「アシックスが復活した」と聞くと、つい魔法みたいな一発逆転を想像します。すごい靴が当たった、とか、箱根駅伝で勝った、とか。でも今回の本題はそこじゃありません。売上高1兆500億円の見通しまで持っていったのは、派手な1本勝ちよりも、「何に資源を集中し、何から手を引くか」をかなり冷静に決めたことでした。企業の復活って、たいていドラマより配分表なんです。

箱根駅伝でのシューズ着用率0%という屈辱から、初の「売上高1兆円」を目前にするアシックス。ナイキの厚底旋風による歴史的敗北からいかにして立ち直ったのか。廣田康人会長CEOの直轄プロジェクト「C-PROJECT」による最速シューズ開発や、野球用具・体操着からの撤退といった「集中と選択」、オニツカタイガーのラグジュアリー化など、日本発グローバルブランドとして復活を果たしたアシックスの勝因に迫る。
今回の登場人物
- ITmedia ビジネスオンライン: 今回の入口記事です。箱根駅伝での苦戦から売上1兆円超見通しまでの道筋を、「選択と集中」という軸で整理しています。
- DTC: Direct to Consumerの略です。卸先に流すだけでなく、自社ECや直営店で直接売るやり方です。値段、在庫、顧客データを自分で握りやすくなります。
- OneASICS: アシックスの会員基盤です。2026年6月末時点で2313万人。靴を売って終わりではなく、会員との関係を続ける土台になっています。
- C-PROJECT: アシックスが厚く投資してきた高機能ランニングシューズ開発の取り組みです。トップ選手向けだけでなく、ブランドの技術イメージ全体を引っ張る役目があります。
- オニツカタイガー: アシックス傘下のブランドです。スポーツ用途そのものではなく、ファッション文脈で高い収益を生む柱として存在感を強めています。
何が起きたか
ITmedia ビジネスオンラインは9月2日、アシックスが「箱根駅伝着用ゼロ」の屈辱から、売上高1兆円超えの見通しまでどう復活したかを報じました。背景として描かれたのは、ランニングへの集中、非中核事業からの撤退、直販強化、ブランドごとの役割分担です。
公式開示でも流れは確認できます。アシックスは8月14日、2026年12月期の通期業績予想を9500億円から1兆500億円へ、営業利益を1710億円から1950億円へ上方修正しました。理由として会社は、第2四半期までの好調に加え、日本地域を中心とするオニツカタイガー、欧州を中心とするスポーツスタイルの好調、想定為替レートの見直しを挙げています。
ここが本題
大事なのは、「ランニングに集中したから全部うまくいった」と単純化しないことです。集中は軸ですが、勝ち筋は複合です。
まず、引き算がありました。ITmediaの過去記事では、アシックスが2000年代の苦境でゴルフ、水泳、学校体育用品などから撤退し、ランニングへ資源を寄せた流れが整理されています。これは単に「好きな種目に賭けた」のではなく、成長余地とブランド相性がある領域に人とお金を集め直した、という話です。メニューを増やしすぎた店が、看板商品をはっきりさせ直す感じに近いです。全部やる、はだいたい全部ぼやけます。
次に、値引き依存から抜けたこと。アシックスは大量生産して安売りで処分する流れを弱め、粗利率を改善してきました。ITmediaによれば、粗利率は2016年12月期の44.2%から2024年12月期には55.8%まで上がりました。売上だけ増えても、セール待ち前提の商売だと体力が残りにくい。売れているのに息が上がる、みたいな状態になります。
さらに、DTCの強化です。自社ECや直営で直接売る比率が上がると、値段を守りやすいだけでなく、「誰が何を、どの時期に、なぜ買ったか」の情報が戻ってきます。アシックスはOneASICS会員数を2026年6月末時点で2313万人まで積み上げています。これが大きい。靴は足に履くものですが、経営ではデータの履歴もかなり効いてきます。
なぜ「箱根駅伝ゼロ」から戻れたのか
