「せきが長引く感染症」と聞いたら、まず気になるのは「家族や同僚にうつさないか」ですよね。ところが肺NTM症は、土や水など環境中の菌が原因で、結核とは違って、通常は人から人へうつらないとされています。
じゃあ、うつらないなら放っておいていいのか。いや、そこは別の話なんです。周りの人を守るために隔離する病気ではなくても、自分の肺の中でゆっくり進む病気を見つけるために、長引くせきを受診へつなげる意味があります。今回は、この少しややこしい道順を一緒にたどりましょう。

非結核性抗酸菌症、いわゆる“NTM症”というせきやたんが長く続く、感染症の患者が増加しています。
今回の登場人物
- NTM:英語の「Non-Tuberculous Mycobacteria」を縮めた呼び名で、日本語では「非結核性抗酸菌」。一つの菌の名前ではなく、結核菌とらい菌を除く約200種類の抗酸菌の総称です。名前は長いですが、まずは「結核菌ではない菌のグループ」と押さえれば大丈夫です。
- 肺NTM症:NTMが肺で病気を起こした状態です。NTMのうち、人に病気を起こしうるものは約50種類とされます。菌と出会った人が全員発症するわけではありません。
- 結核:結核菌による感染症です。肺結核では、人から人へ空気を通じて広がるのを防ぐ対応が重要になります。名前に同じ「抗酸菌」が入っていても、肺NTM症とは感染の広がり方が違います。
- 喀痰培養:たんを採り、含まれる菌を育てて種類を確かめる検査です。胸の画像が「何かある」と見つける検査なら、培養は「そこに何がいるか」を調べる検査、と考えると近いです。
- 罹患率と有病率:罹患率は新たに病気になった人の割合、有病率は病気を抱えている人全体の割合です。似た顔の数字ですが、同じ名札を付けると話が迷子になります。
何が起きたか
テレ朝NEWSは2026年9月24日、肺NTM症の新規患者が年間約2万人と推計され、20年前の約3倍に増えていると報じました。同じ9月24日から30日まで、厚生労働省は「結核・呼吸器感染症予防週間」とあわせて「非結核性抗酸菌症啓発週間」を実施しています。
ここで大事なのは、「新しい菌が突然、日本中に現れた」というニュースではないことです。NTMはもともと水や土などにいる環境菌です。今回の呼びかけは、長く続くせきやたんを「風邪が長引いているだけかな」で終わらせず、必要なら原因を調べてもらおう、という話です。
症状には、せき、たん、血たん、発熱、寝汗、体重減少などがあります。ただし、どれも肺NTM症だけに出る専用サインではありません。症状がないまま健康診断の胸部エックス線で見つかる人もいます。つまり症状は診断書ではなく、受診のドアをノックするきっかけなんですね。
ここが本題
「人から人へうつらない」と「本人の病気が進まない」は、まったく別です。
結核では、患者から周囲へ菌が広がる可能性を考えます。だから早く見つけて治療することには、本人を治すだけでなく、周囲への感染を防ぐ意味があります。一方、肺NTM症で中心になるのは、環境から取り込んだ菌が本人の肺で病気を起こしていないかを確かめることです。
交通整理にたとえるなら、結核では「外へ向かう矢印」を止めることが大事。肺NTM症では「肺の中で進む矢印」を見つけることが大事です。矢印の向きが違う。ここをごちゃっと一箱に詰めると、「うつらないなら平気でしょ」という誤解ができあがります。
「結核ではない」の意味
NTMと結核菌は、どちらも抗酸菌という大きな仲間に入ります。でも、同じ名字だから同じ暮らし方をする、というわけではありません。
結核菌は、人から人へ空気を通じて感染します。肺結核が疑われるときは、周りへ広げないための検査や対応が必要になります。これに対してNTMは、水、土、動物などの環境中に広く存在します。国立健康危機管理研究機構の解説では、一般的な肺NTM症について、人から人への感染は基本的に起こさないとされています。患者を隔離する病気ではない、ということです。
でも、ここで「うつらない」の札を「軽い」の箱へ放り込まないでください。日本呼吸器学会によると、肺NTM症は数年から10年以上かけてゆっくり進むことがあります。急にドンと悪くならないぶん、「まだ大丈夫かな」と先送りしやすい。静かな病気は、静かなまま付き合いが長くなることもあるわけです。
菌に会うことと病気になること
では、土や水にNTMがいるなら、お風呂も庭いじりも怖いのか。そこまで話を飛ばす必要はありません。菌が環境にいること、菌に触れること、肺で病気が成立することは、それぞれ別の段階です。
