「釧路でマイワシの水揚げが2カ月ゼロ」と聞くと、海からイワシが消えたように感じます。でも、そこまで話を大きくすると読み違えます。港でゼロなのと、魚種全体がいなくなるのは別の話です。
それでも、このニュースは軽くありません。魚が釧路沖まで来ない、あるいは釧路へ水揚げされないだけで、漁船だけでなく、魚粉や油をつくる工場、運送、港の仕事まで止まります。今回の本題は「イワシは絶滅するのか」ではなく、魚群と港の距離が少し広がるだけで地域産業がどれほど揺れるのか、です。

北海道東部・根室市で始まった秋の味覚サンマの棒受け網漁の水揚げ。まだ小ぶりのものが多いものの、徐々に魚体も大きくなってきていて市場関係者は期待を寄せている。一方で、同じ道東の海で異変が…「釣り人でにぎわう釧路港ですが、マイワシは2か月水揚げゼロ。漁船の姿もなく、異常事態となっています」(沼田海征記者)6月16日に解禁された、太平洋北海道東部沖のマイワシまき網漁。これまで道外2つの船団が操業しているが、8月19日までの約2か月、釧路港では水揚げゼロの状態が続いている。マイワシは6月から10月ごろ…
今回の登場人物
- 釧路港: 北海道東部の主要港です。マイワシの水揚げは2023年と2024年に全国1位、2025年も2位でした。
- マイワシ太平洋系群: 太平洋側を回遊するマイワシのまとまりです。「系群」は、資源評価や管理をするときの魚のグループだと思えば大丈夫です。
- 水揚げ: 漁船が取った魚を港へ運び、陸に上げることです。海に魚がいても、漁場や船の動きが変われば、ある港の水揚げはゼロになり得ます。
- 加入: 若い魚が育ち、資源の仲間入りをすることです。会社の新入社員ではなく魚の新人です。ここが細ると、後の資源量に響きます。
- ミール工場: 魚を原料に、養殖魚や家畜の飼料になる魚粉などをつくる工場です。今回、原料が入らず動かせないと報じられました。
- MSY: 最大持続生産量の略です。魚を将来にも残しながら、長期的に取り続けられる最大の漁獲量を考える物差しです。
何が起きたか
FNNプライムオンラインは8月22日、6月16日に解禁された北海道東部沖のマイワシまき網漁について、8月19日までのおよそ2カ月、釧路港で水揚げがゼロだと報じました。道外の二つの船団が操業しているものの、釧路には魚が上がっていません。
落差が大きいのは、釧路がつい最近までマイワシの主役級の港だったからです。記事によると、釧路港の水揚げは2023年と2024年に全国1位、2025年は2位。少なくとも直近10年で、このままシーズンを通してゼロなら初めての事態になるといいます。去年までセンターにいた選手が、今年は名簿にいない。港にとっては、そのくらい急な変化です。
影響も鮮魚売り場だけではありません。FNNは、釧路へ上がるマイワシの用途について、刺し身、缶詰、すり身など人が食べる分がおよそ2割、残りのおよそ8割は油や、養殖魚・鶏・豚の飼料向けだと伝えています。原料が来ないため、例年ならこの時期に動くミール工場を稼働できない状況も紹介しました。
ゼロの範囲
まず仕分けたいのは、「釧路港の水揚げゼロ」と「日本近海のマイワシ資源ゼロ」は同じではない、ということです。
水揚げは、魚の量だけで決まりません。魚群がどこを通るか、漁船がどこで操業するか、取った魚をどの港へ運ぶかでも変わります。釧路の魚箱が空だからといって、海の地図を全部白く塗るのは早すぎます。
実際、水産研究・教育機構などによる2025年度の資源評価は、マイワシ太平洋系群の2024年の資源量を399.8万トン、産卵する親魚量を269.9万トンと推定しています。親魚量は、MSYを実現できる水準として示された143.2万トンを上回り、直近5年間の動向は「横ばい」と評価されました。これだけを見ると、「資源崩壊」や「絶滅寸前」と書く根拠はありません。
ただし、安心のスタンプを押して終わりでもありません。資源量は2021年に500万トンを上回った後、若い魚の加入が減少傾向となり、2024年には399.8万トンへわずかに減りました。2024年の漁獲圧も、MSY水準を維持する目安を上回ると評価されています。親魚はまだ一定量いる。でも新人の入りが弱まり、取る圧力は高め。学校でいえば、上級生はいるけれど新入生が少ない状態です。今すぐ廃校ではないものの、先はよく見ておく必要があります。
ここで注意したいのは、この資源評価が2024年までのデータを中心にしたものだという点です。2026年の釧路のゼロを、2025年度の評価だけで直接説明し切ることはできません。分かるのは、マイワシの資源がピークから少し下がり、回遊範囲が資源量に応じて大きく変わる魚だという背景までです。
