「賃金5%上がった」と聞いて、財布の中身が増えた気がしない人は、自分の感覚を疑わなくて大丈夫です。あなたの財布が反抗期に入ったわけではありません。

本題は、平均の賃上げ率と、実際の手取り・生活費の間に距離があることです。そこを見ないと、「景気は良いらしいのに、なぜ自分だけ苦しいのか」と話を間違えます。

高市総理は「賃金5%上がった」と言うけれど…働き手の72%が「変わらない」賃上げに悩む中小経営者の本音
高市総理は「賃金5%上がった」と言うけれど…働き手の72%が「変わらない」賃上げに悩む中小経営者の本音

2026年の春闘を受け、連合が最新の賃上げ率が5.02%になったと発表した。高市早苗総理も「5%を超える賃上げとなった」と強調していたが、物価高の影響などもあり、73%の人が賃上げを実感していない。

今回の登場人物

  • 春闘: 労働組合と企業が、賃金や労働条件について毎年まとめて交渉する仕組みです。
  • 連合: 日本の大きな労働組合の全国組織です。春闘の回答集計を公表しています。
  • 賃上げ率: 基本給の引き上げや定期昇給を含め、賃金がどれくらい上がったかを示す割合です。
  • 中小企業: 大企業より規模が小さい企業です。働く人の多くは中小企業で働いています。
  • 手取り: 給料から税金や社会保険料などを引いた後、実際に使えるお金です。

何が起きたか

テレ朝NEWSは6月8日、2026年春闘を受けて連合の最新賃上げ率が5.02%になった一方、働き手の73%が賃上げを実感していないと報じました。記事では、高市早苗総理が「5%を超える賃上げ」と強調していること、ただし中小零細企業の現場では「関係ない」と感じる声があることも紹介しています。

連合は2026年春季生活闘争で、賃上げが5%台に乗ったと説明しています。JILPTも、連合の第5回回答集計では賃上げ率が5.05%だったと紹介しています。つまり、統計上の賃上げは実際にあります。

それでも生活実感が追いつかない。ここが今回の問題です。数字は上がっているのに、家計は軽くならない。まるで体重計だけ減ったのにズボンはきつい、みたいな気持ち悪さがあります。

ここが本題

今回の中心問いは、「なぜ賃上げ5%でも、生活が楽になった実感が弱いのか」です。

答えは、平均の賃上げ率が、そのまま全員の手取り増にはならないからです。賃上げ率は大事な数字ですが、家計に届くまでにいくつもの関門があります。自分の会社が上げたか。基本給が上がったか。一時金ではないか。税金や社会保険料を引いた後も増えたか。物価上昇に勝てたか。ここを一つずつ通過して、初めて「増えた」と感じます。

平均値は便利ですが、便利すぎる数字でもあります。平均気温が25度でも、日なたで走れば暑いし、冷房の下では寒い。平均賃上げ率も同じで、自分の職場や家計に落とし込まないと、体感とはずれます。

大企業と中小企業の距離

春闘のニュースでは、大企業の賃上げが目立ちます。大企業は労働組合が強く、交渉結果も報じられやすい。賃上げ原資も比較的持ちやすい。だから大きな数字が出やすいのです。

一方、日本で働く人の多くは中小企業にいます。中小企業は、取引先から十分に価格転嫁できなければ、賃金を上げたくても上げにくい。原材料費、電気代、物流費、人件費が上がる中で、販売価格を上げられない企業もあります。経営者が意地悪で財布を握りしめている、という単純な話ではありません。もちろん握りしめている場合もあるでしょうが、全部それで説明すると雑です。

特に下請け構造では、大企業が値上げを認めるかどうかが中小企業の賃上げ力を左右します。賃上げは会社の中だけで完結しません。仕入れ先、販売先、消費者、政府の支援、全部つながっています。給料袋は一つでも、その中身はサプライチェーンの旅をしてきます。

手取りと物価の壁

もう一つの壁が、手取りです。額面の給料が上がっても、税金や社会保険料を引いた後の手取りがどれだけ増えたかが生活感覚を決めます。さらに、食料品、家賃、電気代、ガソリン、通信費が上がれば、増えた分はすぐ消えます。

