家で揚げ物をしたあとの油が、いつか飛行機を飛ばす。台所と滑走路の距離が急に縮んだような話だ。でも、油をスーパーの箱へ入れた瞬間、旅客機の翼が「待ってました」と生えるわけではない。

本当に見るべきなのは、家庭の油をどれだけ集められるか、集めた油を燃料へ変える設備が足りるか、そして「CO₂を約8割減らせる」という効果をどの範囲で測るかだ。先に答えを言うと、家庭回収の最初の壁は回収量。全国へ広げる段階では製造能力も壁になり、ライフサイクル評価は削減効果を名乗るための関所になる。

newsdig.tbs.co.jp

今回の登場人物

  • SAF(サフ): Sustainable Aviation Fuel、つまり「持続可能な航空燃料」。廃食油や植物、都市ごみなどを原料にし、従来のジェット燃料よりライフサイクル全体の温室効果ガスを減らす燃料だ。
  • UCO: Used Cooking Oilの略。家庭や飲食店で使い終えた食用油のこと。今回はSAFの原料として回収される主役だ。
  • HEFA(ヘファ): 廃食油などの油脂へ水素を加えて処理し、航空燃料に変える代表的な製法。天ぷら油をこして終わり、ではなく、工場で化学的に作り替える。
  • LCA: Life Cycle Assessment、ライフサイクル評価。原料の回収、運搬、製造、燃料の輸送、飛行機での燃焼までを通して、温室効果ガスがどれだけ出るかを測る考え方だ。
  • ICAO(イカオ): 国際民間航空機関。国際航空のルールをつくる国連の専門機関で、SAFの削減効果をどう計算し、認証するかの基準も整えている。

何が起きたか

TBS NEWS DIGによると、宮崎市のスーパー「フーデリー霧島店」で、家庭の使用済み食用油を回収し、航空燃料へ再利用する取り組みが始まった。日本航空などが連携し、買い物客には専用の回収ボトルも配られた。

流れを並べると、家庭で油をためる、スーパーの回収箱へ入れる、回収業者が製造工場へ運ぶ、工場でSAFへ変える、従来のジェット燃料と混ぜ、空港へ届ける、となる。JALの回収プロジェクトも、この順番を示している。

ここで大事なのは、スーパーの回収箱はゴールではなく、ようやくスタート地点だということだ。駅伝でいえば、まだタスキを最初の走者へ渡したところ。滑走路はだいぶ先にある。

まず「約8割」をほどく

入口記事は、廃食油などからつくるSAFについて、従来の燃料よりCO₂排出量をおよそ8割削減できると紹介している。この数字は、飛行中の排気口からCO₂が8割出なくなる、という意味ではない。SAFも燃やせばCO₂は出る。

比較するのは、原料の調達から製造、輸送、燃焼までを通したライフサイクル全体だ。国土交通省はSAFの削減効果を約60〜80%と説明する。原料や製法が違えば、数字も変わるから幅がある。

ICAOの標準値では、従来の航空燃料の基準はエネルギー1メガジュール当たり89グラムのCO₂相当量。廃食油をHEFA製法でSAFへ変える経路は13.9グラムだ。標準値どうしを比べると削減率は約84%になるので、「約8割」には根拠がある。

ただし条件がある。ICAOは、製造に使う水素や熱を石炭由来にした場合には排出量を上乗せする補正値も示している。つまり、茶色い油が透明な燃料になったという見た目だけでは合格にならない。工場の水素、熱、運搬まで成績表に入る。

もう一つ、完成した純粋なSAFは、現行ルールではそのまま給油せず、化石由来のジェット燃料と混ぜて使う。仮にライフサイクル排出を80%減らせるSAFが燃料全体の10%なら、単純化した削減効果は燃料全体で約8%だ。SAF部分が約8割減ることと、飛行機が使う燃料全体が約8割減ることは別。ここを一緒にすると、数字が急に空を飛び始めてしまう。

第一の壁は回収

家庭の廃食油を使う取り組みに限れば、最初のボトルネックは回収量だ。

農林水産省の資料では、国内で出る廃食油は、飲食店や食品工場などの事業系が年約40万トン、家庭系が年約10万トンと推計される。事業系は9割以上が回収され、家畜の配合飼料などに再利用されている。一方、家庭系は9割以上が未回収だ。

