「円安になると輸出企業がもうかる」。教科書の入口としては間違いではない。でも、その一文だけで会社の損得を語るのは、野球のスコアを一回表だけ見て勝敗まで決めるようなものだ。

近畿の企業が望むドル円相場の平均は137.2円だった。これは未来の予言でも、日本経済にとっての「正解のレート」でもない。会社ごとに違う売上とコストの事情を、一つの平均に畳んだ数字だ。今回は、その畳み方をほどいてみよう。

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今回の登場人物

  • 東京商工リサーチ(TSR): 企業情報や倒産動向を調べる民間の信用調査会社。今回は企業へのインターネット調査を実施した。
  • ドル円相場: 1ドルを買うのに何円必要かを示す。数字が大きくなるほど円安、小さくなるほど円高だ。162円から137円へ動くなら、円は高くなる。
  • 大企業と中小企業: 今回の調査では、資本金1億円以上を大企業、1億円未満を中小企業とした。中小企業には個人企業なども含む。
  • 価格転嫁: 原材料費や燃料費が上がったとき、その増加分を販売価格に乗せること。できなければ、会社の利益がクッション代わりに削られる。
  • 為替介入: 政府の判断に基づき、財務省が円やドルを売買して相場に働きかけること。今回は円を買い、ドルを売る方向の介入が行われた。

何が起きたか

毎日放送は7月13日、TSRが近畿2府4県の企業を対象に行った調査を報じた。対象地域は大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山。調査期間は6月1〜8日で、経営への影響を尋ねた設問には952社が答えた。

ここで、カレンダーを一度きれいに並べたい。経営への影響は「5月末ごろの1ドル159円前後」を前提に尋ねている。調査は6月1〜8日。記事が「足元」として比較した7月1日の相場は162.6円前後で、日本銀行の東京市場データでも同日17時時点は162.68円だった。そして記事の公開日は7月13日だ。

つまり、137.2円と162.6円を比べた約25円の差は、同じ瞬間を撮った二枚の写真ではない。「6月上旬に企業が答えた希望」と「7月1日の市場」を比べたものだ。時系列の名札を外すと、数字が勝手に迷子になる。

追い風の向き

952社のうち、5月末ごろの為替水準が経営に「プラス」と答えた割合は2.52%だった。「マイナス」は42.23%、「プラスとマイナスが相殺」は16.60%、「影響なし」は38.66%。最も多い一項目はマイナスだが、全社が同じ方向に倒れているわけではない。

なぜ「円安=輸出に追い風」だけでは足りないのか。会社の利益を、ものすごく簡単に「売上−コスト」と考えると見えやすい。

海外でドル建ての売上を得て、それを円に換える会社なら、円安で円換算の売上は膨らみやすい。ところが、同じ会社が原材料や燃料、部品をドルで買っていれば、コストも膨らむ。海外工場で生産し、売上も支出も現地通貨なら、換算の効果はまた違う。さらに先物予約などで為替変動を抑えていれば、今日の相場が今日の損益へそのまま刺さるとも限らない。

要するに「輸出しているか」はスタート地点であって、ゴールではない。外貨で受け取る額と外貨で払う額のどちらが大きいか、値上げできるか、どの期間の為替を予約済みか。会社の決算書には、円安用の共通スタンプを押す欄などないのである。

規模差の正体

調査では、円安をプラスと答えた割合が大企業6.90%、中小企業2.24%だった。ここだけなら、海外売上の大きい大企業ほど恩恵を受けやすい、というイメージに近い。

ただし、マイナスの割合は大企業41.38%、中小企業42.28%で、差は0.9ポイントにとどまる。「大企業は円安で大勝ち、中小企業は一方的に負ける」と二分すると、実際の回答からは離れてしまう。大企業にも輸入コストはあり、中小企業にも海外売上はある。規模は重要だが、単独で損得を決める魔法の仕分け箱ではない。

一方、規模が効きやすい場面はある。仕入れ価格が上がったとき、大口取引先と価格を交渉する力、複数の調達先へ切り替える余裕、為替を予約する専門人材や資金があれば、衝撃を和らげやすい。逆に、取引先へ値上げを言い出しにくく、輸入品を急には代替できない会社では、同じ1円の円安でも利益への食い込み方が深くなる。

