「クロマグロの漁獲枠を増やしたい。でも小さい魚は減らしたい」。反対方向のアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようだが、これは矛盾ではない。今回の本題は、回復してきた資源を使いながら、次の世代の魚を残すにはどのサイズを獲るか、という設計の話だ。

太平洋クロマグロの漁獲枠めぐる国際会議 日本は漁獲枠増を求める方針|FNNプライムオンライン
太平洋クロマグロの漁獲枠めぐる国際会議 日本は漁獲枠増を求める方針|FNNプライムオンライン

クロマグロの漁獲枠拡大に向け、議論を主導したい考えです。現在、長崎市で行われている国際会議では、太平洋クロマグロの漁獲枠をめぐるルールづくりを議論しています。クロマグロの資源量は、乱獲などの影響で、歴史的な低水準まで落ち込みましたが、厳しい規制の結果、回復し、合意目標を上回る状態になっています。日本は、30キロ以上の漁獲枠を25%増やす一方、資源保護のため、小さいマグロを6%減らす案で議論を進めたい考えです。鈴木農水大臣:資源の状況に応じた漁獲枠が適切に設定をされるよう、特に大型魚の漁獲枠の増…

今回の登場人物

太平洋クロマグロは、日本で刺身やすしとして親しまれる大型魚。太平洋を広く回遊するため、一つの国だけで管理しても魚には国境線が見えない。

漁獲枠は、一定期間に獲ってよい量の上限。漁船の気合ではなく、国際合意と国内配分で決まる「海の予算」である。

WCPFCは、中西部太平洋まぐろ類委員会。ざっくり言えば、日本近海を含む太平洋の西側でマグロ類の管理ルールを決める国際組織だ。

IATTCは、全米熱帯まぐろ類委員会。太平洋の東側を担当する。クロマグロは海の西側と東側をまたぐので、WCPFC側とIATTC側が一緒に調整する。

管理方式は、資源量が増減したときに漁獲枠をどう動かすか、あらかじめ決める計算ルール。毎回の会議で声の大きさを競うのではなく、体重計の数字に応じて食事量を変える発想に近い。

何が起きたか

FNNプライムオンラインは2026年7月10日、長崎市で太平洋クロマグロの漁獲ルールを話し合う国際会議が開かれ、日本は30キロ以上の大型魚の漁獲枠を25%増やす一方、30キロ未満の小型魚は6%減らす案で議論を進めたい考えだと報じた。

太平洋クロマグロは乱獲などで歴史的な低水準まで減ったが、厳しい規制のもとで資源量が回復し、国際的な回復目標を上回ったとされる。水産庁の資料によると、7月8日から11日までIATTCとWCPFC北小委員会の合同作業部会、13日と14日にWCPFC北小委員会が長崎で開かれる。

FNNの記事は、合意できれば11月末からのWCPFC年次会合で正式決定されると伝えている。つまり、25%増と6%減はまだ確定した新ルールではない。日本が交渉で目指す案である。

ここが本題

ニュースの数字だけを見ると、「資源が回復したからもっと獲る」か、「まだ心配だから減らす」かの二択に見える。けれど魚の管理は、全体量だけでなく、どの成長段階の魚を獲るかでも結果が変わる。

30キロ未満の小型魚は、これから成長して大型魚になる途中だ。小さい段階で多く獲れば、将来大きくなる魚の数を減らす。大型魚を中心に利用し、小型魚を抑える案には、回復の成果を漁業に戻しつつ、次の在庫を残そうという考え方がある。

もちろん「大きい魚なら何匹でも大丈夫」ではない。大型魚には成熟し、産卵に参加する個体も含まれるため、次の世代を残すうえで重要だ。だから大型魚にも上限があり、25%という増加幅も資源評価と管理方式の候補を踏まえて検討される。小さい魚を守れば全部解決、という一行レシピではない。

なぜ毎年の空気で決めないのか

近年、日本近海ではクロマグロが豊漁になり、地域によっては漁期の早い段階で枠に達して操業を止める事態も報じられている。漁師から見れば、目の前に魚がいるのに獲れない。消費者から見れば、魚が戻ったなら店頭価格も下がってほしい。会議室に届く圧力は強い。

ただ、目の前の豊漁と、太平洋全体の資源状態は同じではない。魚群がたまたま特定海域に集まった可能性もあるし、年齢構成や産卵量も見る必要がある。近所のコンビニにおにぎりが山積みだから、日本全国で米が余っている、と即断できないのと同じだ。

