東京・江戸川区の金魚まつりに、約20種類、1万8000匹の金魚が集まった。水槽だけ見れば、産地は今日も元気いっぱいに見える。ところが、かつて23軒あった区内の養殖業者は、公表時点の違う資料で1軒または2軒とされるところまで減った。
祭りがにぎわえば、産業は残るのか。答えはそんなに簡単ではない。祭りは職人を自動増殖させる装置ではないが、金魚を知る人、買う人、育てる人、技術を継ぐ人が出会う入口にはなれる。今回掘るのは、「残っている風景」ではなく「残すための接点」だ。

東京・江戸川区で50年以上続いている「金魚まつり」が今年も始まりました。
今回の登場人物
- 江戸川区特産金魚まつり: 金魚すくい、展示販売などを行う地域イベント。2026年は7月18日と19日に行船公園で開催された。
- 江戸川区の金魚養殖: 明治30年代、都心側から養殖業者が移って始まった。水と土地を使う仕事として地域に根付いた。
- 江戸川リュウキン: 江戸川区発祥とされる金魚。丸みのある体と長い尾を持つ琉金のブランドとして知られる。
- 養殖業者: 親魚の選定、産卵、選別、育成などを担う。生き物相手なので、手順書だけでは移しにくい経験も多い。
- 東京都淡水魚養殖漁業協同組合: 江戸川区内で初競りなどを行う組合。区外産を含む金魚の流通拠点にもなっている。
- 事業承継: 経営だけでなく、設備、取引先、技術を次の担い手へ渡すこと。今回は「文化」より一段具体的な課題だ。
何が起きたか
テレビ朝日は7月19日、江戸川区の行船公園で前日から開かれている金魚まつりを報じた。会場には約20種類、1万8000匹が用意され、金魚すくい、即売会などが行われた。
記事によると、江戸川区では明治時代から金魚養殖が盛んになり、最盛期の昭和初期には23軒が年間約5000万匹を生産した。ところが現在、養殖を行う業者は1軒としている。
ここには数字の注意点がある。江戸川区が2026年3月5日に公表した資料は、全盛期を1940年ごろ、23軒・年約5000万匹とする一方、「現在は2軒」と記す。2025年の区長説明も2軒だった。テレビ朝日の7月19日報道は1軒である。
時点の差なのか、実際に区内で生産する業者だけを数えるかなど定義の差なのか、公開資料からは解消できなかった。だから、この記事では「現在1〜2軒」と幅を持たせる。都合のよい方へ決め打ちしない。それでも、23軒から極端に減ったという核心は変わらない。
2026年の祭りは江戸川区と実行委員会が主催し、中学生以下の金魚すくいを無料にしたほか、高級品種を扱う有料の金魚すくい、展示販売、写真スポットなどを用意した。祭りは19日まで。イベントの終了時刻は来るが、産地の時計はその後も動かさなければならない。
祭りが継ぐのは「数」より関係だ
最盛期の年5000万匹と、祭りの1万8000匹を比べて「ずいぶん減った」とするのは正しくない。前者は年間生産量、後者は一つの催しに用意した数で、ものさしが違う。
むしろ祭りの役割は、生産量を一日だけ再現することではない。来場者に品種を見せ、買って育ててもらい、江戸川と金魚の関係を知ってもらうことだ。区の資料では、例年約4万人が訪れるとしている。4万人がそのまま後継者になるわけではないが、文化を知る人の母数は増やせる。
産業は、作る人だけでは成り立たない。買う人、売る人、価値を説明する人、技術を学ぶ人が必要だ。祭りは、その人たちが一年に一度、同じ場所で顔を合わせる「大きな玄関」になる。
ただし、玄関が立派でも、家の中で養殖が続かなければ産地とは呼びにくくなる。祭りは需要と認知をつくれるが、池の管理、親魚の選別、病気への対応を代わりに行えない。にぎわいと生産基盤は、同じ水槽に見えて別の魚だ。
金魚の技術はレシピだけで渡せない
金魚養殖は、卵から同じ品質の魚が自動で並ぶ製造ラインではない。成長に合わせて選別し、形、色、泳ぎ方を見ながら残す魚を判断する。水温や水質、餌、病気にも対応する。
もちろん手順を記録することはできる。だが、生き物の小さな変化を見て「いつもと違う」と気づく力は、実際の作業を一緒にしなければ渡しにくい。料理本を読めば包丁の角度まで分かっても、魚の状態を手で判断する感覚までは届かないのと同じだ。