ただし、この調査だけで「中小企業は価格転嫁できないから、この回答になった」と原因まで断定はできない。調査が直接示しているのは回答割合であり、その背後の理由は会社ごとに確かめる必要がある。数字に説明を足すときは、接着剤を盛りすぎないのが大事だ。

業種で変わる地図

規模より、業種差のほうが輪郭の濃い部分もある。マイナス回答は卸売業52.91%、製造業51.93%、小売業47.82%、運輸業47.22%だった。海外から仕入れる商品、原材料、燃料への依存が大きい業種ほど、円安による支払い増が先に見えやすい。

望ましい為替レートでも差が出た。業種別の平均は、運輸業が121.36円、製造業が136.20円、情報通信業が135.26円、不動産業が133.95円。運輸業が全体平均よりかなり円高側を望んだことは、燃料費の影響を受けやすい業種だという説明と整合する。

ただ、これも「運輸業なら全社121円が希望」という意味ではない。業種別の回答社数や分布が示されなければ、平均がどれほど安定しているかまでは判断できない。平均はクラスの集合写真であって、一人ひとりの顔写真ではない。

137.2円の限界

近畿調査の「望ましい為替レート」に答えたのは501社だ。経営への影響を答えた952社すべての平均ではない。大企業は138.7円、中小企業は137.1円で、この設問では規模差は小さかった。また、これはインターネット調査に回答した企業の集計だ。無作為抽出だったとは公表資料に書かれていないため、近畿の全企業をそのまま代表する数字とは扱えない。

さらに、報道で示された137.2円は平均値だ。極端に円高側、あるいは円安側の回答があれば引っ張られる。中央値や回答の分布がないと、「典型的な一社が137.2円を望んだ」とは言えない。

全国調査も補助線になる。東京商工リサーチが6月15日に公表した全国6,605社の調査では、望ましいレートの回答は3,295社。平均は136.8円、中央値は140.0円だった。平均と中央値が違うこと、近畿の平均とも少し違うことが分かる。137.2円は日本経済の体温を小数点以下まで測った万能体温計ではなく、近畿の回答企業が示した「今より円高のほうが経営しやすい」という集合的なサインとして読むのが堅い。

そして、この数字を相場予想に変換してはいけない。企業にとって望ましい条件と、市場で実現する価格は別物だ。まして政府の目標レートを決める投票でもない。「これくらいなら助かる」と「ここへ動くはずだ」の間には、かなり広い川が流れている。

時点を混ぜない

入口記事は、7月1日の162円台を約39年ぶりの円安水準と説明している。この「39年」は、その日の市場水準を過去と比べた表現だ。調査回答日から39年という意味でも、137.2円との距離が39年間続いたという意味でもない。

為替介入も同じように時点を分ける必要がある。入口記事は、政府・日銀が4月30日に11兆円超の介入を実施したと伝える。財務省の月次公表で確認できるのは、4月28日〜5月27日の外国為替平衡操作額が11兆7,349億円だったことだ。月次の合計額と、報道が特定した実施日を一つの数字として雑に混ぜないほうがいい。

介入後に円高へ動いた局面があっても、それだけで企業の希望レートへ相場が定着するわけではない。金利差、貿易や投資に伴う通貨の需要、世界の資金の動きなど、多くの要因が絡む。この記事で押さえるべきなのは介入の成否ではなく、企業調査の数字を読むときに「いつの相場か」を必ず添えることだ。

私たちへの意味

会社ごとの円安耐性の差は、会社だけで完結しない。輸入コストを価格へ転嫁できれば、商品や運賃の値上げとして家計へ届く。転嫁できなければ、企業の利益、投資、賃上げの余力を圧迫しうる。どちらの経路でも、最終的には私たちの財布や働く場所につながる。

だからニュースを見るときは、「円安になった。輸出企業には追い風」で読み終えず、三つだけ足してみたい。その会社は何を外貨で売り、何を外貨で買うのか。値上げできるのか。そして、示された数字はどの企業が、いつ答えたものなのか。

137.2円が教えてくれるのは、未来の相場ではない。円安の損得を一色で塗ると、会社の規模、業種、輸入コストという大事な凹凸が消える、ということだ。為替ニュースは数字が派手だが、本当に見るべきは、その数字が誰の売上とコストにどう入るかなのである。

Sources