避難所へ100食が届いた。数字だけなら、100人へ1食ずつ渡せそうです。けれど、受け取るための列に長く並べない人がいたら。受け取れても、歯の状態や飲み込む力によって食べられない人がいたら。「届いた100食」と「100人が食べられた」は同じではありません。
2026年熊本地震の避難所で、管理栄養士らが一人ひとりの食事を確かめる活動を続けています。支援物資の量が大切なのは前提です。そのうえで、誰の口に届き、実際に食べられたかまで確認して、初めて食の支援になるという話です。

熊本地震の被災地では避難生活の長期化に伴い、食事の栄養バランスへの不安が高まっており、持病のある高齢者など「要配慮者」への支援が急務となっている。行政や医療機関と連携して食生活を支える日本栄養士会災害支援チーム(JDA―DAT)は、1日ま
今回の登場人物
- 2026年熊本地震: 7月28日午後4時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源に発生したマグニチュード7.1の地震です。宇城市と氷川町で最大震度7を観測しました。
- JDA-DAT: 日本栄養士会災害支援チームの略称です。災害時に管理栄養士や栄養士が、食事の状況を調べ、物資の調整や配布、個別の栄養相談を担います。
- 要配慮者: 高齢者、乳幼児、妊産婦、障害のある人、持病やアレルギーがある人など、避難生活で特別な配慮が必要になりやすい人です。必要な支援は一人ずつ違います。
- アセスメント: 本人の状態と食事の困りごとを確認することです。難しい横文字ですが、要するに「何が届いていて、本人が何を食べられるか」を一緒に確かめる作業です。
何が起きたか
熊本日日新聞は9月7日、県内の避難所を回るJDA-DATの活動を報じました。日本栄養士会の集計では、9月1日までに熊本県を含む9県から延べ69人が被災地に入りました。69人が同時に現地で活動していた、という意味ではありません。
取材に応じた79歳の女性は、朝は菓子パン、昼はおにぎり1個、夜は弁当を食べていると話しました。屋外の配布場所に長い列ができ、暑さ、体力、足の状態から、受け取りに行けないことがあるとも語っています。
ここは大切なので、線を引いておきます。これは一人の証言です。避難所全体の献立や、すべての避難者の摂取量を調べた結果ではありません。けれど、食事が建物へ運び込まれた後にも、支援からこぼれうる場面があることを具体的に示しています。
届いた先に距離がある
支援の最初の仕事は、必要な食料を確保し、避難所まで運ぶことです。ここが欠ければ始まりません。ただし、避難所の玄関まで届くことと、一人ひとりの手元まで届くことの間には距離があります。
配布場所が遠い。時間の案内が聞こえない。列に立ち続けられない。荷物を持って歩けない。混雑の中で頼みづらい。理由は人によって違います。本人が声を上げられるとも限りません。
一般の宅配でも、荷物が町の営業所に着いただけでは「受け取り完了」になりません。避難所の食事も同じです。ただ、災害時は住所も呼び鈴もなく、支援する側が受け取れていない人を探す必要があります。
79歳の女性の話は、食料の在庫だけでは見えない、この最後の距離を伝えています。だから配布数と同時に、受け取りに来なかった人、来られなかった人を確認する仕組みが要るのです。
五つの段階で見る
では、食料が一人の食事になるまでを、五つの段階に分けて見ていきます。
第一は量です。避難している人数に対して、食事、水、必要な栄養が足りているかを見ます。
第二はアクセスです。配布の情報が本人へ伝わり、配布場所へ行けて、受け取れるかを確かめます。食数が足りていても、ここで止まれば本人には届きません。
第三は食べる力です。かむ、飲み込む、容器を開ける、姿勢を保つといったことができるかを見ます。軟らかい食事や、とろみ、食べやすい形への調整が必要な人もいます。判断には医療や介護の専門職との連携が欠かせません。
第四は体に合うかです。食物アレルギー、乳幼児や妊産婦の必要、持病に応じた食事などを確認します。「みんな同じ弁当」は配りやすくても、全員に適しているとは限りません。
第五は続けて食べられているかです。一度渡して終わりではなく、実際にどれくらい食べたか、状態が変わっていないか、次の食事でも支援が要るかを確かめます。
