石油危機と聞くと、つい頭に浮かぶのはガソリンスタンドの長い列です。あの絵は分かりやすい。けれど、今回のテレビ朝日ニュースが見せた怖さは、もう少し地味で、でもかなり厄介です。トラックを走らせる軽油ではなく、トラックを壊さず走らせ続けるための潤滑油が入りにくくなる。派手さはないのに、効き目はじわっと重いタイプです。

今回の本題は、「石油が足りない」のと「石油製品が現場まで流れない」は別の話だ、ということです。日本全体で必要量が確保できていても、流通の途中で目詰まりが起きれば、整備の現場は止まります。スーパーの棚が空く前に、まず物流の血流が悪くなる。なんだその嫌な例えは、と思うかもしれませんが、エンジンオイルは本当に「車の血液」と呼ばれるんです。

“車の血液”入手困難で物流に懸念の声…現場レベルでは石油製品の“目詰まり”悪化も
“車の血液”入手困難で物流に懸念の声…現場レベルでは石油製品の“目詰まり”悪化も

中東情勢の先行きが見通せない中、今週、カルビーやカゴメがパッケージの変更を発表。さらに私たちの暮らしを支える、物流への影響を懸念する声も。(5月16日OA「サタデーステーション」)

今回の登場人物

  • 潤滑油: エンジンオイルや機械油のことです。部品どうしの摩擦を減らし、熱や汚れを受け止めます。燃料が「走るためのごはん」なら、潤滑油は「壊れないための血流」みたいなものです。
  • ベースオイル(基油): 潤滑油の土台になる原料です。石油精製の工程でできるもので、ここが詰まると潤滑油の供給に響きます。
  • ナフサ: 石油化学製品の原料になる油です。印刷インク、接着剤、塗料、シンナーなど幅広い製品につながります。同じ石油由来でも、全部が同じ足りなさ方をするわけではないのが今回のややこしいところです。
  • 資源エネルギー庁: 経済産業省の中でエネルギー政策を担う役所です。今回は「日本全体の必要量は確保できているが、流通の偏りが出ている」と説明し、事業者に供給調整を要請しました。
  • 国土交通省: 物流や交通を所管する役所です。燃料油や石油製品の供給で困る事業者向けに相談窓口を設け、現場の詰まりを拾う体制をつくっています。

何が起きたか

テレビ朝日ニュースは5月17日未明、福井市の運送会社でエンジンオイルの入手難が起きていると報じました。会社はおよそ250台のトラックを保有し、1台あたり約30リットルのエンジンオイルを定期的に交換していますが、価格は約1.5倍に上がり、発注しても届くまで1か月から1か月半かかる状況だといいます。交換周期も4か月ごとから5〜6か月ごとへ延ばしているとのことでした。

ここでまず大事なのは、「トラックに軽油がない」ではなく、「整備に必要な油が入りにくい」という話だという点です。燃料計が満タンでも、オイル交換ができなければ、走り続けるほど故障リスクは上がります。車で言うと“お腹は空いてないけど内臓がきつい”状態で、あまりうれしい比喩ではありません。

政府の説明も、この見立てとだいたい重なります。4月17日の赤澤亮正経済産業大臣の会見では、潤滑油について「日本全体として必要となる量」は確保できている一方、一部で供給の偏りが生じていると説明されました。3月下旬ごろから将来の不足を不安視した一部の流通事業者や需要家が前年同月を大きく上回る量を注文し、3月の元売全体の潤滑油出荷量は前年同月比で約3割増え、在庫は大幅に減少したとされています。

つまり、総量の話ではなく、順番と配り方の話なんです。

本題

中心問いへの答えを先に言うと、石油危機で静かに怖いのは「燃料がゼロになる瞬間」だけではなく、潤滑油や塗料、シンナーのような石油製品が流通段階で偏り、必要な現場に必要な時期に届かなくなることです。総量が足りていても、途中で誰かが買い急ぎ、誰かが抱え込み、誰かの注文が後ろ倒しになると、物流や整備は止まりえます。

これ、かなりいやらしい問題です。原油不足ならニュースの見出しになりやすいし、政府も備蓄放出で対応しやすい。でも潤滑油の目詰まりは、倉庫、卸、整備工場、運送会社みたいな途中の現場で起きます。表に出るころには、すでに「発注したのに来ない」が始まっている。レジで警報が鳴るわけでもないので、静かに困るんですね。

