新型ロケットが、昔のロケットで使った設計へ戻る。字面だけなら「開発に失敗して先祖返り」と見えます。ところがロケットの世界では、性能を少し下げてでも実績のある設計に寄せることが、いちばん現実的な前進になる場合があります。

イプシロンSがまさにそれです。新型の第2段モータは地上燃焼試験で2度爆発しました。JAXAはこの部分をいったん切り離し、強化型イプシロンで飛行実績のあるM-35を土台にした「M-35a」へ変更。7月23日午前、種子島宇宙センターで地上燃焼試験を行いました。今回の本題は「試験が派手だったか」ではなく、なぜ能力より信頼性を先に取り戻すのかです。

国産小型ロケット「イプシロンS」燃焼試験終了 直近2回は爆発で失敗 種子島宇宙センター | TBS NEWS DIG (1ページ)
国産小型ロケット「イプシロンS」燃焼試験終了 直近2回は爆発で失敗 種子島宇宙センター | TBS NEWS DIG (1ページ)

日本の新たな基幹ロケットとして開発中の「イプシロンS」のエンジン燃焼試験が、きょう23日、鹿児島県の種子島宇宙センターで行われました。イプシロンSは、JAXA=宇宙航空研究開発機構が2020年から開発を進めてい… (1ページ)

今回の登場人物

  • イプシロンS: 日本の次世代小型ロケットです。大型衛星を担うH3に対し、比較的小さな衛星を国内から打ち上げる役割があります。
  • E-21: イプシロンS用に開発していた新型の第2段固体ロケットモータです。推進薬を増やして能力を高める狙いがありましたが、2023年と2024年の地上試験で燃焼異常が起きました。
  • M-35a: それ以前の強化型イプシロンで実績があるM-35の設計を土台に、手に入らなくなった部品や材料を置き換えて新たに作る第2段です。倉庫の古い部品をそのまま載せる話ではありません。
  • Block1: M-35aを使って、まず打ち上げ再開を目指すイプシロンSの段階的な構成です。最終完成形の前に「信頼を取り戻す版」を置く考え方です。
  • LOTUSat-1: JAXAが打ち上げを受託したベトナムの地球観測衛星です。ロケットの完成を待つ具体的な顧客がいることを示します。

何が起きたか

7月23日のTBS NEWS DIGによると、午前9時、種子島宇宙センターでイプシロンSの第2段モータの地上燃焼試験が始まりました。燃焼は約2分間で、推力や温度など約250項目を計測すると報じられています。

ここまで来る道は平らではありませんでした。2023年7月14日、E-21の地上燃焼試験で爆発・火災が発生。対策を施して臨んだ2024年11月26日の再試験でも、燃焼中に異常が起きました。新型第2段の原因調査と対策には、さらに時間がかかる見通しになりました。

一方、イプシロンSの打ち上げが止まるほど、国内の小型衛星は打ち上げ機会を失います。JAXAは2026年2月、複数の案を比較したうえで、技術的な成立性が最も高いとしてM-35系を使う計画変更を報告しました。新しい名称がM-35aです。

本題は「性能不足」より「信頼不足」が重いこと

ロケットの性能は、どれだけ重い衛星を、どの軌道まで運べるかで比べられます。E-21はM-35系より推進薬を増やし、イプシロンSの打ち上げ能力を高めるための新型でした。そのためM-35aへ戻せば、当初目標より運べる重量が小さくなる見通しです。

では、性能が下がるのになぜ採用するのか。答えは、ロケットでは「高性能だが飛べない」状態が最も困るからです。

衛星は、打ち上げ日に合わせて開発、人員、地上局、保険、観測計画を組みます。失敗すれば機体だけでなく衛星も失い、延期が続けば顧客は海外ロケットへ移ります。「この性能ならすごいはず」という設計図より、「この日に、この条件で、実際に上げられる」という実績が商売と国家計画を支えます。

つまりJAXAが切り替えたのは、性能競争の順位ではなく、リスクの順番です。まず2回異常を起こした第2段を、開発全体を止めている最大のボトルネックから外す。実績のある設計に寄せて打ち上げを再開し、その先で能力向上を考える。階段を一段下りたというより、壊れたエスカレーターを待たず、隣の階段で先へ進む判断です。

「昔のモータをそのまま使う」は誤解

M-35aの説明で注意したいのは、「旧型へ戻す」という言い方です。土台は強化型イプシロンで使われたM-35ですが、過去に製造したモータを倉庫から出して火を付けるわけではありません。

