大雨のたびに道路が川のようになり、地下や低い土地へ水が集まる。そんな都市の「内水氾濫」を減らすため、国土交通省が、被害の危険が高い地域では下水道の排水目標を引き上げる検討を始めました。
目標を上げれば、同じ規模の雨に対してあふれにくくなる。それは大事な前進です。でも、「目標を上げる」と「もう安全になる」は同じではありません。今回は、何が減らせて、何がなお残るのかを順番に見ていきましょう。

千葉豪雨などの集中豪雨で浸水被害が問題となるなか、国交省はリスクの高い場所での下水道の排水目標の引き上げの検討に入りました。 13人が亡くなった先月の千葉豪雨では道路や市街地などに水が滞留する「内水
今回の登場人物
- 内水氾濫: 大雨を下水道や水路で排出しきれず、街の中に水がたまる現象。川の堤防を越えた水が広がる「外水氾濫」とは、起き方が違います。
- 国土交通省: 下水道や河川などを担当する国の役所です。2026年9月、都市の浸水対策を含む水災害対策の検討委員会を立ち上げました。
- 排水目標: 下水道などを、どの程度の雨まで流せるよう整備するかという設計上の目安です。未来の豪雨に「ここまででお願いします」と予約を入れる制度ではありません。
- 重点地域: くぼ地、地下空間、重要施設の周辺など、浸水したときに被害が大きくなりやすい場所です。
- 内水ハザードマップ: 下水道で排水しきれない雨が降った場合、どこにどの程度の浸水が想定されるかを示す地図です。
何が起きたか
テレビ朝日は9月19日、国土交通省が前日に開いた検討委員会で、内水氾濫の危険が高い場所について、下水道の排水目標を引き上げる方向を議論したと報じました。国交省は委員会の検討を年内にまとめる予定です。
ここで大切なのは、まだ全国一律の新基準が決まったわけではない、ということです。国交省の委員会は、8月に千葉県などで起きた大雨被害を踏まえ、浸水想定の空白、地下空間への情報伝達、雨水をためる施設、避難などを含めて対策を検討しています。排水目標の引き上げは、その中の一つです。
そもそも現在の考え方も、すべての地域を同じ物差しだけで整備するものではありません。国交省の既存の手引きは、被害の大きさや地域の特性を見て重点地区を定め、段階的に対策する考え方を示しています。今回の論点は、まっさらな紙に地域差を書き込む話というより、危険な場所への重点化をさらに強められるか、なんです。
排水目標は安全宣言ではない
下水道の整備では、たとえば「5年に1回程度」「10年に1回程度」の確率で起きる雨を目安にする考え方があります。この言い方は少しややこしいですね。「10年間は大丈夫で、11年目に雨が来る」という予定表ではありません。
10年に1回程度とは、ざっくり言えば、その規模以上の雨が1年のうちに起きる確率が10分の1ほど、という意味です。去年起きたから今年はお休み、とはなりません。雨雲にポイントカード制度はないわけです。
排水目標を上げるとは、より強い雨に対応できるよう、管路、ポンプ、貯留施設などの整備を組み合わせる方向を指します。これまであふれていた規模の雨を処理できれば、浸水の回数、範囲、深さを抑えられます。家屋や店舗への被害を防げる場面が増え、道路が使えない時間を短くできる可能性もあります。
ただし、それは設計した範囲の雨に対する強さです。目標を超える雨が降れば、やはり水は行き場を失います。だから排水目標は「安全宣言」ではなく、「どこまで被害を減らす設備を用意するか」という約束に近いのです。
引き上げると何が減るのか
では、目標を引き上げる価値はどこにあるのでしょう。答えは、ゼロか百かではなく、被害の起こりやすさと大きさを一段ずつ下げられるところにあります。
同じ雨なら、太い管や強いポンプのほうが多くの水を運べます。地上へあふれ始める時刻を遅らせ、浸水する面積を狭め、深さを浅くできる可能性があります。浸水深の違いは、建物への流入、車の立ち往生、地下への流れ込みを左右します。浸水を完全に防げなかったとしても、避難や通行止めに使える時間を確保できるなら、その差は小さくありません。
