キオクシアの株が急落し、「時価総額がピークから半分ほどになった」と聞くと、会社の金庫から何十兆円もの現金が運び出されたように見える。だが、そんな超大型の銀行強盗が起きたわけではない。

今回しぼんだ中心は、足元の現金ではなく、この会社が将来どれだけ稼げそうかという市場の期待だ。しかも下落を米国の特許訴訟だけで説明すると、NAND型フラッシュメモリーという波の大きな商売と、当日の市場全体の弱さを見落とす。本題は、371億円という訴訟の数字よりはるかに大きく株式価値が動いた理由である。

日経平均株価・一時4100円以上の大幅下落 過去5番目の下げ幅で取引終了 キオクシアはストップ安…先月60兆円の時価総額が28兆円に | TBS NEWS DIG (1ページ)
日経平均株価・一時4100円以上の大幅下落 過去5番目の下げ幅で取引終了 キオクシアはストップ安…先月60兆円の時価総額が28兆円に | TBS NEWS DIG (1ページ)

日経平均株価は一時4100円以上値下がりする大荒れの展開となり、過去5番目の下げ幅で取り引きを終えました。16日のニューヨーク市場で半導体関連銘柄が大幅に値下がりしたことを受け、東京市場でも売り注文が広が… (1ページ)

今回の登場人物

  • キオクシアホールディングス: NAND型フラッシュメモリーを手がける日本企業。スマートフォンやSSD、データセンターなどで使う「データの物置」をつくる。
  • NAND型フラッシュメモリー: 電源を切ってもデータが残る記憶用半導体。需要と供給のずれで価格が大きく動きやすい。
  • 時価総額: 株価に発行済み株式数を掛けた数字。会社の現金残高ではなく、市場が会社全体につけた値札だ。
  • ビアサット: 米国の通信関連企業。特許侵害訴訟でキオクシア側を訴えている。
  • 陪審評決: 米国の陪審が事実関係などについて示す判断。今回示された損害額は暫定的で、法的手続きは終わっていない。
  • AI推論: 学習済みのAIを実際のサービスで動かすこと。キオクシアがデータセンター向け需要の伸びを見込む理由の一つだ。

何が起きたか

TBS NEWS DIGは7月18日、前日の東京株式市場でキオクシア株がストップ安になり、6月のピーク時に約60兆円あった時価総額が、7月17日には28兆円超まで縮んだと報じた。別の報道では、ピークからの下落率は約52%とされている。

キオクシアだけが転んだ日ではない。7月17日の日経平均株価は前日比4.03%安の6万4141円12銭、TOPIXは2.72%安。日経平均は取引時間中に4100円を超えて下げる場面があった。半導体関連を含め、市場全体に強い売りが出た日だった。

同じ日、キオクシアは米テキサス州西部地区連邦地裁で、ビアサットの主張を認める陪審評決が出たと公表した。暫定的な損害額は約2億2900万ドル。1ドル162円で換算して約371億円である。

ただし、ここは「371億円をもう支払った」と読んではいけない。会社は評決を受け入れられないとして、判決後の申し立てや控訴を含む法的手段を取る方針を示した。製品やサービスの提供に影響はなく、業績への影響は精査中としている。評決は重い材料だが、負担額も手続きも確定した最終地点ではない。

時価総額は会社の預金通帳ではない

時価総額は、ざっくり言えば「株価×株数」だ。株価が下がれば、会社の工場や預金が昨日と同じでも、その場で小さくなる。

たとえば、100株を発行している会社の株価が1000円なら、時価総額は10万円。株価が500円になれば5万円になる。会社の口座から5万円が引き出されたわけではない。市場参加者が「この会社の将来価値は前ほど高く見積もれない」と値札を書き換えたのだ。

だから、約371億円という暫定損害額と、数十兆円規模の時価総額減少を一対一で比べて「計算が合わない」と考える必要はない。片方は係争中の法的リスクについて示された金額、もう片方は将来の売上、利益、設備投資、市況、金利、相場の空気まで含めた市場の採点である。そもそも答案用紙が違う。