ロケット部品には、生産が終わった材料や電子部品があります。M-35aはM-35の実績ある設計をベースにしつつ、入手できない部品・材料を代替して再製作するものです。だからこそ、代替した部分を含めて本当に狙い通り燃えるか、地上燃焼試験が必要になります。

ここは、古いレシピでパンを焼くのに似ています。レシピが実績品でも、当時と同じ小麦粉やオーブンがなければ、焼き上がりは確認し直さなければならない。名前の末尾についた「a」は小さいですが、検証の仕事は小さくありません。

全部を元に戻したわけでもない

イプシロンSは、第2段だけでできているロケットではありません。H3の補助ロケットと技術を共有する第1段、衛星をより正確に軌道へ運ぶ仕組み、打ち上げサービスを民間へ移して持続可能にする構想など、複数の変更をまとめた計画です。

今回のBlock1は、その全体を捨てて昔のイプシロンへ戻すものではありません。問題が長期化した第2段の能力増強をいったん保留し、他のイプシロンS化を残しながら、飛行再開できる組み合わせを先に作ります。

スマホにたとえるなら、新機種を全部旧型に戻すのではなく、発熱した電源回路だけ実績のある設計へ差し替え、まず安全に起動する版を出すようなものです。カメラや通信まで旧型になったわけではない。部品単位の方針転換を、計画全体の撤退と混同してはいけません。

待っている衛星がある

JAXAが計画見直しで強調したのは、ロケットの運用空白です。日本はLOTUSat-1の打ち上げを2020年に受託しました。ほかにもJAXAの小型科学衛星、国の宇宙戦略基金やSBIRで育つ衛星など、国内ロケットでの打ち上げ機会を必要とする計画があります。

衛星側から見れば、「最高性能の新型をいつか待つ」ことが常に正解ではありません。衛星にも部品の寿命があり、開発チームを維持する費用があり、観測したい時期があります。ロケットが飛ばない空白が長いほど、国内に衛星があっても海外の打ち上げ手段を選ばざるを得ません。

さらに、打ち上げがなければ製造や射場運用に携わる人の技能を継承する機会も減ります。基幹ロケットの「自立性」は、図面を国内に持っているだけでは足りません。作る人、試験する人、打ち上げる人が仕事を続けられて初めて維持できます。

地上燃焼試験はゴールではない

今回の試験では、モータを地上に固定した状態で約2分燃やし、推力、圧力、温度、ひずみなどを細かく測ります。固体ロケットは、燃焼が始まったあとガスの出方を止めて中を直すことができません。燃える形、内側を守る断熱材、ノズル、ケースが一つの系として持ちこたえるかを、実物に近い条件で確認する必要があります。

ただし地上で予定通り燃えたとしても、それだけでロケット完成ではありません。取得した約250項目のデータを解析し、設計予測と合うか、余裕があるか、別の機体でも再現できるかを評価する工程が続きます。その後も機体全体の組み合わせ、射場作業、飛行中の振動や姿勢制御など、別の関門があります。

逆に、公式評価が出る前に映像だけ見て「成功」と断定するのも早い。煙が最後まで出たことと、設計妥当性が確認されたことは同じではありません。ロケット試験は花火大会ではなく、計測データの健康診断です。

それで何が変わるのか

M-35aでのBlock1が成立すれば、イプシロンSは能力最大化を少し先送りして、打ち上げ実績を再び積み上げる道へ進めます。これは「何でも旧型でよい」という話ではありません。E-21の原因調査と将来の能力向上を続けつつ、全計画を一つの難所に人質として取らせない戦略です。

見るべき次のポイントは三つあります。第一に、地上燃焼試験のデータ評価で設計通りと確認されるか。第二に、M-35aで運べる衛星と運べない衛星をどう整理するか。第三に、2026年度内という打ち上げ目標に向け、残る試験と審査の日程を現実的に組めるかです。

まとめ

イプシロンSがM-35aを選んだのは、新型ロケットをあきらめたからではありません。2度の異常で全体を止めている新型第2段をいったん切り分け、実績ある設計に寄せた再製作品で、まず打ち上げ能力と顧客の信頼を回復するためです。

2文で言い直すなら、こうです。能力を盛った第2段で止まり続けるより、運べる重さを一部譲ってでも実績寄りの第2段で飛行を再開する方が、日本の小型衛星打ち上げには前進になる。今回の試験はその入口であり、成功の最終判断は燃焼映像ではなく、JAXAのデータ評価を待つ必要がある。

Sources