倒木やクマの出没は、目の前で起きると別々のニュースに見えます。けれど、その背景をたどると、山の森を誰がどう手入れし、そこに降った雨を川や町までどう受け渡すのか、という大きな管理の話が見えてきます。

そこで今回は、倒木の点検やクマ対策からはいったん離れます。考えるのは、森と川を別々に管理していてよいのか、です。森林は雨をゆっくり川へ渡す一方、木自身も水を使います。「森は巨大なダム」という一言では収まらない水の出入りを、順番に見ていきましょう。

相次ぐ倒木、熊の出没被害…背景に130年前の“国家計画の限界” 東大教授が提言する縦割り行政の闇と「自分さえ良ければ」からの脱却 | TBS NEWS DIG (1ページ)
相次ぐ倒木、熊の出没被害…背景に130年前の“国家計画の限界” 東大教授が提言する縦割り行政の闇と「自分さえ良ければ」からの脱却 | TBS NEWS DIG (1ページ)

街中の公園で相次ぐ倒木や、山中での野生クマの出没被害。一見、別々の話だが、実は「日本人が森と川の手入れを人任せにしてきたこと」という共通の根底が存在する。東京大学大学院教授で「富士癒しの森研究所」所… (1ページ)

今回の登場人物 ​

  • 蔵治光一郎さん: 東京大学の教授で、富士癒しの森研究所長です。森林に降った雨が土や川をどう動くかを調べる森林水文学の立場から、森と川を一体で考える必要性を訴えています。
  • 林野庁: 森林の整備や保全、山地災害を防ぐ治山を担当する国の機関です。
  • 国土交通省: 河川の整備や洪水対策を担い、流域全体で水害を減らす「流域治水」を進めています。
  • 水源涵養: 森林の土が雨を受け止め、川へ流れ出る量と時間をならす働きです。「水を生み出す魔法」ではなく、水の出勤時間をずらす仕事に近いものです。
  • 流域: 山に降った雨が、支流や本流を通って同じ出口へ集まる範囲です。森林、田畑、住宅地、川を一続きで考える単位になります。

何が起きたか ​

TBS NEWS DIGは2026年9月6日、蔵治教授へのインタビューを公開しました。教授は、森林と河川が水の循環ではつながっているのに、行政では別々に扱われてきたと問題提起しています。

教授によると、植えた木が育つと、葉で受けた雨が蒸発し、根から吸った水も葉から大気へ出ていきます。このため、森林の状態によっては川の流量が減る可能性があり、適度な伐採が流量や水温へ影響する場合もある、といいます。さらに、川の水を早く海へ流すことに偏った治水から、上流でも水を受け止める考えへ移る必要があると話しました。

ここは主語が大切です。「130年前の国家計画の限界」や、森林管理と魚の減少の結び付きは、蔵治教授の分析や可能性の指摘です。全国の川で確定した一つの原因として扱うことはできません。

ここが本題 ​

森林の手入れを、川の流量、洪水、生態系と一体で考えると、治水はどう変わるのでしょうか。

答えを先に言えば、森林は雨を土へしみ込ませ、川へ出る時間を遅らせる上流側の大切な装置です。ただし、極端な豪雨を単独で止める能力はありません。間伐も「木を切れば水が増える」という蛇口ではなく、土、下草、土砂まで見ながら、河川、貯留施設、土地利用、避難と組み合わせる必要があります。

森は水を遅らせ、木は水を使う ​

林野庁が公表する森林資源の現状では、日本の森林は2,502万ヘクタールで、国土の約3分の2を占めます。このうち人工林は約1,000万ヘクタールで、森林の約4割です。人工林のおよそ6割は51年生以上になっています。

つまり、日本の山は単純に「木が足りない」状態ではありません。戦後などに植えられ、育った木を、これからどう維持し、更新するかが重い段階に入っています。木は植えた瞬間に完成する置物ではないんですね。数十年単位で世話の続きがあります。

森林では、葉や枝が雨の一部を受け、落ち葉や下草が雨粒の勢いを弱めます。すき間の多い森林土壌へ入った水は、すぐに斜面を走らず、土や岩の中を通って川へ出ます。林野庁は、こうした仕組みが川の流量をならし、洪水を緩和し、雨の少ない時期の流量を安定させる働きを持つと説明しています。

ただし、森を「緑のダム」とだけ呼ぶと、大事な但し書きが落ちます。林野庁は、小規模・中規模の洪水では流量のピークを低くしたり遅らせたりする働きがある一方、治水上問題となる大洪水では大きな緩和効果を期待できなくなるとしています。スポンジにも厚みと空き容量があります。森だけに防災を丸投げするには、雨の量が容赦ないんです。

さらに木は、葉から水を出す蒸散を行います。葉や枝に付いた雨も、そのまま蒸発することがあります。長く雨が降らない時期には、森林がない場合より川の流量が少なくなることもあると林野庁は説明しています。洪水の水を遅らせる話と、渇水時に水を増やす話は、同じ答案ではありません。