NTMは身近な環境にいますが、多くの人は肺NTM症を発症しません。環境で菌に触れたことと、肺に定着して病気を起こすことは同じではなく、自動的に次の段階へ進むわけでもありません。
だからこの記事は、家庭のシャワーを大捜索したり、植木鉢に疑いの目を向けたりするためのものではありません。一般の人が一律に入浴や園芸を避ける話でもない。すでに肺NTM症と診断された人が生活上の注意を相談するときは、病状に合わせて主治医の説明を聞く。それと、誰もが日常生活を怖がることは分けて考えましょう。
診断は一発判定ではない
せきが1カ月続いた。では肺NTM症だ――とは決まりません。長引くせきには、結核を含む感染症、ぜんそく、肺がんなど、さまざまな原因がありえます。症状だけで一つの病名に決めつけず、検査で切り分ける必要があります。
肺NTM症の診断では、胸部エックス線やCTで肺の影を見ます。それに加え、たんを培養して菌を調べます。日本呼吸器学会の一般向け解説では、たんから同じ菌が2回以上出ることが診断に必要とされています。培養結果が出るまで6週間ほどかかることもあります。
なぜ一度見つけただけでは足りないのか。NTMは環境中にもいるので、検体から見つかったことと、肺で病気を起こしていることを同じにできないからです。画像という「現場の様子」と、培養という「菌の身元確認」の両方を見る。診断には、時間をかけた確認が必要になることがあります。
診断されても、全員がすぐ同じ治療を始めるわけではありません。症状や肺の影が悪化しているか、どの菌が原因かなどを見て、治療か経過観察かを医師が判断します。治療する場合は長期になることがあります。早めに相談する意味は「早ければ必ず治る」と約束することではなく、何が起きているかを確かめ、必要な見守りや治療へつなぐことにあります。
数字が示すこと
では、「年間約2万人」「20年前の3倍」という数字をどう読めばいいでしょう。ここは、数字が強そうな顔で歩いてくる場所です。いったん名札を確認しましょう。
肺NTM症は感染症法に基づく届出の対象ではないため、全国の患者をすべて数えた確定値はありません。国立健康危機管理研究機構のIASRによると、2014年1月から3月に全国の呼吸器疾患拠点病院へ行ったアンケート調査から、2014年の罹患率は人口10万人当たり14.7と推定されました。報道の年間約2万人も、こうした研究をもとに現在の規模を見積もった数字として受け取る必要があります。
IASRは、医療情報のデータベースを使った別の研究から、肺NTM症の有病率が人口10万人当たり116.3と推定され、調査対象期間に年12〜22%増えていたとも紹介しています。こちらは新たに発症した人の割合ではなく、病気を抱えている人全体の割合です。
罹患率と有病率を同じ鍋へ入れて、「だから今年はこれだけ増えた」と煮込むことはできません。調査した年も方法も違います。診断される機会が増えた影響なども考える必要があり、増加の理由を一つに決めることもできません。確かに言えるのは、増加が複数の研究で示されている一方、正確な全体像はまだつかみにくい、というところまでです。
それで何が変わるのか
読者が持ち帰るものは、消毒用具の買い物リストではありません。せきやたんが長く続く、血たんが出る、体重が減るといった変化があれば、「いつもの風邪」と自分だけで決めず、医療機関へ相談することです。受診は「自分は肺NTM症だ」と宣言する行為ではありません。ほかの病気も含め、原因を切り分けてもらう行為です。
反対に、肺NTM症の患者を「感染症だから」と避ける必要もありません。一般的な肺NTM症では、人から人へうつす病気とは考えられていないからです。怖がりすぎない。でも、本人の症状を軽く見ない。この二つは両立します。
啓発週間の役目も、そこにあります。世の中の水や土を敵に回すのではなく、「うつる病気」と「通常はうつらないが診断が必要な病気」をきちんと仕分ける。用語は長くても、押さえるべき違いはここです。
まとめ
肺NTM症は、土や水などにいる、結核菌ではない抗酸菌が肺で病気を起こすものです。結核と違って通常は人から人へうつらないとされますが、それは本人の肺で病気が進まないという意味ではありません。
長引くせきは肺NTM症の証拠ではない。けれど、画像やたんの検査で原因を確かめる合図にはなる。うつらないから周りが怖がりすぎない。うつらないからと本人も放っておかない。この二つを覚えておけば、長い病名に振り回されずに済みます。