飛行機を40機ほど持っているなら、40機ほど働ける。そう考えたくなるのが人情です。けれども軍用機の世界では、「名簿にいる機体」と「きょう任務へ出せる機体」の間に、整備、部品、検査という長い廊下があります。廊下なのに、ときどき出口が見えません。
海上自衛隊のP-1哨戒機について、任務に就ける機体は保有機の概ね2〜3割だと日本テレビ系が報じました。ただし、この割合は匿名の関係者への取材に基づく報道値で、防衛省が公表した公式の稼働率ではありません。今回の本題は数字を独り歩きさせることではなく、なぜ機体を買い足しても、任務に出せる数が同じようには増えないのか、です。

日本周辺で警戒監視にあたる海上自衛隊の哨戒機P-1。去年、会計検査院の調査で可動状況が低調であると指摘されたが、この割合がいまだに低迷していることが関係者への取材でわかった。
今回の登場人物
- P-1哨戒機: 海上自衛隊が日本周辺の海を警戒・監視するために使う国産の航空機です。潜水艦を探す装置などを載せ、長い時間飛んで情報を集めます。
- 任務可動機: 会計検査院の報告では、定期修理・定期整備中の機体を除き、全ての機器に不具合がなく、任務を制約なく遂行できる機体を指します。単に空を飛べる機体とは別です。
- 会計検査院: 国のお金の使い方や事業の進み方を検査する機関です。2025年にP-1の可動状況や維持整備を調べた報告を公表しました。
- 部品取り: 動かせない機体から使える部品を外し、別の機体へ回すことです。専門的には「共食い整備」とも呼ばれますが、ちょっと言葉が怖いので、ここでは部品取りと呼びます。
- ライフサイクルコスト: 購入費だけでなく、運用、整備、改修、最後の処分まで含めた生涯費用です。飛行機版の「本体価格だけ見てはいけません」です。
何が起きたか
日本テレビ系の報道によると、海上自衛隊が現在保有するP-1はおよそ40機です。そのうち、所定の任務に就ける機体は概ね2〜3割にとどまっていることが、関係者への取材で分かったといいます。
ここは線を太く引いておきます。「2〜3割」は報道機関が匿名関係者への取材で示した数字です。防衛省や会計検査院が公式に公表した値ではありません。報道は「任務につくことができる可動機」としていますが、その集計方法が会計検査院の「任務可動機」と完全に同じかも公表されていません。会計検査院は2025年6月の報告で、任務可動機の数が限られ、可動状況が低調だと指摘しました。一方、具体的な機数や割合は、安全保障上の理由から公表していません。
つまり、公式資料でも「低調」という問題の存在は確認できます。ただし「現在、正確に何機が任務可能か」までは公式情報から確定できない。この二つを混ぜないことが、この記事の出発点です。
ここが本題
では、なぜ買った機体の数が、そのまま働ける機体の数にならないのでしょう。
答えは、P-1がただ飛ぶだけの飛行機ではないからです。エンジン、機体、電子機器、潜水艦を探す装置、武器を扱う仕組みまで、ひとまとまりで動いて初めて任務をこなせます。配送車なら走れたとしても、冷蔵装置が壊れていれば冷凍食品の仕事には出せません。「走る」と「仕事ができる」は別なんです。
飛べる機体と働ける機体
会計検査院は、定期修理・定期整備中の機体を除き、全ての機器に不具合がなく、任務を制約なく遂行できる機体を「任務可動機」としています。調べた鹿屋、厚木両航空基地では、2019年度から2023年度までの間、任務可動機の数が限られ、可動状況は低調でした。
不具合の種類も一つではありません。会計検査院の報告には、F7-10エンジンで塩分による腐食が見つかった問題、電子機器の不具合、武器と機体を組み合わせて使うための作業などが挙げられています。海の近くで働く飛行機なので塩は避けにくい。とはいえ、おにぎりなら味になりますが、エンジンでは困りものです。
しかも、一つ直せば全部解決、とはいきません。エンジンの対策が進んでも、別の装置の修理や検査が待っていることがあります。複雑な装備ほど、不具合の入口も一列ではなく、何本もの列になるわけです。
部品が来るまで年単位
