スマートフォンをこちらへ向けられたら、「撮ってる?」と身構えられます。では、目の前の人の眼鏡の隅が白く光ったら。録画中だと気づき、その場で断れるでしょうか。

Metaのスマートグラスには、撮影を周囲へ知らせるLEDがあります。これは大事な工夫です。でも、ちょっと待って、話はそこからです。ランプは「撮影中」と知らせても、写る人の「いいですよ」までは代返してくれません。ロンドンの施設で制限が広がる理由は、この通知と同意の一段差にあります。

ロンドンに広がるスマートグラスへの反感、プライバシー懸念で
ロンドンに広がるスマートグラスへの反感、プライバシー懸念で

バーや劇場、レストランが並ぶロンドン中心部は、紛争地帯には見えないかもしれない。だが店主らの多くが今、厳しい戦いに直面している。危険をはらんだデバイスともいわれるメガネ型端末、スマートグラスをめぐる戦いだ。 - (1/3)

今回の登場人物 ​

  • スマートグラス: 普通の眼鏡に近い形で、撮影、通話、音楽、音声操作、AIによる支援などを使える端末です。製品ごとに機能は違い、カメラを持たない製品もあります。今回の中心は、カメラや録音機能を備えた製品です。
  • キャプチャLED: 写真や動画を撮る際、周囲へ知らせるため眼鏡の外側で光る表示灯です。状態を伝える仕組みであって、周囲の同意を記録する仕組みではありません。
  • バイスタンダー: 端末を使っていないのに、たまたま周囲にいて撮影対象になり得る人です。製品を買っておらず、利用規約も読んでいない人まで影響を受けるのが、この問題の難しいところです。
  • 施設ルール: 店、劇場、映画館などが、その場所での持ち込みや撮影を決める規則です。国全体へ適用される法律とは別物です。
  • HMCTS: イングランドとウェールズの裁判所・審判所を運営する機関です。裁判所建物へMetaのスマートグラスを持ち込んだ場合、入口で預かる措置を明確にしました。

何が起きたか ​

CNN.co.jpは、ロンドンのパブ、レストラン、劇場などで、スマートグラスへの反発と利用制限が広がっていると報じました。背景には、本人が気づかないまま撮影されたように見える動画がSNSへ投稿され、同意や既存のプライバシー法をめぐる議論が強まったことがあります。

英国のパブチェーン、ウェザースプーンズは、客によるスマートグラスでの撮影を禁止しています。ウェストエンドの劇場を運営するATG Entertainmentは、着用を見つけた場合、眼鏡を外し、撮影した映像を削除するよう求めると説明しました。映画館でも、プライバシーだけでなく作品の海賊版を防ぐため、使用禁止の動きがあります。

裁判所も動きました。ただし、ここは範囲を正確に。対象は英国全体のすべての場所ではなく、HMCTSが管理するイングランドとウェールズの裁判所・審判所建物です。持ち込んだMetaのスマートグラスは入口で預け、退出時に返してもらう運用と報じられています。

こうした動きが出る一方、市場は急速に広がっています。Metaがスマートグラスで提携する眼鏡大手エシロールルックスオティカによると、同社のAIグラスは2025年に700万台を超えて販売されました。これは同社のAIグラス群についての数字で、Metaの一つの型だけが700万台売れた、という意味ではありません。

ここが本題 ​

スマートグラスの論点を「LEDが点くから安心」「小さなカメラだから危険」の二択にすると、肝心な部分が抜けます。見るべきは、周囲の人が撮影を認識し、意味を理解し、拒否する機会を持てるかです。

通知と同意は違います。LEDが点灯する。周囲の人がそれを見る。その光が録画を示すと理解する。撮影されたくないと伝えられる。そして撮影者が応じる。これだけ段階があります。最初のランプだけで、最後の「合意しました」まで一気にワープはできません。

光ることとうなずくこと ​

Metaは現在、同社のAIグラスで写真や動画をギャラリー向けに撮影すると、白いキャプチャLEDが点滅すると説明しています。第2世代以降の製品では、LEDの遮蔽を検知するとカメラを止める仕組みもあります。CNNへの説明でも、Metaはスマートフォンなどにはない通知灯を備えている点を挙げています。

これは、何も知らせないカメラより一歩進んだ設計です。そこは公平に見たほうがいい。ただし、通知灯の存在だけで問題が終わらないことは、規制当局も以前から指摘してきました。

アイルランドのデータ保護委員会、DPCは2021年、当時の製品に付いていた小さなLEDについて、撮影される人へ有効に通知できるかを確かめる十分な実地試験が示されていないと問題提起しました。その後の製品では、外向きLEDが2倍を超える大きさになり、点滅パターンや誤作動を防ぐ仕組みも加えられたとDPCは報告しています。

つまり、LEDは飾りではなく、改善する価値のある安全策です。それでも「見える」と「同意した」は同じではありません。店内が暗い、相手が眼鏡を見ていない、そもそも白い光の意味を知らない。気づいても、仕事中や混雑した場所で断りにくいこともあります。小さな白いランプに、周囲全員の承諾まで兼業させるのは、さすがに担当業務が多すぎます。

