国際大会に、背の高い選手が来る。これは台風の進路ほど予測が難しい話ではない。ところが愛知・名古屋アジア大会のコンテナ型宿泊施設では、海外選手から「ベッドが短い」という声が出た。

大会側は、必要な選手には足置き台を追加できると説明している。現場で素早く直すのは大事だ。ただ、今回考えたいのは「誰が悪い」という早押し問題ではない。多国籍の選手が使うと分かっている設備で、体格の違いをいつ、どのように、発注書の数字へ変えるべきだったのか。ベッド一台から、設計の順番を見てみよう。

運営の問題指摘のアジア大会 コンテナハウスなど再公開
運営の問題指摘のアジア大会 コンテナハウスなど再公開

現在開催中のアジア大会の運営に対して問題が指摘されていることなどを受け、選手が宿泊するコンテナハウスなどが改めて公開されました。 愛知・名古屋アジア大会を巡っては、一部の選手団から食事サービスなどへ

今回の登場人物 ​

  • 大会組織委員会:大会の施設や運営をまとめる主体。公開資料では、移動式宿泊施設の契約主体になっている。ただし、ベッドの細かな寸法を誰が決めたかは、今回確認できた資料では分からない。
  • 移動式宿泊施設:輸送できるコンテナを利用し、大会期間中の宿泊場所として整備した施設。普通のホテルより、輸送寸法、収容人数、終了後の再利用といった条件が多い。
  • 人体寸法データ:身長、肩幅、手足の長さなど、人の体を測った設計用データ。平均だけでなく、大きい側、小さい側にどこまで対応するかを決める材料になる。
  • 要求仕様:発注前に「誰が、どんな条件で、どこまで使えるべきか」を数字や確認方法で決めるもの。「いい感じに大きめで」は、残念ながら仕様書としては休日である。
  • 代表的利用者によるテスト:想定する利用者の体格を代表する人に、試作品を実際に使ってもらう確認。図面では見えない窮屈さや段差、動線を見つける。

何が起きたか ​

テレビ朝日は2026年9月28日、選手の生活環境を改善するために行われた3回目のメディア公開を報じた。食事などへの意見に加え、海外選手からコンテナ型宿泊施設のベッドが短いという声があり、大会側は足置き台を追加できると説明した。

共同通信の配信記事では、ベッドの長さは195センチ、足置き台を付けると約230センチになると報じられている。大会側は、コンテナについてトラックで輸送できる最大の規格を使い、収容力や持続可能性も考慮したと説明したという。

ここで195センチという数字は報道で伝えられた値だ。今回確認できた公開契約資料に、ベッドの詳細寸法までは載っていない。また、組織委員会、施設を整備した共同企業体、家具や寝具を供給した企業のうち、誰がこの長さを提案し、誰が承認したのかも確認できない。

組織委員会の理事会資料から確認できるのは、「移動式宿泊施設賃貸借」という契約の存在だ。契約額は税込み59億2724万5000円で、相手方はニトリとアーキビジョン21による共同企業体とされる。ニトリは公式発表で、家具、家電、寝具の供給と内装工事、大会後の再利用検討を役割として挙げている。契約に関わったことは分かる。でも、「だからニトリが195センチに決めた」とは言えない。資料が話していないところまで、こちらが腹話術をしてはいけない。

平均では決められない ​

では、195センチは短いのか。ここで、身長とベッド長をそのまま比べるだけでは足りない。

人は枕を使い、足を伸ばし、寝返りを打つ。ベッドの上で定規になってくれるわけではない。身長と寝床の必要寸法は同じではない。そして国際大会には、さまざまな国・地域、さまざまな競技の選手が集まる。設計で見るべきなのは、日本人の平均身長ではなく、実際にその施設を使う人たちの体格の広がりである。

平均値は便利だが、平均身長さん本人がチェックインに来るわけではない。来るのは一人ずつ違う選手だ。平均だけに合わせれば、分布の端にいる背の高い人や小柄な人が設備からこぼれる。

国際標準化機構(ISO)の人間工学規格であるISO 26800は、製品や設備を人の特性、必要、能力、限界に合わせて設計・評価するという原則を示している。ISO 7250は人体の測り方や、地域をまたぐ人体寸法の範囲を扱う。ISO 15535は人体寸法データベース、ISO 15537は想定利用者を代表する人で設計を確かめる方法を扱う。

これらの規格が今回の契約で必須だった、違反があった、という意味ではない。一般的な設計の考え方として大事なのは、「多様な人が来ます」を標語で終わらせず、対象となる体格の範囲と確認方法へ翻訳することだ。

多様性を数字にする ​

体格差を設備へ入れる最初の場所は、完成後の苦情受付ではない。企画の段階だ。

まず、「誰が使うか」を定義する。参加国・地域、競技の種類、男女、障害の有無などから、想定利用者の体格の範囲を考える。全参加者の身長を事前に一人ずつ集めるという話ではない。利用者集団を表す信頼できる人体寸法データを使い、どこまで標準設備で対応するかを決める。

