定年延長とか定年廃止のニュースを見ると、つい「へえ、長く働けるようになるのか」で終わりがちです。でも、そこだけだと半分しか見えていません。椅子が長く置かれることと、その椅子に座り続けたいかどうかは別の話だからです。学校の自習室が24時間開いても、椅子がガタガタで冷房が壊れていたら「自由が増えた」とは言いにくいですよね。
FNNプライムオンラインは8月21日、明治安田生命の70歳定年制度や塩野義製薬の実質的な定年廃止の動きを伝えました。今回の本題は、年齢の上限を上げることそのものではありません。長く働ける制度が、ほんとうに本人の選択肢を増やすのか。それとも「辞めにくいけど待遇は下がる」仕組みを増やすのか、そこを見ます。

進む少子高齢化が引き起こす問題の1つが働き手不足。企業の間で定年を廃止する動きが広がっている。19日、大手製薬企業の塩野義製薬が2027年度から定年を60歳から65歳に引き上げ、さらに65歳以降も希望者は正社員として雇用することが分かった。65歳以降は1年ごとに継続が判断され、事実上の定年廃止となる。塩野義製薬は、「年齢や性別にかかわらず能力や成果に応じて活躍してもらう仕組みに転換する」としている。また、金融大手の明治安田生命も2027年度から定年を65歳から70歳へ引き上げる。新卒から務め、…
今回の登場人物
- 明治安田生命: 2027年4月に65歳から70歳への定年引き上げを予定する大手生保です。再雇用後も退職前と同じ処遇を基本にし、勤務日数や時間を選べる制度を打ち出しました。
- 塩野義製薬: 2027年度から60歳定年を65歳へ引き上げ、その後も毎年更新で正社員として働ける制度の導入を目指しています。報道では「実質的な定年廃止」と説明されています。
- 高年齢者雇用安定法: 企業に65歳までの雇用確保を義務づけ、70歳までの就業確保は努力義務とする法律です。ここを混同すると話が急にモヤっとします。
- 継続雇用制度: 定年後に再雇用などで働き続けられる仕組みです。「会社に残れる」制度ですが、雇用形態や賃金が変わることが多いのが特徴です。
- 内閣府の高齢者調査: シニアがなぜ働くのか、なぜ働かないのかを聞いた調査です。制度の話を、本人の気持ちと条件に戻してくれます。
何が起きたか
FNNによると、明治安田生命は大手金融機関で初めて70歳定年制度を導入し、社内調査では8割が65歳以上も働きたいと答えたといいます。再雇用後も退職前と同じ処遇を基本にし、勤務日数や時間の選択も可能にする方針です。塩野義製薬も、65歳以降も正社員として雇用し、成果に応じて毎年更新する制度の導入を目指しています。
このニュースの背景には、人手不足と高齢化があります。厚生労働省の令和7年「高年齢者雇用状況等報告」によると、21人以上の企業の99.9%が65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施済みです。その内訳は、継続雇用制度の導入が65.1%、定年の引上げが31.0%、定年制の廃止が3.9%。さらに、70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は34.8%でした。
ここで大事なのは、数字が示すのは「会社が何を用意したか」であって、「本人が気持ちよく選べているか」ではないことです。制度の入口と、実際の使いやすさは、いつも同じ顔をしていません。メニュー表が豪華でも、注文しやすいとは限らない、あの感じです。
ここが本題
定年延長や定年廃止が自由を増やすかどうかは、四つの条件でかなり変わります。健康、待遇、役割、そして辞める自由です。
まず健康です。どれだけ制度が伸びても、体がついてこなければ使えません。内閣府の令和6年度「高齢者の経済生活に関する調査」では、現在働いていない人の理由として33.7%が健康上の理由を挙げ、11.3%は年齢制限で働くところが見つからないと答えました。つまり、上限年齢だけ変えても、働けない理由のかなり大きい塊は残ったままです。
次に待遇です。ここがいちばん見落とされやすい。65歳までの雇用確保は企業の義務ですが、本人に「必ず働き続けなさい」という義務ではありません。また、65歳まで残れる仕組みの中心は定年延長より継続雇用です。継続雇用は、残る道を作る一方で、雇用形態や賃金、仕事の中身が変わりやすい。残れるけれど、前と同じではないんです。ゲームでいうと、コンティニューはできるけど装備が初期化される感じです。まあ、笑えない初期化なんですけど。