そこで使われるのが管理方式である。資源量がこの水準なら枠をこう動かす、減ればこう戻す、変化幅は一度に大きくしすぎない、と先に決めておく。複数の漁獲ルールを、将来の資源変動を想定した計算で比べる作業が「管理戦略評価」だ。WCPFCの評価資料には、候補となる管理方式ごとの漁獲量と、「前の漁獲上限からの変更を25%以内にする」という制約が示されている。

この制約には、魚と人間の両方を急変から守る意味がある。資源が少し増えた年に枠を一気に広げ、翌年また急に絞れば、魚の回復も漁業者の経営も安定しない。海は株価チャートではないが、乱高下が困る点は似ている。

25%増でも価格25%安とは限らない

FNNの記事では、都内の魚介専門店が「単純に2割、3割は安くなるのでは」と期待を語っている。これは店側の見通しであり、決定済みの価格予測ではない。

漁獲枠が増えても、実際の水揚げ量が同じ割合で増えるとは限らない。魚がいる場所、天候、燃料費、人手、漁船の数、品質、輸送、冷凍、卸売り、小売りの在庫で価格は変わる。大型魚の枠が増えて小型魚が減るなら、商品のサイズ構成も変わる。

さらに、今回話し合っているのは国際的な大枠だ。その後、日本国内で漁業種類や地域へどう配分するかがある。スーパーの値札までには、国際会議から何枚もの伝票を通る。25%という数字をそのままレジへ持っていくと、途中で迷子になる。

消費者にとって大事なのは、安さだけではない。漁獲枠を守って獲られた魚が安定して流通すること、数年後にも同じ魚を食べられることが重要だ。「今年たくさん食べられたので、来年からメニューから消えます」では、豊かさとして少し切ない。

回復目標を超えた後が難しい

資源管理は、減っているときだけの仕事ではない。むしろ回復した後に「どこまで利用を戻すか」が難しい。

太平洋クロマグロは、資源が大きく落ち込んだ経験から国際的な規制を強め、回復目標を予定より早く達成した。その成功は、規制を全部外してよい合図ではない。管理が効いたなら、その管理を続けながら成果を分ける段階へ移ったということだ。

ここで漁業者の納得も欠かせない。厳しい枠を守って回復させたのに、豊漁でも獲れない状態が続けば、ルールへの信頼が弱くなる。一方、短期的な好漁だけで増枠すれば、過去の減少を繰り返す恐れがある。資源の数字と現場の実感をつなぐのが管理方式の役割になる。

小型魚6%減には、地域や漁法によって負担の偏りが出る可能性がある。狙っていなくても小型魚が混ざる漁業では、放流の方法や枠の配分、漁具の工夫も必要だ。大型魚の増枠だけを見て「全員うれしいニュース」とまとめるのは早い。

日本の読者に何が関係するか

日本はクロマグロの大きな消費国であり、漁業国でもある。だからこの交渉は、外国の環境会議を眺める話ではない。すし店の仕入れ、沿岸漁業の収入、地域への枠配分、将来の食文化に直接つながる。

今後見るべき点は三つある。第一に、長崎の会合で大型魚25%増・小型魚6%減を含む管理方式に合意できるか。第二に、11月末からのWCPFC年次会合で正式決定されるか。第三に、決まった国際枠を日本国内で誰にどう配るかである。

中心問いへの答えはこうなる。大型魚を増やし、小型魚を減らす案は、規制を緩めるか強めるかの二択ではない。成長途中の魚を残しながら、回復した資源の一部を大型魚として利用する設計だ。その安全性は、25%や6%という一回の数字ではなく、資源が変わったときに枠を戻せる管理ルール全体で判断する必要がある。

まとめ

日本は太平洋クロマグロについて、大型魚の漁獲枠を25%増やし、小型魚を6%減らす案で国際協議を進めたい考えだ。これは決定事項ではなく、長崎での会合と年末の正式決定を待つ段階にある。

ニュースの芯は「マグロが安くなるか」だけではない。資源回復の成果を利用しながら、次の世代の魚と漁業を残すルールを作れるかだ。アクセルとブレーキを同時に使うのは変ではない。海の運転こそ、片方だけでは曲がれない。

Sources