「医師不足」と聞くと、医師免許を持つ人の総数が足りない話に見える。ところが外科では、医師全体が増えても、外科を専門に選ぶ若手の割合が下がるという、少しややこしいことが起きている。プールの水は増えているのに、外科へ流れる配管が細くなっているのだ。
しかも「20年後に半減」という強い数字は、外科医すべてを一括した推計ではない。日本消化器外科学会による65歳未満の消化器外科医の試算だ。患者の不安を必要以上に膨らませず、本当に細くなっている入口と、働き続けにくい仕組みを分けて見よう。

大きな病気やケガをしたとき、頼りにするのが「外科医」です。しかし今、外科医が全国、そして山梨でも不足する事態になっています。現場で起きていること、そして危機を乗り越えようと始まった大学病院の新たな挑… (1ページ)
今回の登場人物
外科医は、手術を軸に病気やけがを治療する医師の総称。消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科など複数の領域があり、「外科医」という一つの箱だけでは実情をつかみにくい。
消化器外科医は、胃、大腸、肝臓、胆道、膵臓など、食べ物の通り道とその周辺臓器を主に手術する。今回の「10年後に4分の3、20年後に半分」という推計の対象は、この領域の65歳未満の医師だ。
専攻医は、医学部卒業後の初期臨床研修を終え、外科や内科など基本となる専門領域の研修を始めた若手医師。外科の将来を考えるとき、「今いる医師」だけでなく「入口から何人入るか」を見るための数字になる。
日本外科学会は、外科診療と教育を担う医師の学術団体。外科専攻医の数や働き方、地域医療の体制について提言している。
山梨大学医学部は、山梨県で医師を育てる大学の学部。入口報道では、附属病院の外科系医師らが中心となり、若手外科医の研修環境を整える資金をクラウドファンディングで募る取り組みが紹介された。
何が起きたか
TBS NEWS DIGは2026年7月10日20時23分、全国と山梨で起きる外科医不足と、山梨大学医学部が附属病院の外科系医師らを中心に始めた取り組みを報じた。医学部は、若手外科医の育成に使う資金を募り、研修環境の強化を目指している。
報道が示した危機感には、二種類の数字が重なっている。一つは、厚生労働省の統計をもとにすると、2002年から2022年にかけて消化器・一般外科の医師数が20%以上減ったという過去の変化。もう一つは、日本消化器外科学会が示した、65歳未満の消化器外科医が10年後に現在の4分の3、20年後に半分になるという将来推計だ。
ここは主語を固定しておきたい。「20年後、外科医全体が半分になる」と確認されたわけではない。「20年後、日本のどこでも手術が受けられなくなる」と決まったわけでもない。65歳未満の消化器外科医がこのまま減る場合に備え、育成、配置、働き方を今から変える必要がある、という警告である。
ここが本題
外科医不足は、単純な「医師の頭数不足」では説明できない。厚生労働省の医師統計を使った日本外科学会の解説では、医師全体は長期的に増えている。その一方で、消化器・一般外科は2002年から2022年に20%以上減った。
つまり、医学部を増やして医師総数を増やせば、自動的に外科医も同じ割合で増えるわけではない。若い医師がどの診療科を選ぶか、その後に辞めず、地域で働き続けられるかという二つの関門がある。
入口を見ると差がはっきりする。新しい専門医制度が始まった2018年、基本領域の専攻医8410人のうち、外科は805人で9.6%だった。2024年の外科専攻医は807人。人数だけなら2人増えたが、全専攻医9454人に占める割合は8.5%へ下がった。
805人から807人。数字は横ばいに見える。だが全体の研修医が増える中で外科だけ伸びなければ、将来の医療を支える比率は下がる。クラス全体が大きくなったのに、外科チームの椅子だけ2脚しか増えていない。椅子取りゲームなら穏やかだが、医療の世代交代では心配な静けさだ。
なぜ外科を選びにくいのか
外科の仕事は手術室だけで終わらない。手術前の診察と説明、手術後の全身管理、急変への対応、救急、当直、書類作成、患者や家族への説明が続く。地方の病院では、日本外科学会の提言が指摘するように、化学療法、終末期医療、検診、集中治療室の管理、場合によっては外科以外の救急対応まで担うことがある。
手術は予定表どおりに始められても、患者の状態や緊急手術までカレンダーに従ってくれるとは限らない。技術を習得する期間も長く、責任は重い。若手医師が進路を選ぶとき、やりがいと同時に、勤務時間、家庭生活、訴訟リスク、研修費用、将来の働き方を見るのは自然なことだ。
日本外科学会は、外科を希望する人が伸び悩む理由として、長い勤務時間、仕事と生活の両立の難しさ、仕事量に見合わない処遇、女性医師への配慮不足などを挙げてきた。これを「最近の若者は根性がない」で片づけると、問題を説明したつもりで、問題の真ん中に座り込んでしまう。
大事なのは、外科を選ばない個人を責めないことだ。各診療科はどれも必要で、医師には自分の適性と人生に合う進路を選ぶ権利がある。政策側が見るべきなのは、必要な仕事を善意と長時間労働へ寄せすぎた結果、合理的な進路選択で敬遠される構造になっていないか、である。
入口だけ増やしても漏れていく
