「振込手数料がCPIから消える」と聞くと、なんだか値上がりの痛みを統計からこっそり退場させたみたいに見えます。ですが、今回の話はもう少し地味で、もう少し大事です。ポイントは「痛みを隠したか」ではなく、「CPIが何を測るための道具なのか」に合わせて、中身を組み替えたのかどうかなんです。

日本経済新聞の記事によると、2025年基準の消費者物価指数では振込手数料が品目から外れ、8月21日から新基準で月次公表が始まります。ここで慌てて「もう負担はないらしい」と受け取ると、さすがに統計に無茶ぶりしすぎです。指数から外れることと、家計から消えることは、まったく別の話です。

振込手数料はなぜ消えたのか 銀行に響かなかった公取委の警鐘 - 日本経済新聞
振込手数料はなぜ消えたのか 銀行に響かなかった公取委の警鐘 - 日本経済新聞

銀行の振込手数料が今夏、消費者物価指数の品目から除外される。家計の支出が無視できるほど小さくなったためだ。公正取引委員会が金融の技術革新を阻む要因だとメスを入れて6年。「イノベーション後進国」への警鐘は人工知能(AI)時代にも重く響く。振り込みへの支出は「月31円未満」にネクタイ、婦人用ストッキング、ビデオソフトレンタル料――。総務省は8月21日に公表する2025年基準の消費者物価指数で60

今回の登場人物

  • CPI(消費者物価指数): 総務省統計局が作る物価の指数です。全国の世帯が買う財やサービスの価格変動を、総合的に時系列で測るためのものです。
  • 基準改定: 消費の中身が変わるので、一定周期でCPIの「買い物かご」を見直す作業です。2025年基準は第17次改定にあたります。
  • 品目: CPIを作るときに入れる個々の商品やサービスです。2025年基準では589品目で、前回の582品目から増えています。
  • ウエイト: その品目を家計がどれくらい重く使っているかを示す比率です。CPIは全部を同じ重さでは数えません。

何が起きたか

2025年基準CPIでは、振込手数料が品目から除外されました。日経は、家計支出が月31円以下だったと報じています。新基準にもとづく2025年1月から2026年6月までの遡及結果と接続指数は8月7日に公表済みで、新基準による2026年7月分は8月21日に公表されます。

ここで大事なのは、今回の改定が振込手数料だけを狙い撃ちした特例ではないことです。統計局の解説によると、2025年基準は第17次改定で、品目数は589。前回基準から、19品目を追加し、11品目を廃止し、2品目を1品目に統合しています。つまり、家計の実態に合わせて「中身の入れ替え」をまとめてやっている。その一部として振込手数料が外れた、という順番です。

買い物かごとウエイト

CPIは、世の中のあらゆる価格を無限に拾う指数ではありません。家計が実際に買っているものをもとに、代表的な「買い物かご」を作り、その値動きを追います。だから、あまり買われなくなったものや、別の品目でだいたいの動きがつかめるものは、見直しの対象になります。

ここで効いてくるのがウエイトです。家計の支出が大きい品目は指数への影響も大きい。逆に支出がかなり小さい品目は、個人には痛くても、家計全体の平均像を描く道具としては比重が小さくなります。CPIは「誰か一人のレシート」ではなく、「全国世帯の平均的な買い物かご」を見ているので、そこは割り切りが入るわけです。

削除基準

統計局は、品目を廃止する基準を明示しています。大きく言うと、1つ目が家計支出における重要度の低下、2つ目がその品目がなくても中分類の精度を確保できること、3つ目が価格収集の困難さなどです。そして、これらに当てはまっても、代表性を損なわないことが条件です。

振込手数料は、今回このうち①と②に該当すると整理されています。つまり、「支出面でかなり小さくなっているうえに、外してもそのグループ全体の動きはつかめる」という判断です。ここはごまかしというより、統計の設計ルールを事前に出して、そのルールに沿って処理したと見るほうが自然です。

