石油の値段が上がると、「国が備蓄を出せば安くなるのでは」と思いますよね。巨大なタンクにためてあるなら、蛇口をひねれば一件落着。気分としてはかなり分かります。でも石油備蓄は、値札を下げる魔法の蛇口ではありません。

フランスのマクロン大統領は9月18日、数週間以内に主要7カ国、G7の会合を招集し、エネルギー価格への対応を話し合う考えを示しました。戦略備蓄の追加放出も選択肢です。ただし、放出はまだ決定しておらず、量や時期、各国の分担も決まっていません。では備蓄放出は何ができて、何ができないのでしょうか。

マクロン仏大統領、エネルギー高でG7招集へ-備蓄放出も選択肢 | TBS CROSS DIG with Bloomberg
マクロン仏大統領、エネルギー高でG7招集へ-備蓄放出も選択肢 | TBS CROSS DIG with Bloomberg

(ブルームバーグ):フランスのマクロン大統領は、数週間以内に主要7カ国(G7)会合を招集すると明らかにした。エネルギー価格の高騰が経済成長を圧迫していることを受け、石油製品の戦略備蓄を放出する可能性に…

今回の登場人物 ​

  • エマニュエル・マクロン大統領: フランスの大統領です。今回、G7を招集してエネルギー高への対応を協議すると表明しました。
  • G7: 日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダと欧州連合が参加する枠組みです。政策を相談する場であって、7カ国共用の巨大な石油タンクがあるわけではありません。
  • IEA: 国際エネルギー機関。エネルギー安全保障で各国の実務を調整します。今回のような緊急時には、加盟国による備蓄放出の規模や時期をそろえる役割を担います。
  • 戦略備蓄: 戦争や災害などで石油が入りにくくなったときに備える在庫です。国の備蓄だけでなく、民間企業に一定量を持たせる仕組みなどもあります。
  • ホルムズ海峡: ペルシャ湾と外洋を結ぶ細い海の通り道です。中東から出る原油や石油製品の重要ルートで、通航が滞ると供給への圧力が一気に強まります。

何が起きたか ​

TBS CROSS DIG with Bloombergによると、マクロン大統領は9月18日、エネルギー価格の高騰が経済成長を圧迫しているとして、数週間以内にG7会合を招集する考えを示しました。石油製品の戦略備蓄を放出する可能性にも触れています。

ここで大事なのは、「放出する」と決まったわけではないことです。現時点では選択肢として協議する段階です。ニュースの見出しは蛇口の写真に見えますが、会議室ではまだ蛇口をひねる人も、量も決まっていません。

一方、世界ではすでに大規模な協調放出が進んでいます。IEA加盟32カ国は3月11日、中東情勢による供給の混乱を受け、合計4億バレルを市場へ出すことで合意しました。IEAが9月18日に公表した分析では、そのうち実際に放出された量は3億バレルを超えています。

「4億バレル」は合意した総量、「3億バレル超」はその時点までに実際に出た量です。同じ計画についての数字ですが、合格通知と登校日数くらい役割が違います。ここは混ぜないでおきましょう。

ここが本題 ​

石油備蓄にできるのは、途切れた供給の穴を一時的に埋め、社会と産業が次の手を打つまでの時間を買うことです。できないのは、失われた生産や輸送を永久に代わること、そしてガソリン価格を狙った水準へ直接動かすことです。

非常食を思い浮かべると分かりやすいです。大雪で配送が止まった日に、家の缶詰はとても頼りになります。でも道路が半年ふさがったままなら、缶詰だけで元の暮らしを続けるのは難しい。備蓄は橋が直るまでをつなぐ道具であって、橋そのものではありません。

備蓄ができること ​

第一に、物理的な不足を和らげられます。輸入が急に減ったとき、精製会社などへ備蓄原油や石油製品を回せば、工場、発電、物流、家庭へ届く燃料が急に細るのを抑えられます。価格の前に、まず物がない事態を避ける。これが本職です。

第二に、市場へ「当面の供給はつなげる」という合図を出せます。買い手が不足を恐れて一斉に確保へ走ると、価格の上昇が強まりやすくなります。複数国がまとまって放出すれば、その不安をいくらか和らげる効果が期待できます。ただし、相場が必ず下がると約束できるわけではありません。備蓄は説得力のある合図にはなっても、価格への命令書ではないんです。

