「自分の刑が軽くなるなら、検察に都合のいい話をしてしまわないか」。司法取引と聞いて、多くの人がまず引っかかるのはここだと思います。合意に基づいて真実を話せば、有利な扱いを受けられる。でも、何が真実かを決める材料が、その人の話だけだったらどうするのか。

広島の詐欺事件で、日本の「合意制度」が使われたことが明らかになりました。今回掘るのは制度の賛否ではありません。利害を持つ協力者の供述を、丸のみも丸捨てもしないために、日本の刑事裁判はどんな検査を重ねるのか。そこを順番に見ていきます。

「トクリュウ詐欺事件」実行役の女に実刑判決 共犯者は「司法取引」で猶予判決 首謀者の摘発に有効?広島 | 広島ニュースTSS | TSSテレビ新広島
「トクリュウ詐欺事件」実行役の女に実刑判決 共犯者は「司法取引」で猶予判決 首謀者の摘発に有効?広島 | 広島ニュースTSS | TSSテレビ新広島

去年、福山市で発生した匿名・流動型犯罪グループいわゆる”トクリュウ”が関与したとみられる詐欺事件で、広島地裁福山支部は25日、実行役の女に拘禁刑3年4カ月の実刑判決を言い渡しました。

今回の登場人物 ​

  • 合意制度: 正式名は「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」。他人の事件の解明に協力する代わりに、自分の事件で検察官から有利な扱いを受ける制度です。
  • 協力者: 他人の事件について、真実の供述や法廷での証言、証拠の提出などを約束する人。今回の中心人物ですが、「合意したから信用できる人」に変身するわけではありません。
  • 検察官: 協力の内容を見て、不起訴、軽い訴因(裁判で問う犯罪事実と適用条文)、特定の求刑などを約束できます。ただし、判決そのものを約束する権限はありません。
  • 合意内容書面: 協力者が何をし、検察官が何をするかを記した文書。検察官、協力者、弁護人の三者が署名します。証人がどんな利益を持つのかを法廷に見せる説明書でもあります。
  • 反対尋問: 相手側の弁護人が証人に質問し、記憶の曖昧さ、話の矛盾、合意による利益などを確かめる手続です。

何が起きたか ​

テレビ新広島によると、広島地裁福山支部は9月25日、詐欺など6事件で起訴された女性に拘禁刑3年4カ月の実刑判決を言い渡しました。女性は、福山市の買い取り専門店に金を装った商品を持ち込み、現金をだまし取るなどした罪に問われていました。

この事件を巡っては、共犯者の元被告に検察が合意制度を適用していました。元被告には、検察の求刑通り執行猶予付きの判決が言い渡されたと報じられています。警察は供述などを基に暴力団組員らを逮捕し、捜査を続けています。広島弁護士会によると、県内の裁判で制度が使われたのは初めてとみられます。

ただし、公開された報道だけでは、元被告の供述が女性の有罪認定にどの程度使われたのかは分かりません。「司法取引の証言で有罪になった」とまでは言えない。ここは線を引いておきます。

何を交換する制度なのか ​

「司法取引」という通称からは、自分の罪を認める代わりに刑を値切る場面を想像しがちです。日本の合意制度の軸は少し違います。協力者が話すのは、原則として他人の刑事事件についてです。

協力者は、取調べで真実を話す、法廷で証言する、証拠物を提出するといった行為を約束します。検察官はその見返りとして、不起訴にする、公訴を取り消す、軽い訴因で起訴する、特定の刑を求刑する、略式命令を請求するといった扱いを約束できます。

対象になるのは、特定の財政・経済犯罪や、薬物・銃器犯罪などです。詐欺も対象になり得ます。一方、死刑や無期拘禁刑に当たる重い犯罪は対象外です。誰とでも、どんな事件でも取引できる仕組みではありません。

そして、弁護人の同意が欠かせません。検察官、協力者、弁護人の三者が合意内容を書面にして署名する。口頭で「ちょっといい話があるんですが」と始めて、そのまま制度が完成するわけではないんですね。

嘘をつく動機は消えない ​

ここで最初の疑問に戻ります。軽い処分を受けたい人が、他人に責任を押しつけたり、検察官が期待していそうな筋書きに寄せたりする危険はないのか。

あります。制度があるから、この危険が消えるわけではありません。

とくに難しいのは、全部が露骨な作り話とは限らないことです。共犯者は自分も出来事の中にいたため、本当に知っている部分があります。その真実に、都合のよい説明を少し混ぜることもできる。記憶が薄いところを、相手の質問に引っ張られて埋めてしまうこともあり得ます。白紙に嘘を書くより、実話の余白に小さく書き足すほうが見つけにくい。供述の検査が一筋縄でいかない理由です。

2025年2月の東京高裁判決も、合意した供述者には、有利な扱いを受けたい思いから検察官の意向に沿う話をする危険があると認めました。さらに、共犯者には他人へ責任を転嫁したり、別の人を事件に引き込んだりする危険もあるとしています。

大事なのは、裁判所がこの危険を「制度への悪口」として片づけていないことです。制度を使うなら、その制度が生む利害も正面から見る。まず疑うべき場所に、ちゃんと付箋を貼っているわけです。

嘘のコストを上げる ​

制度には、協力者が好き勝手に話せないようにする仕掛けがあります。

第一に、約束するのは「真実の供述」です。協力者が合意に違反すれば、検察官は合意から離脱できます。不起訴や軽い求刑を期待していても、その土台が崩れます。

第二に、合意に反して捜査機関へ虚偽の供述をしたり、偽造・変造した証拠を提出したりすれば、刑事訴訟法上、5年以下の拘禁刑に問われます。単に「約束を守りませんでした」で終わらない設計です。