外科専攻医を増やす広報は必要だが、それだけでは足りない。魅力を伝えて入ってもらっても、過重労働が続けば途中で離れたり、手術の第一線を早く退いたりする。穴の開いたバケツへ勢いよく水を注ぐ前に、穴の場所も見たい。
一つ目の穴は、医師でなくても担える周辺業務だ。書類の作成補助、入退院の調整、定型的な説明の準備などを事務職や他の医療職と分ければ、外科医は判断と手術、術前・術後管理に時間を使いやすくなる。これがタスクシフト、タスクシェアである。ただし、看護師や技師、事務補助者も無限にいるわけではない。人員と財源を付けずに「みんなで分けよう」と言えば、忙しさを隣の机へ滑らせるだけになりかねない。
二つ目は、当直と緊急対応の組み方だ。少人数の病院へ高度な待機手術を分散すると、各施設で手術チームと当直を維持する負担が大きくなる。日本外科学会は、高難度の予定手術を設備と人員のある施設へ集約する一方、虫垂炎や胆嚢炎、腸閉塞のような緊急性のある病気へのアクセスは地域で保つべきだと提言している。
何でも一か所へ集めればよいわけではない。高度手術は集約して経験と安全性を高め、よく起きる急性疾患は遠すぎない場所で診られるようにする。料理に例えるなら、特別なコース料理の厨房と、急いで必要になる地域の食堂を同じ地図で設計する話だ。どちらかを消すと困る。
三つ目は、研修の費用と時間である。新しい術式や機器を安全に扱うには、実践的な訓練が欠かせない。ところが研修費を本人の自己負担や、指導医の時間外の善意に頼れば、若手ほど参加しにくくなる。「腕を磨け。ただし財布と休日は自分で用意してね」では、入口の看板として少々険しい。
山梨大学の一手
TBSの入口報道で紹介された山梨大学医学部の取り組みは、附属病院の外科系医師らが中心となり、若手外科医の研修環境を整えるために行うクラウドファンディングだ。山梨大学の発表では、募集期間は2026年8月28日まで、目標額は1000万円で、若手外科医の育成に使うとしている。
ここで、この一件を「寄付で外科医不足が解決する」と大きく書くのは禁物だ。1000万円は、全国の診療報酬、当直体制、地域配置、子育て支援を一気に変える額ではない。取り組みの直接の射程は、山梨大学で若手が技能を学ぶ環境を補強することだ。
それでも意味はある。若手の自己負担を減らし、実践的な研修機会を用意できれば、「外科へ入る」「技術を身につける」「地域で働く」という経路の一部を太くできる。山梨大学は県内唯一の医学部を持つ大学で、附属病院は地域の人材育成と高度医療の拠点でもある。そこで育った医師が県内医療を支える流れをつくる狙いだ。
なお、山梨大学は遠隔手術支援など複数の活動を公表しているが、今回の記事では入口報道が焦点を当てた研修環境の資金募集を中心に見る。別の取り組みまで「今回始めた新策」と一袋に詰めると、いつ、何を始めたニュースなのかがぼやけるためだ。
患者は何を心配すればいいのか
この推計だけから、「来月の手術が受けられない」と結論づけることはできない。20年後半減は65歳未満の消化器外科医の推計で、全国すべての病院や外科領域が同じ速さで減るという予告ではない。病院の統合、手術方法の変化、チーム医療、若手の進路、政策によって将来は変わる。
ただ、安心して放置してよい数字でもない。医師の育成には年単位の時間がかかる。人数が減ってから急に募集しても、翌朝には熟練外科医が届くわけではない。今の専攻医比率は、10年後、20年後の当直表と手術チームにつながる先行指標だ。
患者にとって重要なのは、「近所のすべての病院で、あらゆる高難度手術が受けられること」だけではない。緊急時に適切な病院へ行けること、予定手術なら経験のあるチームへつながること、術後の通院や急変時の連携が保たれることだ。病院の数より、地域全体で切れ目なくつながるかを見る必要がある。
それで何が変わるのか
外科医不足への対策は、医学部定員だけで評価できない。外科専攻医の人数と比率、年代構成、地域ごとの配置、時間外労働、当直回数、育児や介護と両立できる勤務、研修費の負担、周辺業務を支える人員まで見なければならない。
診療報酬で外科の負担をどう評価するかも重要だ。手術件数だけを増やしても、術後管理や救急対応を担う人が疲弊すれば続かない。病院同士の役割分担を進めるなら、患者を運ぶ仕組み、紹介と逆紹介、遠隔相談、地元病院での術後フォローもセットにする必要がある。
中心問いへの答えはこうなる。外科医不足は、医師総数の不足だけでなく、若手が外科を選ぶ割合が下がり、入った後も長時間労働、幅広い周辺業務、研修負担の中で働き続けにくい場所で起きる。だから解決策も、募集ポスターを増やすだけでは足りない。仕事を分け、地域の手術体制を組み直し、学ぶ費用と時間を支える必要がある。
まとめ
2002年から2022年に20%以上減ったのは、消化器・一般外科の医師数だ。2018年の外科専攻医は805人で全専攻医の9.6%、2024年は807人で8.5%。人数はほぼ同じでも、若手医師全体に占める入口の割合は細くなった。
そして「20年後に半分」は65歳未満の消化器外科医の推計であり、外科医全体や手術提供体制の確定した未来ではない。だからこそ、数字を大きく見せて怖がらせるより、変えられる仕組みを正確に見るべきだ。外科医を増やすとは、白衣を着る人を数えるだけではない。その人が選び、学び、無理なく続けられる仕事を設計することなんだ。