なぜ「足りているのに入らない」が起きるのか

4月17日に資源エネルギー庁が潤滑油関係事業者へ出した要請文は、かなり率直です。そこでは、軽油やA重油などでも一部に供給の偏りや流通の目詰まりが生じており、これに先立つ3月下旬ごろから、先行き不安を抱いた流通事業者や需要家が前年同月を大きく上回る注文を出した結果、通常どおり注文している事業者への供給が滞った、と説明しています。

要するに、「みんなが少し多めに頼んだら、全体として回らなくなった」ということです。体育館の出口に一気に人が集まると、ドアの幅は増えませんよね。あれの石油製品版です。しかも今回は、潤滑油の原料であるベースオイルのうち、中東産の特殊な高機能品原料の輸入停止も重なっていました。だから単なる気のせいではなく、現場に不安の理由もちゃんとある。

ただし、ここで「じゃあ全国的に潤滑油が底をついたんだ」と読むのは飛びすぎです。政府は一貫して、代替調達や備蓄放出によって必要量は確保できていると説明しています。4月公表の経産省資料でも、原油の代替調達が進み、ナフサを含めて燃料油以外の用途にも供給を継続する前提で年越しまでの供給確保に目途がついたとしています。

つまり、問題は「ない」ではなく「うまく回らない」です。ここ、試験に出るくらい大事です。

燃料不足と何が違うのか

燃料不足は、比較的イメージしやすいです。ガソリンや軽油が足りなければ、車は走れません。でも潤滑油不足は少し違います。今日すぐに全車停止、みたいな派手な壊れ方はしにくい一方で、整備周期を延ばし、部品の負担を増やし、故障リスクをじわじわ積み上げます。

テレ朝の記事で運送会社がオイル交換を4か月ごとから5〜6か月ごとへ延ばしていたのは、まさにその静かな圧力です。1日だけ見ると走っている。でも1か月、2か月と見ると、整備の余裕が削られていく。これは物流にとってかなり嫌な形です。人間で言えば、熱が40度あるより、微妙に体調が悪いまま大会本番を迎える感じです。気合いで何とかしたくても、機械は気合いを評価してくれません。

しかも物流は、一台一台の無理が積み上がる業界です。大型トラック1台が止まるだけで、その便、荷主、納品先、次の配車まで連鎖します。だから「潤滑油の納期が延びた」は、整備工場だけの困りごとではありません。配送の遅れ、修理費の増加、代車不足、最終的には運べる量そのものの低下につながりうるんです。

生活にどう効くのか

国土交通省が「燃料油や石油製品等の供給に関する相談窓口」を設けているのも、この問題が単なる業界内の小話ではないからです。役所が見ているのは、流通や取引への影響です。言い換えると、石油製品の詰まりが医療、交通、農業、公共サービス、物流のような生活の土台にどう波及するか、ということです。

日本の読者にとって大事なのは、石油危機の影響が値上がりだけで来るとは限らない点です。もちろん価格上昇も痛いです。でも、それより前に「入るはずの資材が予定通り入らない」「いつもの交換や補修が後ろにずれる」という形で生活基盤に効くことがあります。道路の白線工事でシンナー不足が問題になったのも同じ構図で、足りないのは主役の材料そのものではなく、その周辺を回す脇役です。脇役と呼ぶには、だいぶ働きすぎなんですが。

だから今回のニュースは、「ガソリンスタンドに列ができるか」だけを見る話ではありません。列ができる前から、物流や整備の現場では、静かに順番待ちが始まることがある。その順番待ちが長引くと、あとで私たちの生活に跳ね返ってきます。

まとめ

今回の潤滑油入手難が教えてくれるのは、石油危機の弱点が燃料の総量だけではない、ということです。日本全体で必要量が確保されていても、流通段階で買い急ぎや偏りが起きれば、通常どおり必要としている運送会社や整備現場に届かなくなる。すると、トラックは燃料があっても、整備の余裕を失って静かに弱っていきます。

要するに、怖いのは「油が全部なくなる日」だけじゃありません。「まだあるのに、必要な場所へうまく流れない日」のほうが、むしろ見えにくくて厄介です。石油危機の本当の嫌らしさは、ガソリンスタンドの列より先に、物流の毛細血管みたいな部分を詰まらせうるところにある。今回の本題はそこなんです。

Sources