投票所で候補者を画面から選び、確認ボタンを押す。開票は、これまで約2時間かかる想定だった作業が約20分へ――。神奈川県開成町が検討している電子投票は、たしかに速そうだ。

でもね、選挙で「速いです」だけ言われると、こちらも少し身構える。本人だとどう確かめるのか。誰に投票したかバレないのか。機械が止まったらどうするのか。選挙は、コンビニのセルフレジより重い仕事だ。レジなら店員さんを呼べば済むが、票はあとから「たぶん合ってました」で片づけられない。

電子投票の本当のポイントは、インターネットで票を飛ばすことではない。ちょっと待って、話はむしろ逆なんです。本人確認と投票内容を分け、通信回線につながない機械へ匿名の票を記録し、そのデータを別の媒体にも複写する。速さと秘密を両立する鍵は、「つながない」「混ぜない」「一つに頼らない」なのだ。

町長選の電子投票導入に向けデモンストレーション 「書き間違いなど防ぐ」 神奈川
町長選の電子投票導入に向けデモンストレーション 「書き間違いなど防ぐ」 神奈川

神奈川県開成町で、来年4月の町長選挙などで導入を検討している電子投票についてデモンストレーションが行われました。 開成町選挙管理委員会は、来年4月に予定されている町長選挙などで電子投票を導入すること

今回の登場人物 ​

  • 開成町:神奈川県西部の町。2027年4月の町長・町議会議員選挙で電子投票を導入することを検討している。
  • 電子投票機:投票所で候補者を画面表示し、有権者が選択して票を電子的に記録する機械。自宅のパソコンやスマホから投票する仕組みではない。
  • 選挙人名簿:誰がその選挙で投票できるかを記した名簿。受付での本人確認と、二重投票の防止に使う。
  • 電子投票法:正式名は「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」。長い。息継ぎを一回入れよう。自治体選挙で電子投票を行う条件を定めた法律だ。
  • 電磁的記録媒体:票のデータを保存するUSBメモリーやSDカードなど。電子投票では、これが紙の投票箱に近い役割を持つ。

何が起きたか ​

テレビ朝日は、開成町が2026年9月17日、町議会議員向けに電子投票の実演を行ったと報じた。町は2027年4月の町長・町議選での導入を目指し、2026年10月の議会に必要な条例案を提出する予定だという。

地元のテレビ神奈川によれば、実演には町議11人が参加した。投票は候補者の選択、確認、確定という3回ほどの画面操作で終わる。町は、紙なら約2時間かかると見込む開票作業を、約20分に短縮できると期待している。

ただし、2026年9月18日時点では条例はまだ成立しておらず、導入が最終決定したわけではない。20分も実際の選挙結果ではなく、町の見込みだ。ここは大事なので、いったん足を止めよう。デモ機が軽快に動くことと、投票所から開票所までを含む本番全体が問題なく動くことは、同じではない。

これは「ネット投票」ではない ​

電子投票と聞くと、スマホでポチッと投票する姿を想像しがちだ。いや、今回は家のソファから一票、という話ではない。開成町が検討しているのは、それとは別物である。有権者は従来どおり投票所へ行き、受付で選挙人名簿と照合され、投票所内の専用機を使う。

電子投票法は、投票機を電気通信回線へ接続してはならないと定めている。票が投票所からインターネット経由で開票所へ飛ぶのではない。記録媒体を取り外し、封印して、人が運ぶ。見た目はデジタルでも、運び方はかなり物理的だ。LINEで送る投票ではなく、「鍵のかかるUSB投票箱」を手渡しで運ぶ感じに近い。

なぜ、わざわざつながないのか。便利さに背を向けているのではなく、外部ネットワークから侵入される経路を減らすためだ。オフラインだから絶対安全、という意味ではない。機器の管理、ソフトウェア、内部の不正、記録媒体の紛失や破損など、別のリスクは残る。それでも、全国どこからでも機械へ到達できる道を最初から作らないことは、攻撃される面を小さくする。

そして、速さは通信から生まれるのではない。紙の票を一枚ずつ開き、文字を読み、候補者別に分け、数え、疑問票を判定する作業を、最初から候補者名と結びついたデータに変えることで生まれる。つまり「遠くへ速く送る」のではなく、「開票所で読み直す作業を減らす」速さだ。

本人確認と「誰に入れたか」を混ぜない ​

では、本人確認をきちんとすれば、投票内容までその人に結びついてしまわないか。いいところに気がついた。ここが電子投票の信頼設計の中心である。

受付では、選挙人名簿を使って「この人は投票できる」「まだ投票していない」を確認する。一方、電子投票法は、投票の秘密が侵されないことを投票機の条件にしている。本人確認は受付、匿名の意思表示は投票機。ここを一つの仕組みに全部盛りしない。二つの仕事を分ける。実際に宮崎県新富町が使った投票機では、票は個人を特定できない形で保存された。

