自己破産が増えた、と聞くと、つい「借りすぎたのでは」「お金の管理が甘かったのでは」と、話を個人の性格テストみたいにしてしまいがちです。でも今回の数字は、そこだけ見ているとたぶん読み違えます。
朝日新聞が3月19日に報じたところでは、個人の自己破産申立件数は2025年の速報値で8万3100件。前年より6791件増えて8.8%増、2011年以来14年ぶりの高水準でした。しかも2023年に増加へ転じてから3年連続の増加です。今回の本題は、「急にだらしない人が増えたのか」ではなく、何が家計を静かに、でも確実に追い詰めたのか、です。

個人による自己破産の申立件数が、2025年は約8万3千件に上り、11年以来、14年ぶりの高水準となった。物価高が続くなか、3年連続で増加した。生活費を工面するための借金が返せず、破産を迫られる例が増…
今回の登場人物
- 自己破産: 借金を返し続けるのが現実的に無理になったとき、裁判所を通じて返済義務を整理する手続きです。今回は法律の細かい話より、「そこまで追い込まれる家計が増えた」というサインとして見ます。
- 実質賃金: 給料の額面から、物価の上昇ぶんを差し引いて「実際にどれだけ買えるか」を見た数字です。給料が少し上がっても、値札の上がり方のほうが速ければ、体感としてはむしろ苦しくなります。
- 消費者物価指数: モノやサービスの値段がどれだけ上がったかを見る代表的な統計です。ニュースでいう「物価高」の体温計みたいなものだと思ってください。
- 固定費: 家賃、光熱費、通信費、保険料など、毎月かなり逃げにくい支出です。ここが重いと、家計はじわじわ身動きが取りにくくなります。
- 改正貸金業法: 貸金業者への規制を強め、多重債務を減らす狙いで整えられた仕組みです。2000年代前半に大きかった「借りすぎ問題」は、その後かなり縮みました。だから今回の増加を、昔と同じ図で読むとズレます。
何が起きたか
まず事実を短く押さえます。朝日新聞によると、個人の自己破産申立件数は2025年速報値で8万3100件。前年から6791件増え、8.8%の増加でした。2011年以来14年ぶりの高水準で、2023年に増加へ転じてから3年連続で増えています。
この数字だけ見ると、「また借金の問題が広がっている」と言えます。ただし、ここで大事なのは、2003年ごろの多重債務問題と同じ景色だと決めつけないことです。朝日新聞の記事では、2003年には約24.2万件まで達していた自己破産が、改正貸金業法の完全施行後には減少していたことも紹介されています。
つまり昔の典型は、「借りやすさ」や「多重債務」が前面に出た時代でした。今回はそこに加えて、いやむしろそれ以上に、生活コストの上昇に賃金の伸びが追いつかないことが根本要因だという見方が出ています。ニッセイ基礎研究所の見解として紹介されたのも、この点です。
要するに、財布のヒモが急に雑になったというより、財布そのものが薄くなっている。しかも、毎月ちょっとずつ。地味だけど、いちばん効くやつなんです。
ここが本題
今回の中心問いへの答えを先に言うと、個人の自己破産が増えたのは、「借金する人がだらしなくなったから」というより、物価高が長く続く一方で、物価を差し引いた後の賃金が増えず、固定費と食費が家計をじわじわ削ったから、と読むのが自然です。
バケツの水位って、上から見るとしばらくそんなに変わらないことがあります。でも底に小さな穴が増え続けると、ある時点で急に「え、こんなに減ってたの」となる。家計もかなりこれに似ています。しかも現実の家計は、バケツに穴があくうえに、水道代まで上がる。なかなか容赦がないんです。
固定費は、逃げにくい
家計が苦しくなるとき、真っ先に「ぜいたくを減らせばいい」と言いたくなります。でも、実際の家計には、そもそも削りにくい支出がかなりあります。家賃、電気・ガス代、通信費、保険料、子どもの教育費、通勤に必要な交通費。こういう固定費は、一度契約や生活の形に組み込まれると、来月から半分にしましょう、がなかなかできません。
ここが大事です。食費なら、まだ品目を変える、量を減らす、安い店を探す、といった調整の余地が少しあります。でも固定費は、引っ越しでもしない限り大きくは動かない。スマホ代を見直しても、家賃まで軽くなるわけではありません。家計のダイエット番組みたいに簡単ではないんですね。だいたい固定費は、こちらの決意表明を聞いてくれません。
その状態で物価高が続くと、まず可処分のお金が細くなります。自由に使えるぶんが減る。すると、予備費がなくなる。急な出費への耐性が落ちる。家電が壊れた、車検が来た、歯の治療が必要になった、子どもの新学期でまとまったお金が出た。こうした「珍しくない出費」が、急にパンチ力を持ち始めます。
