ワクチンの話になると、つい「科学を信じる人」と「誤情報にだまされる人」の二択みたいに語りたくなります。話は早いですし、SNSでもよく転がる形です。でも、研究結果をちゃんと読むと、その整理はだいぶ雑です。
今回のポイントは、誤情報を一つでも信じた人の中にも接種済みや接種意向ありがかなりいるし、逆に接種を拒否した人の多くは誤情報を信じていない、ということです。つまり本題は「賛成か反対か」の性格診断ではなく、どこから情報を受け取り、どの通り道で判断したのかなんです。
東京大学国際高等研究所新世代感染症センターの古瀬祐気教授と東北大学大学院医学系研究科の田淵貴大准教授の研究チームが国際科学誌「Frontiers in Public Health」に発表した論文「Vaccine-related misinformation and attitude toward COVID-19 vaccination in Japan」は、ワクチンに関する誤情報をどの程度信じているかが新型コロナワクチンの接種意向とどう関連しているかを解析した研究報告だ。
今回の登場人物
- 誤情報: 事実に反する、または裏付けが弱い情報です。今回の研究では、COVID-19ワクチンに関する7つの誤った主張を対象にしました。
- JACSIS: 日本の大規模オンライン調査です。健康や社会行動を幅広く聞き取る仕組みで、今回の研究の元データになりました。
- 横断研究: ある時点の状態をまとめて観察する研究です。関連は見えても、どちらが原因かまでは断定しにくいという特徴があります。
- 接種意向: ワクチンをすでに打ったか、これから打ちたいと思っているかという姿勢です。実際の接種行動と気持ちをまとめて見ています。
- 情報経路: 医師、政府、テレビ、新聞、ネット、SNSなど、情報に触れる入口のことです。今回の研究では、ここがかなり重要でした。
何が起きたか
ITmedia NEWSは8月5日、日本の研究者が発表した論文をもとに、COVID-19ワクチン関連の誤情報と接種意向の関係を紹介しました。論文は、Furuse Y氏と田淵貴大氏による Vaccine-related misinformation and attitude toward COVID-19 vaccination in Japan で、2026年に Frontiers in Public Health に掲載されています。
調査はJACSISのオンライン回答を使い、2021年9月から10月に15歳から80歳までの3万1000人を対象に実施し、有効回答は2万8175人でした。7つの誤情報について、どれを信じたかと、接種済みか、接種したいか、したくないかなどを照らし合わせています。
ここでいちばん目を引く数字は二つです。全体の88.9%は7つの誤情報を一つも信じていませんでした。一方で、接種済みの人の8.1%は少なくとも一つの誤情報を信じていました。さらに、接種拒否群でも63.4%は誤情報を信じていませんでした。もうこの時点で、白黒きっぱりの図はだいぶ崩れます。
ここが本題
この研究が示すのは、ワクチンへの態度を「誤情報を信じたから拒否」「信じなかったから接種」と一直線で説明するのは無理だ、ということです。
誤情報を一つ以上信じる群の63.6%は、すでに接種済みか接種意向ありでした。逆に、拒否群の36.6%が誤情報を一つ以上信じていたとしても、残り63.4%は信じていません。つまり、誤情報は無視できない要素ではあるけれど、拒否をそれだけで説明する決定打ではありません。
ここで大事になるのが情報経路です。誰の話を、どの媒体で受け取ったか。その違いが、誤情報との接し方と接種意向の両方に関わっていた、というのが今回の核心です。
誤情報は「あるかないか」より「どこを通るか」
研究では、若年、低所得、ネットやSNS利用などが、誤情報を信じることとも、接種意向の違いとも関連していました。ここで言う「関連」は、あくまで統計上の結びつきです。若いから誤情報に弱い、SNSを使うから拒否する、といった原因の断定はできません。
ただ、情報が流れる通路に差があることは見えてきます。医師からの情報は、誤情報を信じるかどうかにかかわらず、接種意向と関連していました。これはかなり重要です。専門家の直接的な説明が、少なくとも両群で接種側と結びついていたからです。
一方で、政府からの情報は、誤情報を信じていない群でのみ接種意向と関連していました。誤情報を一つ以上信じる群では、政府情報は同じ形では効いていませんでした。ここ、かなり重い話です。届ける側が「公式だから届くはず」と思っても、通路が違えばそこで止まる可能性があるわけです。
さらに、誤情報を信じる群では、テレビや新聞からの情報が接種意向と関連し、ネットやSNSからの情報は接種回避と関連していました。これも因果ではありません。テレビを見たら打つ、SNSを見たら打たない、と単純化してはいけません。でも、媒体ごとに結びつく方向が違ったことは見逃せません。
「だまされる人」扱いでは問題が解けない
この結果が示すのは、誤情報対策を「間違っている人を正す」一本槍で考えると、かなり取りこぼすということです。そもそも誤情報を信じていないのに接種を拒否する人が多数いるなら、その人たちの不安や判断材料は別の場所にあります。
副反応への心配、政府への不信、当時の感染状況の受け止め方、周囲の空気、仕事や家庭の事情。接種しない理由は一枚岩ではありません。そこを全部「誤情報のせい」にすると、説明として雑なだけでなく、対策もずれます。
逆に、誤情報を一つ以上信じていても接種する人が多いことも重要です。人は、頭の中の情報を一個ずつきれいに整理してから生きているわけではありません。誤った情報に触れつつ、別の信頼情報も見て、最終的には接種することもある。人間の判断は、思ったよりきれいに一列には並びません。
ただし、この研究で言えないこともある
ここで慎重さも必要です。この研究は2021年9月から10月のオンライン横断調査で、自己申告に基づいています。したがって、現在の日本で同じ割合がそのまま当てはまるとは限りませんし、時間の前後関係から因果を断定することもできません。
また、オンライン調査なので、ネット利用者が前提になりやすい面もあります。誤情報を「信じた」と答えるかどうかも、質問文の受け止め方に左右されます。研究として価値がある一方で、万能の最終答えとして読むべきではありません。
それでも、この論文の価値は高いです。日本の大規模データを使って、誤情報と接種意向の関係が単純な二分法ではないこと、そして情報経路がかなり重要そうだと具体的に示したからです。
日本の読者にとっての意味
今後、ワクチンに限らず健康情報で同じ問題は何度でも起きます。感染症、薬、検診、がん治療、サプリ。どれも「正しい情報を出せば終わり」ではありません。どの通路なら届くのか、誰が話せば届くのかを考えないと、必要な人に届かないままです。
特に若い世代やネット中心の情報環境では、公式発表の中身だけでなく、入口の設計が問われます。医師の情報が両群で接種意向と関連したのなら、専門家が直接説明する場をどう増やすかはかなり大事です。政府が出す文書を立派にするだけでは足りない可能性がある、ということでもあります。
まとめ
今回の研究は、ワクチン誤情報の問題を「信じる人と信じない人」の二択で整理すると、本質を取り逃がすと示しています。誤情報を一つ以上信じる人にも接種済み・接種意向ありが多く、接種拒否群の多くは誤情報を信じていませんでした。
中心問いへの答えを短く言うなら、こうです。本当に重要なのは賛否のラベルより、どの情報経路を通じて判断したかです。誤情報対策は「誤りを訂正する」だけでは足りず、医師、政府、テレビ、新聞、ネット、SNSのどこで何が届いているかまで見ないと効きにくい、というのが今回の示唆です。