再審を「昔の事件を掘り返す制度」とだけ理解していると、かなり浅いです。本当の問題は、間違いを直す扉が開いても、そこから先が長すぎることです。

今回の本題は、袴田巌さんの姉・ひで子さんの参考人質疑そのものではありません。無罪に向かうための手続きが、なぜここまで時間を食うのか。そして、その時間を制度としてどう短くするのかです。

袴田巌さんの姉「神様が作った法律ではない」 再審制度の見直し巡る参考人質疑に出席
袴田巌さんの姉「神様が作った法律ではない」 再審制度の見直し巡る参考人質疑に出席

9日の衆議院法務委員会で、再審制度の見直しを巡る参考人質疑が行われ、再審で無罪となった袴田巌さんの姉・ひで子さん(93)が出席しました。「神様が作った法律ではございません。人間が作った法律なんです。

今回の登場人物

  • 再審: 確定した有罪判決について、重大な疑いがある場合に裁判をやり直す制度です。いわば「判決の修正ルート」です。
  • 袴田巌さん: 1966年の事件で死刑が確定し、再審で無罪となった人です。長期にわたる司法手続きが大きな議論になりました。
  • 袴田ひで子さん: 袴田巌さんの姉です。長年、再審を求めて活動してきました。
  • 検察抗告: 再審開始決定などに対して、検察官が不服を申し立てることです。手続きが長期化する一因として議論されています。
  • 証拠開示: 検察側が持っている証拠を弁護側に示すことです。再審では、どこまで開示されるかが大きな争点になります。

何が起きたか

テレ朝NEWSは6月10日、9日の衆議院法務委員会で再審制度の見直しをめぐる参考人質疑が行われ、再審で無罪となった袴田巌さんの姉・ひで子さんが出席したと報じました。

記事によると、ひで子さんは「神様が作った法律ではございません。人間が作った法律なんです。改正できないことはないと思っております」と述べました。刑事訴訟法改正案では、裁判の長期化を防ぐため、検察官による不服申し立てである抗告を原則禁止するとされています。

ひで子さんは、検察抗告があるから再審開始まで長引いたと訴え、証拠の全面開示も求めました。「良い証拠も悪い証拠も全部出して、裁判をやっていただきたい」という趣旨の発言も紹介されています。

このニュースは、特定の事件だけの話ではありません。日本の刑事司法が、間違いを直すための制度をどれだけ本気で用意しているかの話です。

ここが本題

今回の中心問いは、「なぜ再審制度の見直しでは、検察抗告と証拠開示が本丸になるのか」です。

答えは、再審の扉が開くまでに時間がかかりすぎると、制度が制度として間に合わないからです。有罪判決が確定したあとに間違いの疑いが出たなら、本来は速やかに確かめる必要があります。ところが、再審開始をめぐる争いが何年も続けば、本人も家族も年を重ね、証拠も記憶も古くなります。

もちろん、確定判決を簡単に揺るがせばいいわけではありません。裁判には安定性が必要です。一度決まったことを毎回やり直していたら、司法は終わらない宿題になります。でも、間違いの可能性が具体的に出ているのに、やり直しの入口で長く止まるのも危険です。

司法に必要なのは「決める力」と「間違いを直す力」の両方です。片方だけだと、強そうに見えて実は弱い。鉛筆に消しゴムがないみたいなものです。テスト中は妙に緊張します。

検察抗告は何を止め、何を伸ばすのか

検察官が抗告できる仕組みには、裁判所の判断をチェックする意味があります。再審開始の判断に問題があるなら、上級審で見直す余地がある。制度として、まったく理解できないわけではありません。

ただ、再審開始決定が出たあとに検察抗告が続くと、再審公判、つまり本当にやり直す裁判に入るまでが長引きます。ひで子さんが訴えたのは、まさにこの点です。再審開始は「もう一度ちゃんと調べよう」という入口です。その入口でさらに長く止まると、やり直しの意味が薄れます。