「時価総額が消えた」という表現は派手だが、正確には株主が保有する株式の評価額が下がったということだ。もちろん会社に無関係ではない。資金調達や取引先の見方、従業員向け株式報酬などに影響しうる。それでも、「同額の現金が流出した」とは別物である。

NANDは3〜5年ほどの波を持つ

では、なぜ期待はこれほど激しく反転しうるのか。キオクシア自身が2024年の資料で説明しているのが、フラッシュメモリー市場の循環性だ。需要と供給が揺れる局面は、通常3〜5年ほどの周期で起きるとしている。

メモリー工場は、需要が増えたからといって来週すぐ増築できない。巨額の設備投資と長い準備が要る。逆に、一度増やした生産能力も、蛇口のように簡単には止められない。需要が強いと不足して価格が上がり、各社が増産へ向かう。供給が追いついたころに需要が鈍れば、在庫が積み上がり価格が下がる。豊作を見て畑を一斉に広げたら、収穫期には市場が野菜でいっぱい、という難しさに近い。

スマートフォン、パソコン、サーバー、データセンターの販売見通しも需要を動かす。つまりNAND企業の評価は、いま売れている量だけでなく、「数四半期先の山と谷を市場がどう予想するか」で大きく変わる。

この性質があるため、キオクシアの急落を一つのニュースだけの反応と決めつけるのは危ない。当日は日本株全体が下落し、半導体株にも売りが広がった。そこへ特許訴訟という個別の不確実性が加わった。どの材料が何円分を動かしたかは確認できないが、複数の不安が同時に市場へ載った、と読むのが安全だ。

AI期待が大きいほど採点も厳しくなる

キオクシアは6月のInvestor Dayで、AI推論の広がりを中長期の成長材料に挙げた。データセンター・エンタープライズ向け売上高構成比を中長期で60%以上にする目標や、長期契約によって売上の見通しを高める考えも示している。今後3年間、年間約4700億円の設備投資と約2300億円の研究開発投資を計画した。

これは「AI需要は偽物だった」という話ではない。会社が狙う成長市場は現にあり、その需要を取るための投資計画もある。ただ、成長期待が株価へ大きく織り込まれていた銘柄ほど、前提に不安が生じたときの減点も大きくなる。

期待は、学校の通知表というより先の試合まで含むスカウト評に近い。いま打ったヒットだけでなく、来季も打てるか、設備投資が実るか、市況の谷を耐えられるかまで先に採点する。期待が上がる局面ではその先回りが追い風になり、反転時には向かい風になる。

ここから株価が上がるか下がるかは、この記事では判断できないし、投資助言もしない。読み取れるのは、AIという成長物語があっても、NANDの循環性と個別リスクは消えないということだ。

日本の読者は三つを分けて見る

このニュースを見るときは、三つの箱を用意すると分かりやすい。

一つ目は会社固有の材料。今回は特許訴訟であり、暫定損害額、今後の申し立てや控訴、業績影響の精査を追う。二つ目は業界の材料。NAND価格、需要、在庫、設備投資がどの局面にあるかを見る。三つ目は市場全体の材料。日経平均や半導体株全体が売られた日に、個別株だけの説明で済ませない。

この三箱を混ぜると、「371億円の評決で数十兆円が消えた」という奇妙な物語になる。分ければ、訴訟は不確実性を増やす一材料であり、株価は業界循環と市場全体の期待も含めて動いた、と説明できる。

まとめ

キオクシア株の急落で大きく縮んだ時価総額は、会社から同額の現金が消えたという意味ではない。市場が将来の稼ぐ力につけた値札が、急速に下がったということだ。

同日に米国の陪審評決が公表されたが、損害額は暫定的で、会社は法的手続きを続ける。しかも当日は日本株全体が大きく下げ、NANDには3〜5年ほどの需給の波がある。中心の答えはこうだ。訴訟だけではなく、市場全体の下落とメモリー産業の循環、膨らんでいたAI期待への採点し直しが重なったため、株式価値は現金損失よりはるかに大きく動きうる

Sources