たとえるなら、学校の無記名アンケートだ。先生は教室の入口で回答用紙を一人一枚だけ渡す。でも、回収箱に入った回答には名前を書かせない。「一人一票」を確認する場所と、「誰が何を選んだか」を隠す場所を分けるわけだ。

デジタル庁が紹介した新富町の実例では、投票が終わるたびに端末が自動でロックされ、次の有権者が使う前に職員が解除する。これにより、一人が続けて何票も入れにくくする。記録された票は暗号化された。

電子投票法も、一人が二票以上を記録できないこと、誰に投票したかの秘密が侵されないこと、確定前に選んだ候補者を確認できること、票が確実に記録されること、不正操作を防ぐことを投票機の条件としている。速ければ合格、ではない。タイムだけ測って「はい優勝」とはならないのだ。秘密と正確さを満たして初めて、スタートラインに立てる。

「一つに頼らない」が故障への備えになる ​

機械は止まる。これは悲観ではなく、機械との健全な付き合い方だ。電子投票法は、投票データを別の記録媒体にも複写するよう求めている。一方が原本、もう一方が複製だ。原本が紛失・破損し、票を数えられない場合は、開票立会人の意見を聴いたうえで複製を使える。

新富町の実例では、票をUSBメモリーとSDカードへ二重に記録し、封印して開票所へ運んだ。開票所では、通信回線につながない専用パソコンで集計した。2026年3月の町議補欠選挙では、電子投票分の集計は22分で終わった。もっとも、不在者投票などの紙票を合わせた最終確定は午後7時42分だった。

この例は、速さだけでなく故障の現実も教えてくれる。現場ではUSBメモリーの差し込みが不十分という小さな問題が起きた。大事故ではなかったが、どんな立派な制度も、最後は「ちゃんと刺さっているか」という地味な確認に支えられる。デジタル化すると人間が消えるのではない。人間の仕事が、筆跡の仕分けから、ロック解除、封印確認、機器交換、データ取り込みへ移るのだ。

では開成町は、停電時に何分動ける電源を用意するのか。故障した端末を何台の予備機で置き換えるのか。途中で端末が使えなくなったら、紙へ切り替えるのか。記録媒体の封印と受け渡しを誰が確認するのか。2026年9月18日時点で、こうした本番の詳細は公表資料から確認できない。ここを勝手に「万全だろう」と埋めてはいけない。

電子化しても、紙の票は残る ​

さて、もう一つ「全部デジタルになる」という思い込みも外しておこう。電子投票機ですべての票が一本化されるわけではない。ほかの導入自治体の案内では、点字投票、不在者投票、仮投票などは紙で行う。電子投票法の対象は自治体の議員・首長選挙で、国政選挙を同じ機械で行える制度ではない。

ここから二つの注意が出てくる。第一に、電子投票機は候補者名の書き間違いや、読みにくい筆跡による疑問票を減らせるが、選挙全体の無効票が必ずゼロになるとは言えない。紙で残る投票があるからだ。第二に、電子票が20分で数え終わっても、紙票との合算や確認を含む最終確定は別の時間になる。

便利さの評価にも注意がいる。画面を押せばよいので書字が難しい人を助ける面がある一方、視覚障害がある人への音声案内、車いすからの操作位置、画面を長く読むのが難しい人への支援なども必要だ。「紙より簡単」の一言では、すべての有権者を包めない。

条例案で見たい五つのポイント ​

では、条例案や運用計画が出たら何を見ればいいのか。難しそうに見えるが、次の五点に絞れば追いかけられる。

一つ目は、本人確認の記録と投票内容が技術的・運用的に分離されているか。二つ目は、端末が本当に外部回線へつながらず、誰がどの機器へ触れたかを管理できるか。三つ目は、原本と複製をどう封印し、誰が運び、受け渡しをどう記録するか。四つ目は、停電、故障、記録媒体の読み取り失敗に対する予備機と復旧手順。五つ目は、紙で残る票をどう合算し、結果を検証するかだ。

さらに、本番前の公開テストや職員研修、障害時訓練も重要になる。票の秘密を守るため、一般のシステムのように「エラー画面を撮って送ってください」と気軽にはいかない。投票所の秩序を守りつつ、何が起きたかを記録し、復旧しなければならない。

電子投票の速さは魅力だ。候補者名の書き間違いを減らし、開票所での分類と集計を短縮できる。けれど、速さを支えるのは、ネットにつないで一気に送る魔法ではない。本人確認と票を混ぜない。端末を回線につながない。記録を別媒体にも複写する。そして故障時の人の手順を決める。見栄えは地味だ。でもね、選挙の信頼は、だいたいこういう地味な確認の積み重ねでできている。

開成町の挑戦で見るべきは「20分」という景気のいい数字だけではない。その20分の後ろに、秘密、封印、予備、復旧、紙票との合算がきちんと並んでいるか。速さと信頼は二者択一ではない。ただし両立には、便利な画面より、見えにくい手順のほうが大切なのである。

Sources ​