会計検査院が確認した緊急の部品請求では、部品が届くまで1年を超えたものが3割弱あり、3年を超えた例もありました。航空機の部品は、近所のお店で「同じのください」と買える品ではありません。安全基準を満たす専用品で、製造や検査に時間がかかります。海外製の部品もあり、メーカーや商社をまたぐほど調達の列は長くなります。
そこで起きるのが部品取りです。修理待ちの機体から使える部品を外し、別の機体を任務へ戻す。これは航空整備で一律に禁じられた異常な手段ではなく、記録と管理をしたうえで行われることがあります。ただ、部品不足をしのぐために繰り返せば、外された側の復帰はさらに遠のきます。穴をふさぐために、隣のバケツから底を借りてくるようなものです。目の前の水漏れは止まっても、バケツの総数は増えません。
会計検査院が問題にしたのは、まさにこの流れです。どの部品が、いつ、どれほど壊れるか。その予測と在庫管理が十分でなければ、機体を増やしても整備待ちの列が伸びます。必要なのは「たくさん買う」だけでなく、「必要な部品を必要な時期に届かせる」仕組みなんです。
61機、47機、約40機は別の数字
数字がいくつも出てくるので、ここも整理しましょう。会計検査院の報告では、2025年3月末時点の取得予定数は61機です。47機は、2002年3月から2024年9月までに製造などの契約が結ばれた機体数です。一方、今回の報道に出た「およそ40機」は現在の保有数として示された数字です。そして「2〜3割」は、その保有機のうち任務に就ける機体の割合だとする報道値です。
計画数、契約数、保有数、任務可能数。これは四つの違う箱です。61機計画だから61機が今すぐ基地に並んでいるわけではなく、保有している機体が全部同時に任務へ出られるわけでもありません。数字の肩書きを外すと、急に全員同じ人に見えてしまうので要注意です。
費用も同じです。防衛装備庁が2023年度末時点で見積もったライフサイクルコストは、調査研究を始めた1991年度から運用終了を想定する2054年度までで約4兆907億円です。見積もるのが難しい廃棄段階の費用は含みません。これは将来の運用や整備などを含む推計で、「すでに4兆円を使った」という意味ではありません。1991年度から2023年度までに結ばれた契約の総額は約1兆7766億円です。大きな数字ほど、対象期間と中身を名札のようにつけたまま読む必要があります。
改善は「在庫の地味力」にかかる
防衛省は、2027年度までに装備品の可動数を最大化する方針を掲げています。P-1についても、腐食対策や部品の確保、修理期間の短縮、需要予測の改善などが必要になります。
ただ、解決策を「予算を増やせば終わり」と考えるのは早いです。部品を余分に持てば保管費がかかり、使わないまま古くなることもあります。少なすぎれば今回のように待ち時間が伸びる。故障の実績、納期、機体ごとの状態をつなぎ、どの部品を何個持つかを決める地味な仕事がものを言います。防衛装備の話は派手な機体写真に目が行きますが、実働を支える主役は在庫表だったりする。映画ならエンドロールに小さく出そうな役ですが、現場ではかなり重要です。
日本の読者にとっての意味
P-1は、日本周辺の海で潜水艦や艦艇の動きを監視する任務を担います。日本は海に囲まれ、資源や食料の多くを船で運びます。だから哨戒機の可動状況は、飛行機好きだけの話ではありません。
とはいえ、匿名取材の「2〜3割」だけから、直ちに日本の警戒監視が成り立っていないと断定することもできません。具体的な任務の回数、必要な機数、他の装備との分担は公表されていない部分が多いからです。問うべきなのは、刺激的な割合を一人歩きさせることではなく、公表できる範囲で改善の進み具合をどう説明し、調達と維持整備の両方に責任を持つかです。
まとめ
P-1を持っている数ほど任務に出せないのは、飛行できるだけでは足りず、エンジンや電子機器など一式が使える状態でなければならないからです。そこへ長い部品納期と修理待ちが重なり、任務可能な機体数を押し下げています。
「2〜3割」は匿名関係者に基づく報道値で、公式の公表値ではありません。ただし会計検査院も、具体的な割合は伏せながら、可動状況の低さ、長い部品調達、部品取りを確認しています。
このニュースで見るべき数字は、何機買ったかだけではありません。何機を必要なときに任務へ出せるのか。その差を埋めるのは、次の新型機より先に、整備と部品をきちんと回す力です。