第三に、輸送ルートの回復や別の供給先の確保まで、政策担当者が動く時間を作れます。IEA自身も、備蓄放出は短期の対応であり、持続的な解決には中東からの通常の輸送が戻ることが必要だと強調しています。

備蓄ができないこと ​

備蓄を出しても、ホルムズ海峡の通航は回復しません。油田の生産量も増えません。戦争や攻撃の危険も消えません。原因が続くかぎり、タンクの中身だけが減っていきます。

9月18日のIEA分析では、世界で確認できる石油在庫は、中東で戦争が始まった時点より5億700万バレル少ないとされています。すでに3億バレルを超す備蓄が放出された一方で、供給不足による在庫減少も進んだ、ということです。大量に出したから満タンへ戻った、ではありません。

もう一つ、備蓄を出した量と、ガソリンスタンドの表示価格は直結しません。原油は、産油国から船で運ばれ、製油所でガソリンなどに加工され、国内の油槽所や給油所へ配送されます。店頭価格には原油価格だけでなく、為替、精製・輸送の費用、税、政府の補助策、各社の在庫の仕入れ時期などが重なります。

備蓄放出で原油価格への圧力が弱まれば、回り回って店頭価格を抑える方向には働きえます。でも、きょうタンクから出した一滴が、あす近所のスタンドで同じ幅だけ安くなるわけではない。石油の流れは長いリレーです。備蓄という第一走者が速くても、ゴール手前には為替や税という別の走者が待っています。

日本はすでに備蓄を使っている ​

日本にとって、この話は海外の会議ニュースではありません。資源エネルギー庁の資料では、2023年度の日本の原油輸入に占める中東の割合は94.7%でした。ホルムズ海峡周辺の混乱は、かなり自分ごとです。

3月11日時点で日本政府が示したのは、民間備蓄15日分と国家備蓄約1カ月分を放出し、産油国との共同備蓄も活用する方針でした。これは、その日に示された放出方針の量です。9月時点の残量ではありません。

3月の「15日分」「約1カ月分」は放出量の目安なので、現在の備蓄日数として足し算することもできません。備蓄の残量は、放出だけでなく輸入や在庫の積み直しでも動きます。あたりまえですが、国家規模の話になると、あたりまえほど見失われがちです。

そして日本政府も、供給確保のための備蓄放出と、店頭価格を抑える補助金を分けて説明しています。備蓄は主に「物を切らさない」政策。補助金は主に「価格の急騰を和らげる」政策です。目的が一部重なっても、使うレバーは別物です。

次に見るべき三つの数字 ​

追加放出のニュースで確認したいのは、まず決定量です。「検討」と「決定」、「合意した量」と「実際に出た量」を分けます。次に放出の速さ。総量が大きくても、市場へ届くまで時間がかかれば目の前の不足には間に合いません。最後に残量と補充策です。どれほど余力を残し、危機後にどう積み戻すのかを見ます。

備蓄は多ければ多いほど安心に見えますが、保管にも費用がかかります。古くなった石油を入れ替える管理も必要です。出す判断だけでなく、いつ止めるか、どう戻すかまでが一つの政策です。非常食を食べたあと、棚を空のままにしないところまでが防災ですよね。

日本の読者にとっての意味 ​

原油価格の上昇は、車を使う人だけの問題ではありません。トラック、航空、漁業、農業、化学製品などを通じて、食料や日用品の値段にも響きます。だから備蓄放出で供給の急減を防ぐことには、日本の暮らしを守る大きな意味があります。

一方で、「備蓄を出すならガソリンはすぐ安くなる」と期待しすぎると、政策の成否を読み違えます。まず見るべきは、必要な燃料が届き続けるか。価格については、原油相場、円相場、補助金、流通の時間差を別に見ます。道具ごとに役割を分けると、ニュースが急に見やすくなります。

まとめ ​

石油備蓄の放出は、供給が途切れた穴を一時的に埋め、輸送や生産が回復するまでの時間を買う政策です。物不足と不安を和らげる力はありますが、ホルムズ海峡を開くことも、原油を新しく生産することも、店頭価格を直接指定することもできません。

3月にIEA加盟国が合意したのは4億バレル。9月18日までに実際に放出されたのは3億バレル超です。そしてマクロン大統領が言及したG7の追加放出は、まだ選択肢の段階です。

備蓄は価格のリモコンではなく、危機を乗り切るための時間です。その時間のうちに輸送を戻せるか、別の供給を確保できるか、減った在庫をどう補うか。蛇口をひねった後こそ、本当の勝負が始まります。

Sources ​