魚群の地図
FNNの取材に対し、北海道立総合研究機構の生方宏樹さんは、もともとの資源量が減少傾向にあることを大きな原因として挙げました。資源が減ると生息域が狭まり、過去の減少局面でも釧路は他地域より大きく水揚げが減ったと説明しています。
この説明は、長期の資源評価とも方向が合います。評価書によると、マイワシの北方への回遊範囲は資源量の水準によって大きく変わります。1980年代の高水準期には道東沖よりさらに遠くまで広く回遊しましたが、資源が100万トンを下回った1990年代には三陸北部から道東沖までへ縮み、さらに少なくなった2000年代には南側へ縮小しました。その後、資源が回復すると、2011年以降は再び三陸北部から道東沖まで回遊が見られるようになりました。
つまり、魚の資源量は「何匹いるか」だけの数字ではありません。魚群が海のどこまで広がれるかにも関わります。全体では数百万トンいても、その分布の端が釧路から離れれば、釧路の港から見える景色は一気にゼロになります。全国集計では緩やかな変化でも、一つの港では崖のような変化になる。ここが今回の核心です。
港は魚を待っている
港町の設備は、魚群に合わせて瞬間移動できません。岸壁、冷蔵庫、加工ライン、魚粉工場、トラック、人の技能は釧路にあります。魚が別の海域へ動いたからといって、工場を台車に載せて追いかけるわけにはいきません。
しかもマイワシは、食卓に並ぶ魚だけでなく、飼料や油の原料でもあります。今回の入口報道が示した8割という用途構成を見れば、影響の中心が鮮魚店だけではないと分かります。工場が止まれば、そこで働く人、原料や製品を運ぶ人、設備を保守する人にも仕事の波が届きます。魚群の移動が、そのまま地域の勤務表を書き換えるわけです。
ただし、「釧路が止まれば全国の飼料が止まる」とまで広げてはいけません。記事が確認したのは、釧路の工場や店への影響です。ほかの港、輸入原料、在庫、代替魚種がどれだけ補うかは別に確かめる必要があります。地域への打撃は重い。でも全国の供給危機と同じではない。この境界も大事です。
温暖化だけで決めない
魚が取れないニュースでは、すぐ「海水温の上昇が原因だ」と言いたくなります。海洋環境が魚の産卵や成長、回遊に影響するのは確かです。資源評価も、マイワシの大きな増減が数十年規模の大気・海洋生態系の変化と同期してきたと説明しています。
けれども、今回の釧路ゼロの原因を温暖化一つに決める材料は、入口記事にも資源評価にもありません。加入の変化、漁獲圧、海流、餌の状態、魚群の分布、船団の操業先が重なります。「海が暖かいから」で全部を一箱に詰めると、分かりやすい代わりに中身が違ってきます。
今後見るべきなのは、釧路以外の港で水揚げがどう動くか、調査船がどこで魚群を確認するか、2025年と2026年の加入がどう評価されるかです。釧路で水揚げが戻れば一時的な分布のずれだった可能性が高まります。戻らず、ほかの指標も弱まれば、資源と産業の両方で対策を考える重みが増します。
何を備えるのか
地域産業の側では、一つの魚種、一つの水揚げ先に設備や売上を寄せすぎない工夫が必要になります。ただし、別の魚へ切り替えれば即解決という話でもありません。設備の形、飼料の成分、販売先、漁業許可まで違うからです。多角化は大事ですが、メニュー表を書き換えるようには進みません。
行政と研究機関には、資源量だけでなく分布の変化を早めに共有する役割があります。全国の資源量が横ばいでも、特定の港から魚が離れれば、地域では緊急事態です。「全体平均は大丈夫です」だけでは、止まった工場の電源は入りません。漁場予測、港ごとの水揚げ、加工業への影響を同じ地図で見る必要があります。
消費者も、店頭価格だけを見ないほうがニュースを深く読めます。マイワシが刺し身にないことより、飼料や油の原料が地域の大きな仕事だった点を知ると、水産業が食卓のずっと後ろまでつながっていると分かります。
まとめ
釧路港では、6月16日の解禁から8月19日まで、およそ2カ月にわたってマイワシの水揚げがゼロでした。直近に全国1位だった港で魚が上がらず、飼料向けのミール工場も動かせない。地域産業への打撃は現実です。
一方、最新の資源評価では、2024年の親魚量はMSYを実現する水準を上回っています。だから「マイワシが絶滅する」というニュースではありません。本当に重いのは、資源量や回遊の変化で魚群の地図が少し縮むだけでも、固定された港と工場にはゼロとして届くことです。
海の魚は動きます。港は動けません。この短い一文の間に、釧路の問題がぎゅっと入っています。