「実質賃金が4カ月連続プラス」と聞くと、つい「お、生活が楽になるターン来た?」と思います。もちろん、悪いニュースではありません。名目の給料が伸び、物価を差し引いたあとでもプラスになったのだから、ずっと財布を後ろから引っ張られていた家計にとっては、ようやく靴ひもを結び直せた感じです。
ただし、ここで胴上げまで始めると早いです。今回の本題は、給料が物価に勝ったことそのものより、その勝ち方がまだ薄いことです。春闘の賃上げが効いた。けれど中東情勢でエネルギーや輸入価格がまた上がれば、実質賃金のプラスはすぐ細ります。やっと前を向いた家計に、物価という追い風ならぬ向かい風がまた吹くかもしれない。そこを読むニュースです。

物価の上昇を反映した4月の実質賃金は4カ月連続でプラスとなりました。全国の従業員5人以上の事業所3万余りを対象にした「毎月勤労統計調査」(速報値)によりますと、働く人1人当たりの「現金給与総額(名目賃金)」は31万2425円で、前の年の同じ月から3.5%増えました。3%以上を3カ月連続で維持するのは、34年1カ月ぶりだということです。また、物価の変動を反映した「実質賃金」は、前の年の同じ月から1.9%増加して、4カ月連続でプラスとなり、賃上げが物価上昇を超える状態となっています。厚生労働省は「…
今回の登場人物
- 実質賃金: 給料の額から物価上昇の影響を差し引いたものです。給料が増えても物価がもっと上がれば、実質賃金は下がります。
- 名目賃金: 物価を差し引く前の給料の額です。給与明細に見える数字はこちらです。
- 毎月勤労統計調査: 厚生労働省が事業所を対象に行う賃金や労働時間の統計です。
- 春闘: 主に春に行われる労使交渉です。企業が賃上げをどこまで広げるかを見る大きな材料になります。
- 中東情勢: 原油や物流コストに影響しやすい国際情勢です。物価が再び上がる火種になります。
何が起きたか
FNNは6月5日、厚生労働省の毎月勤労統計調査の速報値として、4月の実質賃金が前年同月比1.9%増え、4カ月連続でプラスになったと報じました。全国の従業員5人以上の事業所3万余りを対象にした調査で、働く人1人あたりの現金給与総額、つまり名目賃金は31万2425円。前年同月比で3.5%増でした。
さらに、名目賃金の3%以上の伸びが3カ月連続で続くのは34年1カ月ぶりだとも報じられています。ここだけ見ると、かなり強い数字です。長く「賃上げしても物価に食われる」状態が続いていた日本で、ようやく給料側が前に出たように見えます。
厚生労働省は、春闘などの賃上げの動きが広がったとみられると説明しています。一方で、中東情勢の悪化によって物価高が再び勢いを増す懸念があり、プラスを維持できるか注視したいともしています。つまり、拍手はしていい。でもクラッカーを鳴らして床を紙だらけにする段階ではありません。
ここが本題
今回の中心問いは、「実質賃金プラスは、家計回復の始まりと読んでいいのか」です。
答えは、始まりの可能性はあるが、まだ家計が強くなったとは言い切れない、です。理由はシンプルです。実質賃金は、給料と物価の綱引きです。今回は給料側が勝ちました。でも、勝った幅が分厚いとは限らない。物価が少し速く走り出せば、すぐ追いつかれます。
たとえば名目賃金が3.5%増えても、生活に必要な食料、電気、ガソリン、日用品がそれに近い勢いで上がれば、手元の感覚は「増えた!」ではなく「減り方が止まった?」くらいになります。家計は統計の表を食べて生きているわけではありません。スーパーのレシートと電気代の通知で生きています。ここ、地味だけど大事です。
なぜ「4カ月プラス」だけで喜びきれないのか
ひとつ目は、実質賃金が前年同月比で見た数字だからです。前年の状態が弱ければ、そこからの反発でプラスに見えやすい面があります。もちろんプラスはプラスです。ただ、生活実感としては「去年より少し戻った」と「十分に余裕ができた」は別物です。