月31円の意味

日経が報じた月31円以下という数字は、かなり象徴的です。もちろん「31円しかないなら無視でいい」と雑に言う話ではありません。人によっては、振込の使い方次第で負担はもっと大きいでしょう。とくに現金の移動が多い人、無料回数の少ない口座を使う人には、ちゃんと痛い出費です。

ただ、CPIは個人差の大きい体感ではなく、全国世帯の平均的な支出構造を使います。そこで31円以下まで小さくなっているなら、「家計全体の代表的な買い物かごの中での位置」はかなり軽くなっている、と読めます。なぜ重要度が下がったかは今回の公式資料だけでは細かく説明されていません。確認できるのは、統計局が支出上の重要度低下を廃止理由に挙げたところまでです。

統計と個人の痛み

ここで気をつけたいのは、「CPIから消えた」ことと、「家計の負担が消えた」ことを混同しないことです。除外は無料化でも、負担の消滅でもありません。もちろん、振込手数料が外れたからといって、CPIが必ず低く出るとも限りません。指数全体はほかの品目の追加や廃止、ウエイトの見直しも含めた総合結果だからです。

要するに、統計は痛み止めではありません。痛みを測る定規の目盛りを、現実の使われ方に合わせて引き直しただけです。自分の家計で振込手数料が重い人からすれば、「いや、こっちはまだ痛いんだが?」となる。それはその通りです。でもCPIは、そこを一人ひとり完全に救い上げる道具ではなく、平均像を安定して測るための道具なんです。

入れ替えで見るべきこと

今回の改定では、589品目という全体の組み替えが起きています。なので、振込手数料だけを見て「統計が現実逃避した」と決めつけるより、何が追加され、何が減り、家計の重心がどこへ動いたのかを見るほうが本筋です。

CPIは、生きた家計に合わせて中身を入れ替えないと、逆に古い消費行動を引きずります。昔は目立った支出でも、今は平均的な家計では比重が小さい。そういうものをいつまでも強く残すと、統計のほうが時代遅れになります。古い買い物かごを大事に抱えすぎると、冷蔵庫の奥の調味料みたいになるんですよね。あるけど、いま主役かと言われると、うーん、となるやつです。

実際、2025年基準では、振込手数料のように外れる品目がある一方で、ヘルメット、カーリース、通信教育、ヘッドホン・イヤホン、ペット保険料などが追加されました。ここで個々の品目の値動きへ話を広げる必要はありません。大事なのは、削除だけが改定ではないことです。家計で存在感が下がったものを外し、存在感が増したものを入れる。この両方向がそろって、買い物かごの更新になります。

だから、改定の公平さを考えるときも、一つの品目だけを切り取るより、追加と廃止の基準が同じ資料で説明されているか、全体として代表性を保つ設計になっているかを見るほうが有効です。振込手数料に値上がりがあったかどうかと、CPIで単独品目として残すべきかどうかは、別々の質問なんです。

8月21日以後の読み方

8月21日には、2025年基準による2026年7月分CPIが出ます。そのときの見方としては、「振込手数料が消えたから下がった・上がった」と単線で読むのではなく、新基準全体でどの品目群の重みが変わったのかを確認するのが大事です。

また、8月7日に公表された2025年1月から2026年6月までの遡及結果と接続指数は、旧基準とのつながりを見るための材料です。改定のたびに指数は見た目が少し変わりますが、それをつなげて読めるようにしている。ここは統計の職人仕事っぽい部分で、地味ですがかなり重要です。

まとめ

振込手数料が2025年基準CPIから外れたのは、値上がりをごまかすためというより、家計支出の実態に合わせて「買い物かご」とウエイトを見直した結果とみるのが近いです。統計局の基準でも、重要度の低下と、中分類の精度を保てることが廃止理由として示されています。

ただし、指数から外れたからといって、振込手数料の負担が消えるわけではありません。CPIは平均的な家計の物価を測る道具であって、個人の痛みをゼロにするスイッチではない。だから8月21日以後は、「何が消えたか」だけでなく、「どんな家計像に合わせて指数が組み替わったか」を見るのが、いちばん筋のいい読み方です。

Sources