業者が減る怖さは、生産量が下がることだけではない。教える人と学ぶ人が同じ現場にいる時間が短くなる。最後の一人になってから「さあ技術を保存しよう」と録画を始めても、映像の外にある判断が多すぎる。
その意味で、祭りが継ぐべきものは「江戸川の名物」という看板だけではない。養殖の仕事が見え、興味を持った人が実習や就労へ進める道筋だ。見る、好きになる、買う、育てる、仕事にする。この階段が途中で切れていないかが重要になる。
江戸川区は祭りの外でも手を打ち始めた
江戸川区は2025年度予算で、金魚文化の継承に323万3000円を計上した。養殖業者の指導のもと、障害のある人などが養殖事業に携わる場をつくり、後継者不足と働く場の不足を同時に解こうとする取り組みだ。
区の行動計画には、新たな養魚場の整備、金魚を使ったシティプロモーションも挙がる。これは、祭りを広報の打ち上げ花火で終わらせず、作る場所と働く人へつなごうとする動きである。
一方、二つの課題を一つの事業で解くには丁寧さが要る。障害のある人の就労支援は、伝統保存のための「人手」としてだけ扱ってはいけない。仕事内容、賃金、安全、本人の希望、習得できる技能が整ってこそ、働く場になる。文化継承と福祉の両方を主役にする必要がある。
区はまた、小学校3年生から使える金魚冊子「きんぎょのーと」を制作し、2025年4月に対象学年の児童へ配布した。品種、飼育方法、歴史、養殖工程を伝える。これも、明日の生産者を即席でつくるものではない。でも、地元の子どもが「金魚すくいは知っているが、江戸川で育てているとは知らない」という状態を減らせる。
ブランドは名前より「ここで続くこと」
江戸川リュウキンの名が広がれば、区外で同じ系統の金魚が育てられる可能性もある。それは品種や美しさが残るという意味で価値がある。
ただ、地域産業としての継承には「江戸川で生産する」要素もある。土地、水、競り、市場、職人、祭りが結び付いてきた歴史は、魚の遺伝的な特徴だけでは保存できない。江戸川という名前が商品ラベルにだけ残り、区内で誰も育てていないなら、品種の継承と産地の継承は分かれてしまう。
だから、成功を祭りの来場者数だけで測ると足りない。区内で金魚を育てる人が増えたか。技術を学ぶ時間が確保されたか。養魚場が動き、販売先がつながったか。江戸川産に適正な価格が付いたか。長い指標が必要になる。
祭りの来場者数は入口の成績。養殖を続けられる収入と担い手は出口の成績だ。入口が広いのは大切だが、廊下の先まで見なければ、文化継承の通知表は付けられない。
日本各地の「名物」にも同じ問いがある
江戸川の金魚は、全国の伝統産業が抱える縮小を映す。祭り、資料館、ブランド商品が残っていても、製造や栽培を担う事業者が数軒という地域は珍しくない。
そこで「文化だから税金で守る」「売れないなら終わる」の二択にすると雑になる。残したい価値は何か、誰が買うのか、仕事として生活できるのか、技術を誰へ渡すのかを分けて考える必要がある。
江戸川の取り組みで注目すべきは、祭り、学校教育、養魚場、就労支援を別々に置かず、接続しようとしている点だ。まだ成果が確定したわけではない。だが、文化をショーケースに入れて「触らないでください」と保存するのではなく、育て、売り、働く現場として生かそうとしている。
金魚は水の中で生きる。伝統も同じで、動きのある環境から切り離せば長くは続かない。残すとは、変えないことではなく、次の人が手を入れられる状態で渡すことだ。
まとめ
江戸川区の金魚まつりには、約20種類、1万8000匹が用意された。一方、区内の養殖業者は公表資料によって現在1軒または2軒。最盛期の23軒・年約5000万匹から、生産基盤が大きく縮んだことは明らかだ。
中心の答えは、祭りが継げるのは大量生産そのものではなく、金魚を知る人、買う人、育てる人、技術を学ぶ人をつなぐ関係である。その関係を養魚場、就労、教育、販売へつなげられて初めて、にぎわいは産地の未来へ届く。1万8000匹の華やかさの奥で見るべきは、来年も教えられる人と、教わる人がいるかだ。