車を盗まれないようにする対策は大切だ。でも、盗まれた車を「売れない、解体できない、輸出できない」にする対策も同じくらい大切である。盗品に出口がなければ、盗む側の商売は急にしょんぼりする。
愛知県には、自動車解体ヤードへの届出、取引相手の確認、記録、警察の立入りを定めた条例がある。それでも、まっとうな業者が持ち込まれた盗難車をその場で見抜けるとは限らない。今回の本題は、ヤードを一括りに悪者扱いせず、盗難車だけを出口で止めるには何が足りないのか、だ。
今回の登場人物
- ヤード: 自動車の解体や部品の保管などに使われる囲われた作業場所。合法に中古部品を扱う事業者も多く、「ヤード=犯罪施設」ではない。
- 愛知県のヤード条例: 盗難車の解体を防ぐため、事業の届出、取引相手と所有者の確認、記録保存、立入検査などを定める県条例。2019年12月に施行された。
- 車台番号: 車体に割り当てられた、その車を見分ける番号。人でいえば名前より指紋に近い。ただし、部品へ分かれたり番号部分が加工されたりすると追跡は難しくなる。
- 自動車リサイクル法: 廃車を正しく解体・再資源化するための全国法。許可を受けた解体業者などが、車の受渡しを電子マニフェストで報告する仕組みを持つ。
- 電子マニフェスト: 廃車がどの事業者からどの事業者へ動いたかを、1台ずつ電子的に記録する仕組み。車の「解体までの連絡帳」だと思えばいい。
何が起きたか
FNNプライムオンラインは、愛知県警による自動車解体ヤードの立入検査に同行し、2026年7月13日に報じた。警察官は、現場の車について取引記録と車台番号を照合し、中古車オークションで正当に買われたものだと確認していた。
記事によると、愛知県内には少なくとも200カ所のヤードがあり、2025年の立入りは221件だった。一方、愛知県警の確定値では、同年の自動車盗は1051件。2026年1〜5月は248件で、前年同期の567件からは減っている。数字は改善方向だが、出口対策がもう不要という水準ではない。
取材に応じたヤード経営者は、扱う車の8割以上を中古車オークションから仕入れていると説明した。それでも、知らずに盗難車をつかまされ、輸出時に発見されれば車を没収されるリスクがあるという。盗まれた所有者だけでなく、善意で買った事業者も損を抱えうる。ここがややこしい。
ここが本題
愛知県の条例は、何もしていないわけではない。むしろ、入口をかなり細かく塞いでいる。
業者は車を受け取るたび、相手の氏名、住所、生年月日を運転免許証などで確認する。車検証などで所有者も確認し、持ち込んだ人と所有者が違えば、委任状や譲渡証明書などで引き渡す権限を確かめる。受取日、車種、車台番号、所有者、持込人も記録し、1年間保存する。盗難車の疑いがあると認めれば、直ちに警察へ申告しなければならない。
つまり条例は、「誰から、どの車を、いつ受け取ったか」を後からたどれるようにしている。これは重要だ。足跡が残らない市場は、盗品を混ぜる側にとって居心地がよすぎる。記録は、その居心地を悪くする照明である。
ただし、本人確認書類が本物らしく見え、車検証と車体が一見合っていても、その車が盗難手配中かどうかまで民間業者が自動的に判定できるとは限らない。条例が求めるのは、書類確認、権限確認、記録、そして「疑いがあると認めたとき」の申告だ。疑いの芽を見つける部分には、現場の知識と情報が要る。
ここで「ちゃんと怪しめばいいじゃん」と言うのは簡単だが、怪しさはバーコードではない。正規のオークションを経由し、書類もそろい、外見にも異常がなければ、善良な業者ほど通常の取引として処理する可能性がある。
立入りは捜査ではない
条例は、警察職員がヤードへ立ち入り、車、分離された物、書類を検査し、関係者へ質問できると定めている。ただし同じ条文は、この権限を犯罪捜査のためのものと解釈してはならない、とも明記する。
ここは大事だ。行政上の立入検査と、令状などに基づく犯罪捜査は別物である。立入りは、届出や記録が整っているか、現場に不審な車がないかを確認し、監視の目を示すのに役立つ。一方で、いつでも好きな時間に隠し場所を全部ひっくり返せる「万能カード」ではない。
しかも検査は、その瞬間の写真だ。盗難車が夜に運び込まれ、短時間で部品に分けられ、別の場所へ動けば、昼の検査で見つけるのは難しくなる。立入り回数を増やすだけでは、警察と事業者の負担も増える。毎日全ヤードを見回る案は、地図に線を引く段階でもう息切れする。
追う対象は車から部品へ