ふたつ目は、賃上げが全員に同じように届くわけではないことです。大企業の春闘で高い賃上げが実現しても、中小企業、非正規、パートタイム、地方の小さな職場に同じ速度で広がるとは限りません。平均値は、みんなの背中に貼った身長シールの平均みたいなものです。平均が伸びても、前から2列目の人が急に高くなるわけではありません。
三つ目は、物価の再加速リスクです。中東情勢が悪化すると、原油価格や物流コストが上がりやすくなります。日本はエネルギーや原材料の多くを輸入に頼っています。だから、海外で起きたコスト上昇が、ガソリン、電気、食品、外食、配送費へじわじわ移ります。賃金の伸びが階段なら、物価はエレベーターになることがあります。嫌な建物です。
誤解しやすいところ
「実質賃金がプラスなら、政府の物価対策はもう要らない」と読むのは早いです。今回の数字は、家計がようやく物価に追いつき始めた可能性を示します。しかし、低所得世帯や子育て世帯、固定費の重い世帯では、同じプラスでも感じ方が違います。住宅費、教育費、医療費、通勤費が重い人にとっては、数字のプラスがそのまま安心に変わりません。
逆に、「どうせ実感がないから意味がない」と切り捨てるのも雑です。実質賃金が継続してプラスになることは、消費の下支えになります。家計が少しでも前向きに支出できれば、企業の売上にも回り、次の賃上げの材料になります。ここは循環です。洗濯機みたいに、回ってくれないと困る。ただし、回りすぎると物価高で目が回る。経済は家電より扱いが難しいです。
それで何が変わるのか
今後見るべきは、単月のプラスではなく、夏以降もプラスが続くかです。春闘の効果が一巡したあと、ボーナスや中小企業の賃上げ、最低賃金、価格転嫁がどう動くか。ここで賃金の伸びが止まり、物価だけが再び伸びれば、今回の明るさは短い花火になります。
もうひとつは、政策の焦点です。政府が給付、減税、エネルギー補助をどう組み合わせるかは、実質賃金の持続性と関係します。全員に薄く支援するのか、物価上昇に弱い層へ厚く出すのか。実質賃金がプラスになったからこそ、政策は「景気づけ」ではなく「どこにまだ穴が残っているか」を見る段階に入ります。
読者にとっては、ニュースの見方が変わります。「給料が上がったか」だけでなく、「自分の支出で一番上がっているものは何か」を見る。食費なのか、光熱費なのか、家賃なのか。実質賃金は国全体の体温計ですが、家計の痛みは部位別です。体温が平熱でも、足の小指をぶつけたら普通に痛い。そこを混ぜないことです。
もうひとつ、企業側の読み方もあります。実質賃金がプラスで続けば、値上げをしても消費が極端に落ちにくい環境になります。一方で、賃金が伸びないまま物価だけ上がれば、消費者はすぐ財布を閉じます。企業にとっても、賃上げは単なる人件費増ではなく、自分たちの商品を買う人を支える燃料です。ここをケチりすぎると、店の前にお客さんが立っていても、財布の中身が留守という状態になります。
だから、次に見るべき数字は実質賃金だけではありません。消費支出、食品価格、電気・ガス料金、ガソリン価格、中小企業の賃上げ率もセットで見る必要があります。実質賃金は「勝ったか負けたか」の試合結果ですが、家計のシーズン成績は複数の数字で決まります。1試合勝っただけで優勝パレードを予約するのは、さすがに監督が落ち着いていません。
まとめ
4月の実質賃金が4カ月連続でプラスになったのは、久しぶりに明るい材料です。名目賃金の伸びも強く、春闘の賃上げが広がった可能性があります。
ただし、本題は「もう家計は安心」ではありません。賃金が物価に勝つ状態が、どれだけ続くかです。中東情勢などで物価が再加速すれば、今回のプラスはすぐ削られます。読むべきポイントは、勝ったか負けたかの一試合ではなく、家計が連戦に耐えられる体力を持ち始めたかどうかです。
Sources
- FNNプライムオンライン「実質賃金が4カ月連続プラスに 4月は1.9パーセント増 厚労省『春闘など賃上げの動きが広がったとみられる』」
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査の実質賃金について」