月へ行くニュースには、どうしてもロマンのスポットライトが当たります。「国産ロケットと国産着陸機で月へ」。確かに絵になります。でも産業の採点表は、記念写真の右側にあります。一度着いたあと、次の顧客が次の便を買えるのか。予定、価格、積める荷物、月面での作業を、繰り返し提供できるのかです。

ITmedia NEWSは8月20日、ispaceが2028年に予定する新型月着陸機「ULTRA」の打ち上げに、三菱重工業のH3ロケットを使う契約の意味を詳報しました。今回の本題は、日の丸が何枚そろうかではありません。日本企業が月面で「荷物と仕事を運ぶ機能」を商品にできるかです。

日本は「月面輸送」を産業にできるか? 三菱重工と組んだispace、国産ロケットを選んだ3つの理由
日本は「月面輸送」を産業にできるか? 三菱重工と組んだispace、国産ロケットを選んだ3つの理由

月面探査企業ispaceが2028年に予定する新型月着陸機「ULTRA」の打ち上げに、三菱重工業の「H3」ロケットを使用する契約を結んだ。国産ロケットと国産ランダー(月面着陸機)の組み合わせが実現する試みとあって目を奪われるが、この契約の意味は“日の丸月探査”の実現にとどまらない。(1/3 ページ)

今回の登場人物

  • ispace: 月着陸機と月面探査車を開発する日本発の企業です。過去2回の着陸には失敗しており、次の成功と事業化の両方が課題です。
  • 三菱重工業: 日本の基幹ロケットH3の打ち上げ輸送サービスを担う企業です。今回はispaceの着陸機を月近傍まで運ぶ入口を担当します。
  • H3: H-IIAの後継としてJAXAと三菱重工が開発した日本の基幹ロケットです。Mission 3では主エンジン2基、固体ブースター2本のH3-22Sを使う予定です。
  • ULTRA: ispaceの新しい月着陸機です。本体は約1トン、数百キログラム程度のペイロードを搭載できるとされています。
  • ペイロード: ロケットや着陸機が運ぶ荷物です。観測機器、探査車、通信機器など、顧客がお金を払って月へ持っていきたい物を指します。
  • CLPS: NASAのCommercial Lunar Payload Services、商業月面ペイロード輸送サービスです。NASAが着陸機を一から所有するのでなく、民間から月への輸送サービスを買う仕組みです。
  • 反復可能性: 同じ種類の仕事を一回きりでなく、一定の品質と予定で繰り返せることです。産業化の主役になる言葉です。

何が起きたか

ispaceと三菱重工は7月29日、2028年に予定するMission 3で、ULTRAをH3に載せる打ち上げ輸送サービス契約を結びました。日本製の月着陸機と日本製ロケットを組み合わせる初の計画です。

ULTRAは4本の着陸脚とエンジンを持ち、ITmediaによれば、本体約1トン、貨物は数百キログラム程度。基本設計の審査とH3への適合性確認を終え、飛行機体の開発へ進む段階です。東京科学大学が開発する、月の浅い地下をテラヘルツ波で調べる観測機器も搭載される見込みです。

計画は経済産業省のSBIR制度による支援を受けます。SBIRは、国が研究開発型の新興企業などへ資金を出し、技術を実用へ近づける仕組みです。当初は2027年度までの事業期間を前提にしていましたが、両社発表は、2026年7月時点の社内開発計画では打ち上げを2028年内と見込むと明記しています。すでに日程変更があることは、今後の採点で忘れてはいけません。

ここが本題

ロケットと着陸機は、似た宇宙機に見えて仕事が違います。

H3は地球の重力を振り切り、ULTRAを月へ向かう軌道へ運ぶ。ULTRAはそこから航行し、月面へ軟着陸し、積み荷を展開する。さらに顧客が望めば、月面車を動かし、通信し、観測データを地球へ返す。それぞれ失敗し得る別工程です。

月面輸送サービスとは、この長いバケツリレーを顧客がまとめて買える状態です。顧客は必ずしもロケットや着陸機を自分で作りたいわけではありません。観測装置を月へ置きたい大学、資源を調べたい宇宙機関、通信装置を試したい企業が、「何キロを、いつ、どこへ運び、何日動かせるか」を買う。宅配便というより、港、船、トラック、現地作業員を全部含む重量物輸送に近い商売です。

一回の着陸成功は、その入口にすぎません。産業になるには、次の便の日程と価格が見え、前回の失敗を次回へ反映し、顧客が「また頼める」と判断できる必要があります。

なぜH3を選んだのか

「国産だから」は理由の一部ですが、ITmediaの取材では、もっと実務的な判断が並びます。

一つは為替です。これまで2回は米SpaceXのファルコン9を利用しました。ドル建ての打ち上げ費用は、円安になるほど日本企業の負担が膨らみます。H3なら為替リスクがすべて消えるとは限りませんが、国内契約の割合を増やせます。