2026年2月に改定された官民合同の「自動車盗難等防止行動計画」は、この弱点をかなり率直に書いている。電子マニフェストを使って使用済み自動車が適正に解体されたか確認すること、必要な自治体でヤード条例の制定を促すことに加え、部品から盗難車に由来するか判別しやすくするシステムの構築を自動車メーカーへ働きかけるとしている。
なぜ部品なのか。車が丸ごと残っていれば、車台番号と登録情報を照らしやすい。ところが、エンジン、ドア、足回りなどへ分かれると、「この部品がどの車から来たか」という線が細くなる。車1台なら名札があるのに、部品の箱になると名札が急に小さくなるわけだ。
自動車リサイクル法の正規ルートでは、使用済み自動車の受渡しを電子マニフェストで1台ずつ管理する。解体業者は都道府県知事などの許可制だ。愛知のヤード条例も、この全国制度で報告済みの使用済み自動車について、重複する本人確認や記録の一部を適用除外にしている。
これは抜け穴を放置したというより、同じ確認を二重、三重にやらせない整理だ。ただ、正規ルートの外へ出ようとする車や、すでに部品へ姿を変えた物をどう捕まえるかは、別の課題として残る。
全国法案が示す次の一手
国会には2026年6月23日、「盗難自動車等の処分の防止に関する法律案」が議員から提出された。7月13日時点では成立した法律ではなく、衆議院の審議経過ページにも委員会への付託は記載されていない。ここは未来形で読む必要がある。
法案は、対象を自動車だけでなく部品や切断後の残存物まで広げ、解体・保管事業者に全国共通の届出を求める。本人確認、自動車検査証の確認と写し、取引記録を3年間保存し、疑わしい取引は警察へ申告する。公安委員会が届出事業者へ盗難車情報を提供する努力義務も盛り込む。愛知の条例で育った仕組みを、部品と保管まで含めて全国へ広げる設計に近い。
この法案が示すのは、対策の方向が「ヤードをもっと疑う」だけではないことだ。善良な業者が確認しやすい材料を渡し、取引の線を切らさず、県境を越えて同じ最低基準を置く。悪質業者への圧力と、まっとうな業者を守る道具を同時に強くする発想である。
何を足せばいいのか
出口対策は、三段重ねで考えると分かりやすい。
第一は追跡可能性。本人、所有権、車台番号、部品の特徴、受渡し先を記録し、車が部品になっても線を残す。第二は照合可能性。警察が持つ盗難情報を、個人情報や捜査を守りながら、事業者が実務で使える警告や確認へ変える。第三は全国性。厳しい県から緩い県へ作業場所を移せば済む状態を減らす。
もちろん、全国システムを作れば自動解決、ではない。盗難届直後は情報登録に時間差がありうる。車台番号そのものが偽装されることもある。部品すべてへ固有番号を付ければ、費用と作業負担が増える。正規業者が照会して問題なしと確認した場合、後で盗難品と判明したときの扱いも決めなければならない。
だから必要なのは、巨大な監視網を一発で置くことではなく、業者が「確認したくても確認できない」場面を一つずつ減らすことだ。照会した記録が残り、疑わしい特徴が共有され、善意の確認をした業者が不当に損を抱えない。こうした実務の細部が、制度の効き目を決める。
それで何が変わるのか
自動車盗は、駐車場で終わる犯罪ではない。保管、解体、部品流通、輸出という後半戦がある。警察庁の2025年版警察白書によると、全国の自動車盗認知件数は2024年に6080件で、3年連続の増加だった。2026年の行動計画も、盗難車が都道府県境を越え、悪質なヤードなどを経て海外へ不正輸出される実態がうかがわれるとしている。
出口が細くなれば、盗難車を現金へ変えるコストが上がる。所有者には被害減少の可能性があり、保険会社には支払増を抑える意味がある。中古部品業者や輸出業者には、知らずに盗品をつかむリスクを下げる意味がある。「Used in Japan」という信用を、盗品まで運ぶ看板にしないためでもある。
ただし、国籍や出身で業者を判断する話ではない。見るべきは、届出、本人確認、所有権確認、記録、車や部品の来歴だ。人の属性ではなく取引の線を見る。制度はそこを外してはいけない。
まとめ
愛知県のヤード条例は、届出、確認、記録、立入りによって盗難車の出口を狭めている。しかし、行政上の立入りは犯罪捜査そのものではなく、民間業者が盗難手配を即座に見抜けるとも限らない。車が部品へ分かれれば、追跡はさらに難しくなる。
中心問いへの答えはこうだ。真面目な業者を潰さず盗難車の出口を塞ぐには、県条例の監視だけでなく、全国共通の取引記録、部品まで続く追跡情報、事業者が使える安全な照合手段を組み合わせる必要がある。ヤードを黒い箱と決めつけるより、箱の中を通る物の履歴を明るくする方が、ずっと筋がいい。