間伐は川の蛇口ではない ​

人工林が過密になると、地表まで光が届きにくくなります。下草が減れば、雨粒から土を守る覆いも弱くなります。林野庁は、適切な間伐で林内へ光を入れ、下層植生や木の根を発達させることが、土壌保全や水源涵養につながると説明しています。

では、木を減らせば川の水は必ず増えるのでしょうか。森林総合研究所が23年生のヒノキ林にある一つの小流域で行った研究では、本数の50%(材積の30%)を間伐した後、3年間平均の年間蒸発散量が140ミリ減りました。

年間流出量は1年目に38ミリ、2年目に147ミリ増えた一方、3年目には間伐前の関係へ戻り、3年間平均の54ミリ増には統計的な有意差が確認されませんでした。少なくとも最初の2年は、木が使う水の減少が流出量の増加につながったと考えられています。

でも、この数字を全国の森へそのまま貼ることはできません。同研究所は別の解説で、間伐後に残った木の蒸散が増えたり、地表からの蒸発や増えた下草の蒸散が増えたりして、森林全体から失われる水があまり減らない場合もあるとしています。樹種、樹齢、斜面、土、切る強さで結果は変わります。

しかも、強く切って裸地を広げれば、表土や土砂が流れやすくなるおそれがあります。川沿いの林には、日差しを遮って水温上昇を抑え、渓流魚の環境を支える働きもあります。必要なのは「何本切るか」の一問勝負ではありません。どこで、何の機能を守り、切った後の地表をどう覆うか。間伐は本数を答えて終わる算数ではなく、その後の森まで見る仕事です。

一枚の流域答案を作る ​

ここで出てくるのが流域治水です。国土交通省は、川の管理者だけでなく、国、自治体、企業、住民など流域の関係者が協力し、河川整備、雨水の貯留や浸透、ダムの事前放流、土地利用の工夫などを重ねる考え方だと説明しています。

2023年3月時点で、全国109の一級水系と約500の二級水系で流域治水プロジェクトが公表されていました。林野庁の白書によると、2021年3月までに、全ての一級水系のプロジェクトへ森林整備や治山対策が盛り込まれています。ですから、「森と川の連携は何も始まっていない」と書くのも違います。

2025年6月には、国土審議会と社会資本整備審議会が、流域治水に水利用と流域環境を合わせた「流域総合水管理」のあり方を答申し、国土交通省が公表しました。残る課題は看板を増やすことではなく、森林側が見る間伐や土砂、河川側が見る水位や流量、生態系側が見る水温や河畔林を、同じ流域の目標へどう結び付けるかです。

森、田んぼ、ダム、川、町が別々に答案を書き、最後にホチキスで留めるだけでは足りません。どこで水を受け、どこで遅らせ、能力を超えたらどこへ安全に逃がすか。一枚の流域答案として、役割を先に割り振る必要があります。

130年をどう読むか ​

蔵治教授はTBSの記事で、森林法、河川法、砂防法という約130年前からの枠組みに触れています。河川法は1896年、森林法と砂防法は1897年に制定されました。

ただし、現在の法律が130年間、一字も変わらず残っているわけではありません。河川法は1964年に全面改正され、1997年には河川環境の整備と保全が目的に加わりました。森林法も1951年に全面改正されています。

ここで読むべきなのは、法律の制定年だけではありません。森林、河川、砂防を別の制度、組織、予算で扱ってきた歴史的な構造が、流域全体の調整を難しくしている、という教授の評価です。制度は動いています。その動きを現場の共通目標まで届かせられるかが本当の問いです。

私たちに関係する理由 ​

自治体の森林整備や豪雨対策を見るとき、「木を植えた」「間伐した」「堤防を高くした」という事業名だけでは効果を判断できません。

まず、どの流域で、どの規模の雨を想定しているのか。次に、洪水のピーク、雨の少ない時期の流量、土砂、水温のうち、何を改善したいのか。そして、森林整備、貯留、河川改修、土地利用をどう分担し、効果を何年追うのか。ここまで見て初めて、対策同士がつながっているか分かります。

もう一つは費用です。上流で森林を手入れする人と、下流で洪水緩和の利益を受ける人は、同じ自治体とは限りません。上流の負担を誰が支え、下流の便益をどう測るか。森と川の一体管理は、水の話であると同時に、責任とお金の境界を越える話でもあります。

まとめ ​

森林は、雨を土へ通し、川へ出る時間を遅らせる大切な上流の装置です。けれど、極端な豪雨を単独で止める無限のダムではありません。木自身が水を使い、間伐の効果も場所や方法で変わります。

だから、答えは「もっと植える」でも「もっと切る」でもありません。森林、川、氾濫する可能性のある土地、下流の町を一つの流域として見て、限界の違う対策を重ねることです。森と川を一緒に管理する意味は、万能策を見つけることではなく、万能ではない策をうまく組ませることにあるんです。

Sources ​