因不明症状にも重なります。症状が多様で、専門科が一つに決まらず、働くことや学ぶことにも影響する。そういう病態に対して、日本の医療はどう入口を作るのか。コロナ後遺症は、その弱点をかなりはっきり映してしまう鏡でもあります。
まとめ
コロナ後遺症の要望書の本題は、「今もつらい人がいる」というだけではありません。住む場所によって診療につながる差が大きく、症状より先に入口探しで消耗する構造が残っている。そこに当事者団体が改めて警報を鳴らした、というニュースです。
感染症の大波が引いたあとに残る仕事は、目立ちにくい。でも、目立ちにくいものほど制度が拾わないと置き去りになります。今回の話は、その典型です。