次が要求仕様だ。「国際的で快適な宿泊施設」と書くだけでは、作る側は合格寸法を判断できない。寝床の有効長、必要な幅、荷重、拡張部品を使った場合の段差や固定方法など、測れる条件にする。標準のベッドですべての人を覆えないなら、長身者向けの部屋を何室用意するか、足置き台を何台備えるか、いつまでに追加できるかも仕様になりうる。

設計ができたら、図面だけで拍手して解散しない。試作品へ進み、対象範囲の端に近い体格の人にも実際に横になってもらう。足が収まるか。枕を置いて余裕があるか。ベッドを延長したときに段差が気にならないか。通路や荷物置き場をふさがないか。靴を設計図だけ見て「たぶん歩けます」と出荷しないのと同じだ。

最後に、納品時の受入検査で実物を確認する。要求した寸法になっているか、拡張部品は必要数あるか、取り付け方法は現場スタッフへ伝わっているか。多様性への配慮は、気持ちの優しさではなく、企画、仕様、試作、検査を通る仕事なのである。

コンテナにも事情がある ​

もちろん、ベッドだけを好きなだけ長くすればよいわけではない。

愛知県の公開資料では、移動式宿泊施設を約2000人規模の宿泊拠点として整備する計画が示されている。組織委員会は報道を通じ、コンテナはトラックで運搬できる最大限の大きさだと説明した。輸送できる外形には限りがある。部屋を広げれば、一度に用意できる人数や輸送方法、設置場所、費用へ影響する。部屋は魔法の風船ではない。広げると、どこかで別の数字がこちらを見てくる。

大会後に施設や家具を再利用する考えも、無視できない。短期間だけ使って捨てるより、環境負荷を抑えられる可能性がある。収容力や再利用性と、選手の使いやすさは、どちらか片方だけが正義という話ではない。

だからこそ、制約は早い段階で並べる必要がある。標準室をどう設計するか。より長い寝床を必要とする選手には、拡張式の寝具、別仕様の部屋、事前申告、十分な予備部品など、どの対応が可能か。これらは一般的な選択肢であり、今回どれを採用できたかは公開資料だけでは分からない。それでも、現場が開いてから初めて考えるより、設計時に比較する方が選べる手は多い。

足置き台の役割 ​

大会側が用意した足置き台は、現場対応として意味がある。困っている選手へ何もしないより、必要な長さを素早く補う方がよい。運営中に出た声を聞き、改善する姿勢も欠かせない。

ただし、足置き台があることと、問題が完全に解決したことは同じではない。寝具面との段差、固定、荷重、寝返りしたときの安定、室内の通路を確かめる必要がある。反対に、今回の足置き台が危険だったと示す資料もない。ここは「きっと危ない」と怖がる場所ではなく、「どう検証したか」を尋ねる場所だ。

足置き台は、いわば最後の砦である。砦が役立つことと、最初から地図を描かなくてよいことは両立しない。標準設備で対応できない人がいると分かっているなら、例外対応の数、保管場所、申し込み方法まで先に設計しておく。それが運用を、現場スタッフの機転だけに背負わせない方法になる。

日本で繰り返さないために ​

この話は、国際大会の選手村だけのものではない。訪日客を迎えるホテル、患者の体格が幅広い病院、多くの人が長時間過ごす避難所にもつながる。

日本で普段使われる寸法を基準にすること自体が悪いのではない。問題は、実際の利用者がその基準と違うと事前に分かる場面でも、同じ物差しだけで進めることだ。「誰でも使いやすい」という目標を掲げたら、次に「誰のどの範囲までか」「何を測って合格にするか」と聞く。ちょっと細かいおじさんに見えるが、設備設計では、その細かさが人を助ける。

公開調達でも同じだ。発注者が目的を示し、設計・供給する側が実現方法を提案し、双方が試作品と検査で確かめる。責任を一人へ押しつけるより、情報が工程をどこまで流れたかを見る方が、次の改善につながる。

まとめ ​

国際大会の体格差を設備へ織り込むべき最初の段階は、企画時の利用者定義だ。発注時には対応する体格の範囲と検証方法へ変え、設計時には輸送や収容力との両立を考え、試作と受入時には実物で確かめる。

完成後の足置き台は、大切な現場対応になりうる。ただし、事前の要求定義の代わりではない。全員へ同じ巨大なベッドを配れなくても、標準から外れる利用者へどう対応するかは、先に設計できる。

今回、誰が195センチを決めたかは確認できていない。だから個人や企業を決め打ちで責めるのではなく、次の発注書に何を残すかを考えたい。多様性は、最後に足す親切ではない。最初に数字へ直しておく設計条件なのである。

Sources ​