ここで重要なのが実質賃金です。実質賃金は、物価の上昇を差し引いて、賃金の購買力が増えたかを見る数字です。名目賃金が上がっても、物価がそれ以上に上がれば、買える量は増えません。給料が階段を上がっても、物価がエスカレーターで追い抜いていく感じです。嫌なショッピングモールです。

家計の中でも、値上がりの感じ方は違います。毎日買う食品が上がると、実感は強い。月に一度の大きな支出より、スーパーの棚で毎回「また高い」と思うほうが心に刺さります。だから統計上は改善していても、生活者の感覚は遅れて改善します。

「5%」の中身を見る

賃上げ率には、ベースアップと定期昇給が混ざることがあります。ベースアップは賃金表そのものを引き上げることです。定期昇給は年齢や勤続年数に応じて上がる分です。

生活を大きく変えるのは、特にベースアップです。定期昇給は、若手や勤続年数が短い人には効きますが、全員が同じように恩恵を受けるわけではありません。だから「5%」と聞いたときは、何が5%なのかを見る必要があります。ここを確認しないと、カレーに入っている肉の量を見ずに「具だくさん」と言っているようなものです。

一時金も注意が必要です。ボーナスが増えるのはありがたいですが、毎月の固定費を支える力は基本給ほど強くありません。住宅ローン、家賃、光熱費、食費は毎月来ます。ボーナスだけで家計を支えると、年に数回だけ現れる勇者に村を任せるような不安があります。

さらに、賃上げがあっても働く時間や負担が増えていれば、満足感は伸びません。残業が増えた分だけ給料が上がったのか、基本給が上がったのかでは意味が違います。仕事量が増え、責任も増え、手取りは少し増えただけなら、生活は楽になったというより「前より高い坂を少し良い靴で登っている」状態です。

非正規雇用や短時間勤務の人にも注意が必要です。春闘の賃上げ率は、組合のある企業の正社員の動きを映しやすい数字です。パート、アルバイト、派遣、フリーランスの収入改善は別に見なければなりません。社会全体の賃金を語るなら、ニュースの中心に出やすい人だけでなく、統計の端に押し込まれがちな人の財布も見る必要があります。

それで何が変わるのか

今後の焦点は、賃上げが大企業から中小企業へ、額面から手取りへ、単年のイベントから継続的な流れへ広がるかです。

政府が「賃上げ5%」を強調するのは、賃金と物価の好循環を示したいからです。企業が賃金を上げ、消費が増え、企業収益が改善し、さらに賃金が上がる。理屈としては分かります。ただし、途中で中小企業が価格転嫁できない、家計が物価高で消費を抑える、社会保険料で手取りが伸びない、といった詰まりがあると、循環は細くなります。

読者が見るべきポイントは、ニュースの見出しより自分の給与明細です。基本給はいくら上がったか。手取りはいくら増えたか。食費や固定費の増加分を超えているか。会社が一時金で済ませていないか。ここまで見ると、「賃上げがあるのに苦しい」の正体が見えてきます。

企業側も、賃上げを単なる人件費増として見るだけでは厳しくなります。人を採れない、辞められる、育たないというコストもあります。賃上げは負担ですが、放置すれば採用力や生産性に跳ね返る投資でもあります。

まとめ

「賃上げ5%」の本題は、数字が本当かどうかだけではありません。その数字が、どの企業に、どの働き手に、どの手取りとして、どの物価環境の中で届くかです。

平均の賃上げ率は景気を見る大事な温度計です。ただし、生活は平均ではできていません。自分の家計に届くまでの距離を見て初めて、このニュースの意味が分かります。5%という大きな数字の陰にある「届いていない人」を見落とさないことが、今回のいちばん大事な読み方です。

Sources

  • テレ朝NEWS「高市総理は『賃金5%上がった』と言うけれど…働き手の72%が『変わらない』賃上げに悩む中小経営者の本音」
  • 労働政策研究・研修機構「『賃上げがあたりまえの社会』に向けて前進」と2026春季生活闘争を中間総括
  • 連合「2026春季生活闘争」関連資料
  • 日本商工会議所「中小企業の賃上げ・価格転嫁」関連調査