ここで誤解してはいけないのは、検察抗告を原則禁止する議論が「検察を黙らせるため」だけの話ではないことです。目的は、再審開始が認められるほどの疑いがある事件について、判断を本体の裁判へ早く移すことです。

再審は、勝敗を延長戦で何度も引っ張る競技ではありません。もし有罪判決に大きな疑いがあるなら、本人の人生がかかった問題です。時間は単なる手続きコストではなく、人の生活そのものです。

証拠開示がなぜ大事なのか

もう一つの本丸が証拠開示です。再審を求める側にとって、どんな証拠があるのか分からなければ、間違いを示す材料を探しにくい。検察側が持つ証拠の中に、有罪を支えるものだけでなく、無罪方向に働くものがあるかもしれません。

ひで子さんは「良い証拠も悪い証拠も全部出して」と求めました。これは感情的な要求ではなく、再審制度の公平性に関わる話です。片方だけが証拠の地図を持っていて、もう片方が手探りなら、議論は対等になりません。

もちろん、証拠開示には個人情報や関係者保護、捜査手法の保護など、配慮すべき点があります。だから「全部公開、はい終わり」と雑に言えばいいわけではありません。けれど、再審で真実に近づくには、必要な証拠へアクセスできるルールが不可欠です。

証拠は、裁判の材料です。材料を隠したまま料理の味だけで勝負しろと言われても困ります。しかもその料理、人生がかかっています。

被害者や社会の視点も忘れてはいけない

再審制度の話では、冤罪被害を防ぐことが中心になります。それは当然です。間違って有罪にされた人の人生は取り返しがつきません。

一方で、事件の被害者や遺族にとっても、再審は重い手続きです。長い時間がたった後に事件が再び注目され、裁判がやり直されることは精神的な負担になり得ます。だからこそ、再審制度は「早く、丁寧に、根拠を明確に」動く必要があります。

長期化は、誰にとっても優しくありません。本人や家族には苦しみが続き、被害者側にも不安定な時間が続き、社会には司法への疑いが残ります。制度が遅いと、正義の到着が遅配になります。玄関のチャイムが鳴ったころには、もう夕飯が冷めています。

それで何が変わるのか

改正案の議論が進めば、再審開始決定後の手続きが速くなる可能性があります。検察抗告が原則禁止されれば、再審公判へ進むまでの時間は短縮されやすくなります。

証拠開示のルールが整えば、再審を求める側は、何を根拠に判決を見直すべきか示しやすくなります。裁判所にとっても、判断材料が見えやすくなります。

ただし、制度を変えればすべて解決するわけではありません。運用が大事です。証拠開示の範囲、抗告禁止の例外、裁判所の審理の進め方、弁護側の支援体制。細部が雑だと、看板だけ「改革」になって中身がついてきません。

読者にとっての意味は、再審を「特別な人だけの話」と見ないことです。刑事司法は、社会が間違いをどう扱うかの仕組みです。自分が当事者でなくても、間違いを直せる制度があることは、社会全体の安全装置になります。

さらに、再審制度は捜査や裁判への信頼にも関わります。間違いを絶対に認めない組織は、一見強そうでも、長い目で見ると信頼を失います。逆に、間違いの可能性が出た時に証拠を出し、手続きを進め、結論を確かめ直せる制度は、司法の弱さではなく強さです。答案を見直せる人のほうが、最後の点数は上がります。国の制度でも同じです。

まとめ

再審制度見直しの本題は、過去の事件を忘れないことだけではありません。間違いの疑いが出たとき、どれだけ早く、どれだけ公平に確かめ直せるかです。

ひで子さんの「人間が作った法律」という言葉は、制度への怒りであると同時に、制度は変えられるという確認でもあります。刑事司法に必要なのは、判決を確定させる力だけではありません。間違いを見つけたとき、戻って直す勇気です。

Sources

  • テレ朝NEWS「袴田巌さんの姉『神様が作った法律ではない』 再審制度の見直し巡る参考人質疑に出席」
  • 衆議院「法務委員会」関連資料
  • 日本弁護士連合会「再審法改正」関連資料