第三に、合意後の供述の残し方です。最高検の運用では、合意に基づく供述を証拠化する検察官の取調べは、基本的に録音・録画の試行対象として実施するとされています。あとから、どんな質問にどう答えたのかを確認しやすくする仕組みです。

ただし、協議の全過程が録音・録画されるわけではありません。最高検の運用は、自由な協議への配慮から、協議自体は基本的に録音・録画になじまないとしています。合意後の取調べが見えることと、合意に至る交渉が全部見えることは別です。監視カメラが一台付いたから、建物の全室が見えるとは限らない。それと同じ注意が要ります。

これらの仕掛けは、嘘を不可能にするものではありません。嘘をつくコストを上げ、あとで検査できる材料を増やすものです。制度はウソ発見器ではなく、検品票を何枚か増やす仕組みだと考えると近いでしょう。

法廷で利害を見えるようにする ​

合意に基づく供述調書を証拠として使ったり、合意した人を証人として呼んだりする場合、検察官は合意内容書面の取調べも請求しなければなりません。つまり、証人がどんな見返りを約束されているかを隠したまま、話の中身だけを法廷へ持ち込む仕組みではありません。

2019年12月の東京高裁決定は、証拠開示を巡る手続上の判断でした。その中では、合意に基づく供述の信用性を判断する裁判所が、合意の存在と内容を把握する必要性が示されています。これは「合意書があるから証言は正しい」という話ではありません。むしろ逆で、合意書は証人の利害を明らかにし、慎重な評価を始めるための資料です。

弁護側は反対尋問で、その利害を突けます。いつから話し始めたのか。合意の前後で内容は変わったか。本人の記憶なのか、資料を見て思い出したのか。客観的な記録と食い違っていないか。証言を「一つの完成品」として眺めるのではなく、継ぎ目を確かめていきます。

ここで効いてくるのが、供述とは別に存在する証拠です。メール、会計資料、通信記録、映像、金銭の流れなどが供述と一致すれば、その部分の信用性を支えます。反対に、客観記録と合わなければ、記憶違いや虚偽を疑う理由になります。

ただし、刑事訴訟法には「合意に基づく供述には、必ず独立した補強証拠が必要だ」という専用の一律ルールはありません。だから、裏付けが大切だという話と、裏付けが法律上の絶対条件だという話は分けないといけません。この細い線、地味ですが大事です。

供述に大きな丸やバツを付けない ​

では裁判所は、最後に何を見るのでしょうか。

2025年の東京高裁判決は、供述者が合意の当事者だからといって、その供述を基本的に信用できないとしたわけではありません。供述を問題となるエピソードごとに分け、裏付け証拠の有無に加えて、話が自然か、具体的か、途中で変わっていないかを検討した原判決の評価を、不合理ではないとしました。これは個別事件の控訴審判断で、全国一律の新ルールを作った判決ではありません。

これは、かなり実務的な考え方です。同じ人の話でも、メールで確認できる部分には信用性を支える材料があり、古い記憶だけに頼る部分は慎重に見ることができます。「この証人は信用できる人」「信用できない人」と人物全体に巨大なスタンプを押すのではなく、話の部品ごとに点検するわけです。

そして裁判所は、検察官と協力者の合意の当事者ではありません。検察官が「この刑を求刑する」と約束することはできても、裁判所にその刑を言い渡させる約束はできません。求刑はあくまで検察官の意見です。判決のハンドルまで合意書に付いているわけではないんです。

今回、共犯者の元被告には求刑通りの執行猶予判決が言い渡されました。しかし、それは裁判所が合意に拘束されたことを意味しません。裁判所は別の立場から、証拠と量刑事情を判断します。

この制度が目指すもの ​

組織的な詐欺のような事件では、指示を出す人と現場で動く人が離れ、役割も細かく分かれることがあります。外から見える証拠だけでは、誰が何を決めたのかに届きにくい。内部にいた人の供述や証拠が、捜査を前へ進める場面はあります。

一方で、協力者には自分を有利にしたい動機があります。この二つは、どちらか一方だけを選べば済む話ではありません。内部情報を得る必要があるから危険を見ない、というのもまずい。危険があるから内部情報を全部捨てる、というのも事件の解明を難しくします。

日本の合意制度が採ったのは、その間に検査工程を置く方法です。入口では対象犯罪を限り、弁護人を参加させ、三者の書面を作る。合意違反には離脱を、合意に反する虚偽供述や偽造・変造証拠の提出には刑罰を置く。法廷では合意内容を見せ、反対尋問を行い、供述を客観証拠と照らす。裁判所は供述を部分ごとに評価し、検察官の約束とは別に結論を出す。

もちろん、これで虚偽がゼロになるとは言えません。協議過程が全面的に録画されるわけでもなく、合意供述専用の一律補強法則もありません。だからこそ、判決では「合意があった」という看板より、その供述のどの部分を、何で裏付けたのかが重要になります。

今回の広島の事件も、制度の成功例とも危険例とも、現時点では決めつけられません。公開情報から分かるのは、合意制度が使われ、共犯者の供述などを基に捜査が進んだことまでです。個々の有罪認定で供述がどう評価されたかは、判決書や証拠関係を待って確かめる必要があります。

合意制度を一言で説明するなら、こうです。有利な扱いと引き換えに協力を得る制度ではある。でも、証言を買って、そのまま信用する制度ではありません。協力者の利害を隠さず、嘘のコストを上げ、法廷で話を一つずつ検査する制度です。

問うべきは「司法取引だから信用できるか、できないか」ではありません。「この供述の、この部分は、何によって確かめられたのか」。そこまで見て、ようやく信用性の話が始まるんです。

Sources ​