明治安田生命のニュースが注目されるのは、ここを逆にしたからです。再雇用後も退職前と同じ処遇を基本にする。勤務日数や時間も選べる。要するに「残るなら我慢してね」ではなく、「残るなら条件を組み替えられる」に近づけている。これなら、制度が年齢だけでなく働き方の選択肢にもなります。
三つ目は役割です。高齢就労を人手不足の穴埋めとしてだけ見ると、本人の納得感が弱くなります。内閣府調査では、働いている主な理由の55.1%は収入のためでしたが、仕事選択の理由としては「自分の経験やスキルが生かせる」が41.5%、「自宅から通いやすい」が33.7%でした。お金は大事。でも、それだけでは続かない。自分に何を期待されているかが分からないと、会社にいるのに“仮置き”みたいな気分になります。
四つ目が、いちばん逆説的ですが、辞める自由です。長く働ける制度が、周囲からの圧力で「まだ辞めないの?」ではなく「まだ辞めちゃだめ」に変わると、自由はむしろ減ります。制度が伸びるほど、介護、配偶者の事情、自分の治療、地域活動など、仕事以外の時間の価値も大きくなります。だから本当に必要なのは、残る自由と同じくらい、気まずくなく退く自由なんです。出口が細い制度は、入口が広く見えてもだいたい息苦しくなります。
この点を数字でもう少し見ると、厚生労働省の基本方針では、2024年時点で役員を除く雇用者のうち、60~64歳は正規の職員・従業員が44.6%、パート・アルバイトが30.1%、契約社員が11.3%でした。65~69歳になると、正規は25.5%へ下がり、パート・アルバイトは49.0%、契約社員は11.5%になります。就業時間も、月末1週間で35時間以上働く人の割合が60~64歳では59.6%、65~69歳では42.1%です。つまり、高齢就労は人数だけ増えても、中身はかなり変わる。ここを見ずに「みんな元気に長く働ける時代」と言うと、だいぶ雑なんです。
逆に言えば、制度設計の勝負どころもはっきりしています。正社員のまま残る人、短時間へ移る人、役割を絞る人、きっぱり退く人、それぞれに無理のない出口と入口を作れるか。年齢の線を伸ばすだけの会社と、働き方の線を増やす会社では、同じ「70歳まで」でも中身がかなり違います。
「70歳まで働ける」と「70歳まで働くしかない」は違う
ここを雑にすると、議論が急にギスギスします。高齢就労を美談にしすぎると、働けない人が置いていかれる。逆に「高齢者が残ると若者の席がなくなる」と単純化しても、現実をかなりこぼします。
厚生労働省は、65歳までの雇用確保を義務、70歳までの就業確保を努力義務と説明しています。努力義務は「必ずそうしろ」ではなく、「そうできるよう工夫してね」です。つまり国の狙いは、全員を同じ年齢まで働かせることではなく、働きたい人が働ける道を太くすることにあります。
だから、制度を評価するときは「上限年齢が何歳になったか」だけでは足りません。何歳から何歳まで、どんな雇用形態で、どのくらいの時間働けて、賃金はどう変わって、退くときの不利益は何か。ここまで見て初めて、自由かどうかを判定できます。
日本の読者にとっての意味
この話は、シニア本人だけのニュースではありません。親の働き方、自分の将来設計、会社の人件費、年金の受け取り方、介護との両立までつながっています。
たとえば親世代が長く働けるなら、家計の安心材料になります。でも、待遇が急に下がるなら話は別です。本人が無理して働くのか、子ども世代が支えるのか、判断は変わります。自分が若い読者でも、「高齢者雇用の制度設計」は家族の暮らしの設計図にかなり近い場所にあります。
会社側にとっても同じです。経験豊富な人材を残したいなら、年齢の線だけ引き直しても足りません。役割を再設計し、短時間勤務や職務の切り分けを用意し、評価と賃金の考え方を見直す必要がある。定年延長は始まりであって、完成図ではありません。線を伸ばしただけで設計図まで完成、とはならないわけです。
まとめ
今回のニュースを一言でまとめると、定年延長や定年廃止の勝負どころは「何歳まで働けるか」ではなく、「どんな条件で続けるか、そしてどう離れるか」です。
明治安田生命や塩野義製薬の動きは、長く働く制度を年齢の話から、待遇と選択の話へ押し出しています。ただし、65歳までの雇用確保は企業の義務でも、本人が働き続ける義務ではありません。健康、待遇、役割、辞める自由までそろって初めて、「長く働ける」は「選べる働き方」になります。年齢の数字だけ大きくしても、自由は自動で増えないんです。