二つ目は物流です。日本で作った着陸機を米国の射場へ運ぶより、国内の種子島宇宙センターへ運ぶほうが、時間と費用を抑えやすい。宇宙機は段ボールに入れてコンビニ発送、とはいきません。温度、振動、保険、通関まで付く大仕事です。

三つ目は、機体に合わせた調整です。着陸脚のあるULTRAをロケットへ載せるには、形、振動、固定方法を細かく合わせる必要があります。ispaceは、H3の搭載環境と三菱重工の調整対応を評価したと説明しています。振動条件が穏やかなら、着陸機側の補強を減らして軽くできる可能性もある。宇宙では軽くなった数キログラムが、そのまま別の荷物や燃料の席になります。

つまり国産化の意味は、旗ではなく、為替、陸上輸送、設計調整を同じ商流で扱えることです。

顧客は本当にいるのか

月面輸送は、需要が自然に湧く市場ではありません。現時点ではNASAやESA、日本政府など、公的機関が大口の買い手と開発資金の出し手です。

NASAはCLPSで民間企業から月面配送を調達し、2026年には後継のCLPS 2.0を進めています。NASAの説明では、2.0は10年の発注期間、15年の実行期間、上限60億ドルを想定し、輸送の頻度を上げる計画です。需要が増える可能性はありますが、枠が大きいことと、ispaceが個々の発注を取れることは別です。

実際、ispaceが米ドレイパー研究所のチームで参加予定だったNASAのCP-12は、7月15日に契約終了が発表されました。政府需要は大きい一方、政策と調達の再編で機会が消えることもある。特定の顧客の発注表だけに乗っていれば、路線ごと消えるリスクがあります。

そこでispaceは、自ら運用を束ねる仕事も広げています。欧州部門はESAから、月の極域で氷などを調べる探査車MAGPIEのフェーズ2を6500万ユーロで受注しました。2029年のMission 4で、探査車の開発、輸送、月面運用、科学データまで担う計画です。これは「機体を一台売る」より、顧客の目的を現地で完了するサービスに近い。

まだ「定期航路」と呼べない理由

最大の理由は、月面へ軟着陸した実績がまだないことです。ispaceの過去2回は、ロケットによる打ち上げには成功しましたが、着陸機自身の航行・着陸工程で失敗しました。H3を選べば、その問題が自動で解決するわけではありません。Mission 3では新しいULTRAを完成させ、飛ばし、着陸させ、荷物を展開する必要があります。

打ち上げ頻度も効きます。ITmediaによると、H3は年間6〜8回程度を目標に拡大を目指しています。その枠を政府衛星や他の商業衛星と分けながら、月向けの便を継続して取れるかは未確定です。一件の契約は便名であって、時刻表ではありません。

さらに顧客が見るのは成功率だけではありません。予定から何カ月ずれたか、積める質量、着陸地点の精度、月面で何日通信できたか、次便の予約時期と価格。これらがそろって初めて、月面輸送を研究計画や事業計画へ組み込めます。

それで何が変わるのか

Mission 3が成功すれば、日本企業が国内で着陸機を作り、国内ロケットで打ち上げ、月面へ荷物を届ける一連の経路を実証できます。部品を海外計画へ納めるだけでなく、輸送全体を顧客へ提案する立場へ近づきます。日本の大学や企業が月面実験を考えるとき、相談先と便が国内にある意味も大きいでしょう。

ただし成功のニュースが出た日にこそ、「次はいつか」と聞く必要があります。次の顧客、次の契約、次の着陸地点、次の価格が見えなければ、技術実証はできても産業にはなりません。逆に、一度の失敗でも、原因を直し、資金と顧客を保ち、再挑戦を続けられるなら、サービスは育ちます。

まとめ

ispaceと三菱重工の契約は、2028年のMission 3でULTRAをH3に載せ、日本企業による月面輸送の一連の経路を試すものです。H3選択には、為替、国内輸送、搭載調整という実務上の理由があります。

中心問いへの答えはこうです。ispaceが売ろうとしているのは月着陸の記念写真ではなく、顧客の荷物を打ち上げ、着陸させ、展開し、月面で働かせる機能です。それが産業になる条件は、一回の成功より、顧客が次の便も買える反復可能性にある。2028年に見るべきなのは着陸の瞬間と、その直後に出る次便の時刻表です。

Sources