箱根駅伝で履かれない、というのは単に露出が減る話ではありません。ランニングブランドとしての信頼が揺らぐサインです。だからC-PROJECTのような開発投資は、商品1足の勝負を超えた意味を持ちます。速い選手が履く、一般ランナーも気になる、ブランド全体の技術イメージが上がる。この連鎖があるからです。
ただし、ここでも「高機能シューズが全部救った」は言いすぎです。高機能シューズが技術の旗を立て、DTCが利益と顧客接点を厚くし、オニツカタイガーとスポーツスタイルが高収益の柱になり、非中核の整理で経営資源が散らばりにくくなった。つまり、復活は単発ホームランより、守備位置を全部直した感じに近いんです。
公式開示でも、今回の上方修正理由は日本のオニツカタイガー、欧州のスポーツスタイル、為替見直しが重なったものです。入口記事で強調される「ランニング集中」だけでは説明し切れません。ここを1要因に縮めると、復活の再現可能性を読み違えます。
ブランド別に役割を分けたことの意味
アシックスは「全部アシックスで売る」方向ではなく、ブランドごとに役割を分けています。アシックス本体はパフォーマンスやランニングの強さを担い、オニツカタイガーはファッションと高収益の役割を担う。さらに2026年6月には、オニツカタイガー事業の再編方針や、アシックス商事の解散・清算方針も公表しました。歩行系ブランドの再構築も含め、看板の並べ方を整理しているわけです。
これ、かなり重要です。ブランドが多い会社は、放っておくと「どれもそこそこ」になりがちです。役割分担を明確にすると、広告費も商品開発も販路も、どこに厚く張るか決めやすくなります。看板が増えすぎて売り場の意味がぼやけるのを防ぐわけです。
日本の読者にとって何が面白いか
その資源配分を支えたのが、社内の決め方の変更です。アシックスは2024年の組織改編で、デジタル、DTC、事業開発を一つの責任ラインにまとめ、地域の販売子会社にも、商品を売るだけでなく別の収益を広げる役割を持たせました。2026年に公表したオニツカタイガー事業の再編でも、ブランドの特性に合わせた意思決定の迅速化を狙いに挙げています。
これは組織図の箱を動かしただけの話ではありません。商品開発、EC、会員データ、店舗を別々の部署が順番待ちで動かすより、顧客に近い情報を次の企画へ戻しやすくする。ブランドごとに誰が決め、誰が結果を引き受けるかをはっきりさせる。ランニングや直販へ人とお金を寄せても、決定が遅ければ効果は薄いので、「何に張るか」と「誰が速く決めるか」はセットだったわけです。
このニュースが面白いのは、日本企業の立て直しを「努力」「現場力」「根性」で雑に語る癖を外してくれるからです。もちろん現場は頑張っています。でも数字で見ると、本当に効いているのは資源配分です。何を残し、何をやめ、どこで高く売り、どこで顧客を直接つかむか。そこを変えないと、ヒット商品が出てもまた散ります。
しかもアシックスは日本企業でありながら、海外売上比率が80.5%まで高いグローバル企業です。国内ブランドの話に見えて、実際は世界市場でどのポジションを取るかの勝負でもある。日本の読者にとっては、「国内で有名」だけでは世界で勝てないし、逆に世界で勝つにはブランドごとに役割を切る冷静さがいる、という実例として読めます。
高校生向けに一言でまとめると、アシックス復活の本丸は「良い靴を作った」だけではありません。「伸びる領域に人とお金を寄せて、値引きで弱る構造を直し、直接売って顧客データをため、ブランドごとに勝ち方を分けた」ことです。
まとめ
アシックスが1兆円企業の見通しまで戻ったのは、箱根駅伝の雪辱だけでも、C-PROJECTだけでも、オニツカタイガーだけでもありません。ランニング集中、非中核撤退、粗利改善、DTC強化、ブランド別の役割整理が重なった結果です。
だからこのニュースの読み方は、「復活した、すごい」で終わりではありません。何に資源を配り、何をやめたから、この数字になったのか。そこまで見ると、企業再建の解像度が一段上がります。