なぜ入口で止めるのか ​

では、悪用した人だけ注意すればよいのでは。理屈ではそうですが、施設の現場では簡単ではありません。

スマートフォンなら、端末を持ち上げてレンズを向ける動作から、撮影だと察しやすい場面があります。スマートグラスは、装着者が普通に相手を見る動作と撮影の向きが重なります。もちろんスマホでも隠し撮りはできますし、眼鏡なら必ず気づけないわけでもありません。違いは、撮影していると周囲が判断する手掛かりの出方です。

店員が客一人ずつについて、録画中か、LEDが見えたか、写る人が了承したかを確認するのは現実的ではありません。劇場なら作品の無断記録、映画館なら海賊版、裁判所なら撮影禁止と手続の公正、飲食店なら客が安心して過ごせる環境と、守るものも違います。

施設ごとに守るものも、表明している理由も違います。そのうえで、撮影状態や周囲の了承を毎回確かめる難しさは、入口で端末を外してもらう、使用そのものを禁止するという分かりやすい線が選ばれる共通事情だと考えられます。これは「着けた人は全員悪用する」という判定ではありません。誰が録画しているかを毎回当てるクイズを、現場の職員に出さないための運用でもあります。

法律とハウスルール ​

ここで、禁止の看板を一枚見て「国じゅうで違法になった」と読むのは早いです。ロンドンのパブや劇場の制限は、その施設が決めるハウスルールです。HMCTSの措置は、イングランドとウェールズの裁判所・審判所建物が対象。英国全体の公共空間で、スマートグラスが一律禁止されたわけではありません。

日本でも、施設規則と法律を分けて考える必要があります。裁判所の傍聴案内は、撮影・録音ができる機器などを、許可なく法廷内へ持ち込めないとしています。裁判所はそもそも記録や審理の秩序に特別なルールがある場所です。街中や店内へ、そのまま同じ結論を広げることはできません。

撮影とプライバシーの関係も、単純な「公共の場所なら自由」「無断なら全部違法」ではありません。最高裁は2005年、正当な理由なく顔や姿を撮影されない人格的利益は法的保護に値すると示しました。そのうえで、不法行為になるかは、撮影される人の立場、活動内容、場所、目的、方法、必要性などを総合して判断するとしています。

だから、日本でスマートグラスを使う個別の撮影が適法か違法かも、端末名だけでは決まりません。誰を、どこで、何のために、どう撮り、その後どう扱うかが関わります。LEDが光ったから適法、光が小さいから即違法、という自動販売機のような答えは出てこないんです。

便利さを置き去りにしない ​

もう一つ、禁止論だけでは取りこぼす大事な点があります。スマートグラスは、視覚障害のある人にとって、メニューや標識を読んだり、周囲の様子を説明してもらったりする支援機器にもなります。手をふさがず通話や案内を使える利点もあります。

CNNの記事では、英国の視覚障害者団体RNIBが、過剰な規制で重要な支援手段を奪うおそれを警告しています。プライバシーを守るためのルールが、必要な人を一律に入口で困らせるなら、それも放置できません。

施設ごとに事情は違いますが、技術的にカメラ停止を確認できる場合の利用、入口での確認、必要な人への例外手続き、施設側による代替支援などは検討できます。全面自由か全面禁止かの二択にせず、何を防ぎ、何を残したいかを分ける。ここでも一段ずつ考えるのが効きます。

日本でも決める番が来る ​

スマートグラスが増えれば、日本の学校、職場、病院、イベント会場、飲食店でも「眼鏡型端末をどう扱うか」が日常の運用になります。問題が起きてから「常識でお願いします」と言っても、その常識が人によって違うから困っているわけです。

施設側は、持ち込みを認めるのか、撮影だけを禁じるのか、カメラ付きとカメラなしを分けるのか。アクセシビリティ上の利用へどう対応するのか。利用者側も、撮影前の声かけと、撮った映像を保存・投稿する前の確認を別々に考える必要があります。

製品企業には、LEDをもっと確実に見せる設計だけでなく、周囲の人が意味を理解し、拒否できる仕組みが求められます。施設には、禁止するなら理由と範囲を説明する仕事がある。着用者には、光っているから了解済みとは思わない責任がある。三者それぞれの宿題です。

まとめ ​

スマートグラスの白いLEDは、撮影を知らせる大切な仕組みです。でも、それは周囲の同意ではありません。ロンドンの施設やイングランド・ウェールズの裁判所では、プライバシー、作品保護、裁判手続など理由は異なります。ただ、通知を見たか、意味を理解したか、拒否できたかを現場で毎回確かめにくいという事情も、入口で制限する運用を後押ししていると考えられます。

一方で、スマートグラスにはアクセシビリティを支える価値があります。答えは「未来の眼鏡は全部こわい」でも「ランプがあるから問題なし」でもない。通知と同意、法律と施設ルール、悪用防止と便利さを混ぜずに考える。そこまで分けて初めて、眼鏡の未来をまともに話せます。

Sources ​