さらに、街全体を同じ速度で工事するのではなく、被害が集中しやすい場所を先に強くする考え方があります。低い土地、地下街や地下駅、病院などの重要施設がある場所は、同じ水深でも影響が大きいからです。限られた予算と工事時間を、被害を大きく減らせる場所へ先に使う。防災にも順番待ちはありますが、整理券は危険度で配る、という発想です。
なぜ場所ごとに考えるのか
雨の降り方も街の形も、地域ごとに違います。坂の下には水が集まりやすく、地面が建物や舗装で覆われた市街地では雨が地中へ染み込みにくい。下水道が十分でも、その先の川の水位が高ければ排水しにくくなることがあります。落ち葉やごみで雨水の入り口が詰まれば、管に余裕があっても道路上の水は減りません。
だから必要なのは、「全国どこでも一つの数字に上げれば解決」という話ではありません。どの場所で、どの雨に、どんな被害が起きるのかを確かめ、管路、ポンプ、貯留、地面への浸透、土地利用を組み合わせる必要があります。
整備には時間もかかります。大きな管を街の下へ通すには、道路、ほかの地下設備、工事中の交通への影響も考えなければなりません。目標を高く掲げた翌朝に、地下で巨大な管が「できました」と生えてくるわけではないんですね。優先順位と完成までの予定を住民に見える形で示すことも、目標の数字と同じくらい大切です。
それでも残る水
排水能力を高めても、残る危険があります。第一に、設計を超える雨です。短時間に猛烈な雨が集中すれば、水が雨水ますへ入る前に道路を流れ始めることもあります。第二に、川の水位、停電、設備の故障、工事の未完成といった条件です。第三に、水が地下やくぼ地へ集まる速さです。逃げる判断が遅れると、設備が動いていても人の安全が追いつきません。
2026年8月13日から14日にかけての大雨では、気象庁によると、千葉県内の複数地点で1時間や3時間の降水量が観測史上1位を更新しました。国交省は9月4日時点で、千葉市では1時間に115ミリを超える雨が観測されたと説明しています。こうした雨を前に、設備だけへ全部を任せるのは無理があります。
なお、この大雨では千葉県内で死者や住宅被害が確認されていますが、すべての被害を内水氾濫だけの結果とまとめることはできません。災害の原因は場所ごとに丁寧に見なければならない。そこは数字を一人歩きさせないための大事な線引きです。
安全は二段構え
必要なのは、設備で水を減らすことと、残る水から人を守ることの二段構えです。一方は、下水道、ポンプ、貯留施設などの整備。もう一方は、ハザードマップ、リアルタイムの情報、地下施設への連絡、通行規制、早めの避難です。
ところが、地図の準備にも穴があります。国交省によると、2025年度末時点で内水ハザードマップの作成が必要な約1,100の自治体などのうち、作成済みは約800、公開済みは約430でした。作っても未公開のところが約370、まだ作成していないところが約300あった計算です。地図は役所の引き出しで雨宿りをしていても、人を守れません。
住民側も、「排水目標が上がったから避難しなくてよい」と受け取らないことが大切です。自宅や通学・通勤先が低い場所か、地下へ下りる経路があるか、どの段階で上階や安全な場所へ移るかを確かめておく。設備の強化は、その判断を不要にするものではなく、判断する時間と安全の余白を増やすものです。
まとめ
排水目標の引き上げは、設計の範囲内なら、内水氾濫の回数、広がり、深さを減らす力があります。とくに被害が大きくなりやすい場所へ重点的に整備すれば、限られた資源で効果を高められます。
でも、目標を超える雨や、街のくぼみ、川の高い水位まで消えるわけではありません。答えは「目標を上げれば安心」ではなく、「設備で被害を減らし、情報と避難で残る危険に備える」。雨を完全に抑え込めると思わず、被害を少しでも小さくする。その地道さが、都市防災の本体なんです。