量、アクセス、食べる力、適合、継続。この五段階です。食事を配った数は大切な出発点ですが、完了を示す数字ではありません。
JDA-DATがつなぐ
JDA-DATは、避難所を巡回して食事の状況や困っている人を把握します。その情報をもとに、必要な食品や栄養補助食品の手配と配布を調整し、本人への助言も行います。栄養だけでは解けない難しいケースは、医療チームなどにつなぎます。
入口記事では、持病があり歯の状態にも不安がある50代の女性に、栄養のある食品を軟らかくして食べる方法を伝えた例が紹介されました。ここから病名や健康被害の原因を推測することはできません。確認できるのは、同じ食品でも食べ方の調整が必要な人がおり、専門職が本人の状況に合わせて助言したことです。
JDA-DATの役割は、「栄養の話をする人」だけではありません。避難所の在庫、配布の動線、一人ひとりの食べにくさをつなぐ役目です。言い換えると、倉庫にある食料を、実際の一口まで運ぶ橋です。
内閣府の避難所運営に関する資料も、要配慮者を個別に把握し、必要な配慮を確認する重要性を示しています。厚生労働省も、避難生活が長引くときは、持病や食べる機能など個人の状況に応じた食事支援を求めています。個別対応は特別サービスではなく、支援を全員へ届かせるための基本動作です。
何を数えればいいか
では、避難所の食事を評価するとき、食数のほかに何を確かめるべきでしょうか。
搬入した食数と配布した食数に加え、避難者数、食事を受け取れなかった人、普通の食事を食べにくい人、アレルギーや持病などで別の対応が必要な人、食べ残しや実際に食べた量を見ます。配布時間と場所が伝わっているか、長い列に代わる個別配布があるかも確認します。
ただし、健康情報は本人の尊厳とプライバシーに関わります。名簿を作ればよい、広く共有すればよいという単純な話ではありません。必要な人が、必要な範囲で情報を扱い、支援につなげる設計が要ります。
熊本県の公表資料では、7月30日午後7時時点で390カ所の避難所に9,196人が避難し、8月27日午後2時時点でも61カ所に2,460人が避難していました。人数は時間とともに変わり、避難所の外で暮らす人もいます。だから一度の集計で固定せず、場所と人の変化を追う必要があります。
過去の災害で得た数字も、そのまま今回へ当てはめてはいけません。東日本大震災後のある自治体では、調査した69避難所のうち24カ所で普通の食事を食べられない人がいたという報告があります。これは個別確認が必要だと考える参考にはなりますが、2026年の熊本で同じ割合だという証拠ではありません。
家庭の備えにも返ってくる
そして、この視点は、行政や専門チームだけのものではありません。家庭の備蓄も、人数と日数の掛け算だけで終えると、いざというときに困ることがあります。
家族がふだん食べられる物か。薬との関係やアレルギーは大丈夫か。水や火がなくても開けて食べられるか。乳幼児や高齢の家族がかんで飲み込めるか。食べ慣れた物を少し含められるか。ここまで見て、備蓄は「棚にある物」から「使える備え」になります。
もちろん、十分な備蓄ができなかった人へ責任を押しつける話ではありません。災害の規模、家計、住まい、急な避難によって持ち出せないことがあります。家庭でできる準備と、公的支援が個別の必要へ届く仕組みは、どちらも必要です。
日本では地震、豪雨、台風による避難が、どの地域でも起こりえます。だから避難所の食料を「何食届いたか」だけでなく、「誰が食べられたか」まで見ることは、次の災害の支援を具体的に良くする判断材料になります。
まとめ
避難所へ十分な数の食事を運ぶことは、食の支援の土台です。しかし、支援の完了ではありません。配布場所へ行けるか、受け取れるか、かんで飲み込めるか、体の状態に合うか、継続して食べられているかまで見て、初めて一人分の支援になります。
JDA-DATは、物資の量と個人の必要をつなぎ、食べにくい人を見つけ、食品の調整や医療チームへの連携を行います。大切なのは、合計の食数を捨てることではなく、その数字の先へ進むことです。
「避難所に何食あるか」に続けて、「誰が受け取り、食べられたか」と尋ねる。この二つ目の問いが、支援を建物ではなく人へ届けます。