食費は、毎日だから痛い
さらに効くのが食費です。総務省統計局によると、生鮮食品を除く物価上昇率は2022年4月から2026年1月まで46カ月連続で前年比2%以上でした。4年近く、「また上がったのか」が続いた計算です。1回のパンチは軽く見えても、毎月ほぼノーガードで受けると効きます。
食費が家計に与えるダメージが大きいのは、毎日発生するからです。スマホは月1回、家賃も月1回。でも食事は、朝昼晩、こっちの都合を待ってくれません。しかも節約しすぎると、生活の満足度だけでなく健康にも響きます。だから最後まで削りきれない。
ここで起きるのは、「贅沢品を買ったから苦しい」ではなく、「普通に暮らすコストが上がったから苦しい」という変化です。卵も米も外食も、少しずつ値札が重くなる。毎回は数十円、数百円でも、月単位では確実に積み上がります。レシートは薄い紙なのに、家計への圧はなかなか分厚い。
給料は上がっても、追いつかなかった
「でも最近、賃上げってニュースでよく聞くよね」という疑問はもっともです。たしかに額面の賃金は上がる場面がありました。問題は、その上がり方が物価に勝てたかどうかです。
厚生労働省の毎月勤労統計調査では、実質賃金は2022年から2025年まで4年連続のマイナスでした。これは、給料の数字が少し増えても、買える量で見ると減っている、ということです。給料袋の見た目はちょっとふくらんだのに、スーパーでは前よりカゴが埋まらない。かなり悲しいマジックですが、種明かしは物価です。
だから家計では、「働いているのに楽にならない」が起きます。むしろ、働いても働いても、固定費と食費に吸い込まれて、借入金の返済に回す余力が細る。ここまで来ると、借金の原因が浪費かどうかより、返済を支える土台が崩れていないかのほうが重要になります。
個人責任論で片づけると、見えなくなるもの
もちろん、借金には人それぞれの事情があります。病気、失業、離婚、事業の不振、家族の介護、収入の途切れ。全部が同じではありません。だから「すべて物価高のせい」と単純化するのも雑です。
ただ、それでも今の増加を読むうえで重要なのは、個々人の性格を査定することではなく、家計全体の土台が弱っていたことです。もともと綱渡りだった家庭ほど、物価高と実質賃金マイナスのダブルパンチを受けやすい。余裕のない家計では、固定費の数千円増、食費のじわ上がり、光熱費の上昇が、借金返済の遅れや新たな借入れにつながりやすくなります。
ここで「本人がしっかりしていれば防げた」とだけ言ってしまうと、ニュースの大事な部分が消えます。社会全体で起きているコスト上昇と賃金のズレが見えなくなるからです。天気予報で台風が来ているのに、「傘の持ち方が悪い」で終えるようなものです。いや、傘も大事だけど、まず風、強いからね、という話です。
日本の読者にとっての意味
このニュースが重いのは、自己破産の件数が増えたこと自体より、「家計の苦しさが一部の特殊な話ではなくなっている」可能性を示すからです。自己破産はかなり最後の段階で表に出る数字です。そこが増えるということは、その手前にある延滞、借入れの増加、貯蓄の取り崩し、支払いの先送りも広がっているかもしれない、と考えるのが自然です。
日本の読者にとって大事なのは、これを遠い誰かの失敗談として読まないことです。今後も見るべきポイントはシンプルです。物価、とくに日常の食費や生活必需品がどう動くか。賃上げが額面だけでなく実質でもプラスに転じるか。固定費を軽くする政策や支援が機能するか。この3つです。
自己破産の増加は、家計のどこかで「ちょっと苦しい」が積み重なった結果です。突然ドカンというより、毎月じわじわ。静かなニュースに見えて、かなり生活ど真ん中の話なんです。
まとめ
2025年の個人の自己破産申立件数が8万3100件まで増え、3年連続で増加した背景を読むなら、「借金する人がだらしなくなったから」という説明では足りません。むしろ、長引く物価高で固定費と食費が重くなり、その一方で実質賃金が2022年から2025年まで4年連続でマイナスとなり、返済を支える家計の余力がじわじわ削られた、と見るほうが筋が通ります。
言い換えると、今回増えたのは「だらしなさ」ではなく、持ちこたえるための余白を失った家計です。ニュースを見るときに大事なのは、誰かを説教することではなく、何がその余白を削ったのかを見抜くこと。そこが分かると、この数字はただの暗い統計ではなく、日本の暮らしの今を映すかなり切実なサインに見えてきます。