つまり、飲食店の裏口には回収の通り道がかなりできているが、家庭の台所からは油が少しずつ、広い地域に散らばって出る。100軒を回って少量ずつ集めれば、容器、人手、車、保管場所が要る。油はある。でも、点々とある。宝の地図に印が多すぎるタイプだ。

だからスーパーの回収箱には意味がある。買い物という普段の移動に回収を重ねれば、家庭を一軒ずつ回るより集約しやすい。JALが公開する月別回収量のように、設置数だけでなく、実際に何リットル集まったかを追うことも重要になる。

ただ、家庭系の発生量は事業系より小さい。しかも事業系の油には、すでに飼料などの行き先がある。SAFを増やすには「全部こちらへ寄せればいい」と単純には言えない。未回収の家庭油を新たに拾うことは大切だが、航空燃料の大きな需要を廃食油だけで賄うのは難しい。木質資源、エタノール、合成燃料など別の原料・製法も並行して育てる必要がある。

第二の壁は製造

油を集めても、航空燃料として安全に使える品質へ変えなければならない。

国内の廃食油SAFでは、回収油から水分や食べかすなどの不純物を取り除き、化学処理を経て、化石燃料を含まない「Neat-SAF」にする。その後、従来燃料と混合し、品質を管理して空港へ運ぶ。コスモエネルギーグループは堺製油所の設備で2025年4月から供給を始め、年間約3万キロリットルのNeat-SAFを製造できるとしている。

これは国内で製造・供給する流れが動き始めた一例だ。一方、国土交通省は、世界でもSAF供給量が少なく、製造コストが課題だと明記している。回収箱だけ増えても、処理設備、混合設備、貯蔵、空港までの輸送が詰まれば流れない。台所の蛇口を太くしたのに、その先の配管が細いままでは水は増えない。

国は大規模な製造設備への投資支援を進めている。今後の焦点は「工場を建てたか」だけでなく、実際に何キロリットル生産し、安定して航空会社へ供給できたかだ。

第三の関所はLCA

ではLCAはボトルネックなのか。物理的に油の流れを止める設備ではないが、削減効果を正式に数えるための関所だ。

ICAOの国際航空向け制度CORSIAでは、SAFとして排出削減を主張するために、原料、製法、輸送、燃焼を含むライフサイクル排出量を示し、持続可能性の基準を満たす必要がある。国土交通省も、国際的に温室効果ガス削減効果のあるSAFと認められるには、登録・認証が必要だと説明する。

廃食油は「廃棄物」と分類されるため、ICAOの標準計算では新たな農地拡大による排出の標準値はゼロになる。ただし、回収後の洗浄や前処理、運搬、燃料への転換で使うエネルギーは消えない。廃棄物という名札を貼れば自動で環境優等生、という仕組みではない。

認証は少々地味だが、ここを省くと「どこから来た油か」「本当に廃食油か」「同じ削減分を二重に数えていないか」を確かめにくくなる。LCAは宣伝文句にブレーキをかける。そのブレーキがあるから、削減量を政策や企業の目標に使えるわけだ。

何を見れば前進が分かるか

この取り組みを「いい話」で終わらせないために、見る数字は四つある。

一つ目は、家庭系廃食油の回収拠点数ではなく実回収量。二つ目は、回収した油のうちSAF原料として使えた割合。三つ目は、工場の計画能力ではなく実生産量と供給量。四つ目は、認証された燃料のライフサイクル排出量と、実際の混合割合だ。

家庭の油をスーパーへ持っていく行動は、航空脱炭素の入口としてちゃんと意味がある。ただし、それだけで飛行機の排出が8割減るわけではない。回収網を太くし、製造設備を動かし、全工程の排出を測って初めて、油は「捨てるもの」から「削減効果を証明できる燃料」になる。

中心問いへの答えを短く言い直そう。家庭回収では、最大の詰まりは集める仕組みだ。全国規模では原料回収と製造能力を同時に増やす必要があり、LCAはその燃料を脱炭素として数えるための品質保証になる。 揚げ物の後片づけが空の未来につながる。ただし、魔法の呪文は「回収箱」ではなく、「回収・製造・認証」の三点セットなのだ。

Sources