裁量労働制の議論は、いつも「自由に働ける制度か」「長時間労働の温床か」の二択になりがちです。どちらの言い方も半分は当たっています。でも半分しか当たっていない。なぜなら、この制度の本当の争点は、自由の有無そのものより、みなし時間の裏側で膨らみうる仕事量を誰がどう止めるのかにあるからです。

働いた時間ではなく、あらかじめ決めた時間を働いたものとみなす。言葉だけ聞くと、なんだかスマートです。でも仕事量の調整が甘いままだと、スマートどころか「計算上は8時間、体感は11時間」みたいなことが起きる。今回の中心問いはここです。裁量労働制見直しで本当に問われているのは何か。答えは、自由を増やすかどうかより、仕事量を誰が止めるのかです。

高市総理が「裁量労働制」の対象見直し検討を指示 柔軟な働き方などの実現へ | TBS NEWS DIG
高市総理が「裁量労働制」の対象見直し検討を指示 柔軟な働き方などの実現へ | TBS NEWS DIG

高市首相は22日夜、柔軟な働き方などの実現に向け、裁量労働制の対象見直しなどを検討するよう指示した。

今回の登場人物

  • TBS NEWS DIG: 今回の入口記事です。2026年4月23日午前1時公開。高市首相が裁量労働制の対象見直し検討を指示したと伝えました。
  • 高市早苗首相: 4月22日の日本成長戦略会議で、労働時間制度見直しの検討加速を指示した政治側の起点です。
  • 厚生労働省: 裁量労働制を所管する役所です。制度の概要、改正内容、実態調査を出しています。
  • 裁量労働制: 実労働時間ではなく、決めた時間だけ働いたとみなす制度です。誰でも使える自由券ではありません。
  • 経団連と連合: 拡充を求める企業側と、長時間労働拡大を警戒する労働側。議論の綱引き役です。

何が起きたか

TBS NEWS DIGによると、高市首相は2026年4月22日夜、柔軟な働き方の実現に向けて、裁量労働制の対象見直しなどを検討するよう指示しました。同日開かれた日本成長戦略会議では、制度拡充に賛成する声と、働き方改革に逆行しかねないとして反対する声の両方が出たと報じられています。

今回の動きは突然空から落ちてきた話ではありません。厚労省では2026年3月から労働市場改革分科会で議論が始まっていました。つまり4月22日の首相指示は、ゼロからの思いつきというより、走り始めていた議論に政治的なアクセルを踏んだ格好です。

一方で、現行制度も最近かなり手当てが入っています。厚労省の概要ページによると、2024年4月1日の改正で、本人同意、同意撤回手続き、記録保存、健康・福祉確保措置などが強化されました。要するに、制度を広げる前に、まずブレーキも増設していたわけです。

ここが本題

裁量労働制を「自由に働ける制度」とだけ説明すると、だいぶズレます。制度の前提は、業務の進め方や時間配分を労働者の裁量に大きく委ねることです。裏返すと、使用者が細かく具体的な指示を出し続けるなら、本来はこの制度と相性が悪い。

ただ、現実の職場ではここがねじれます。表向きは「進め方は任せます」と言いつつ、納期も案件数も会議もどんどん積まれると、裁量はあっても仕事量のブレーキがない。ハンドルは渡すけど、坂道で後ろから押し続ける、みたいなものです。これでは自由というより、スピード超過の自己責任ゲームになります。

だから今回の争点は、対象を広げるかどうかだけではありません。対象拡大の先で、仕事量、健康確保、記録、監督を誰がどう縛るのかが核心です。官邸の発言でも、健康確保や長時間労働防止を前提に対象の在り方を見直すとされていました。つまり政府自身も、「広げるなら安全装置をどうするか」から逃げていません。

なぜ「自由」だけでは足りないのか

経団連は健康確保を前提に裁量労働制の拡充を求めています。一方、連合は、長時間労働になりやすく裁量や処遇が確保されていない実態があるとして拡充不要を主張しています。このズレは、理念の違いというより、制度の弱点をどこに見るかの違いです。

厚労省の実態調査では、裁量労働制適用労働者の平均週労働時間は45時間18分で、非適用労働者の43時間2分より長い一方、満足度は高いという結果も出ています。この数字、ちょっと面白いんです。満足している人が多いから問題なし、とは言えないし、長いから全部ダメ、とも言い切れない。自由度が高い働き方に満足している人はいる。でも、その自由が仕事量の多さとセットになるとき、健康リスクが出る。この二つが同居している。

だから記事で掘るべきなのは、「自由か搾取か」の大ざっぱな二択ではありません。むしろ、「自由に見える制度の中で、誰が仕事量の上限を引くのか」です。本人同意や同意撤回があっても、評価や職場文化が強ければ、実際には断りにくいこともある。制度の紙の上だけでなく、現場の力関係まで見ないといけません。

それで何が変わるのか

もし対象拡大が進めば、いまは対象外の仕事が「裁量のある仕事」と扱われる範囲に入る可能性があります。すると賃金計算、残業の見え方、健康管理、管理職のマネジメントの仕方まで変わります。会社から見ると柔軟化、働く側から見ると「どこからが自分の裁量で、どこからが会社の積みすぎか」を見分ける必要が増える。

つまり、この議論は一部の専門職だけの話ではありません。人手不足の時代に、会社が「柔軟」をどう使うのか、その言葉の中身を点検する話です。便利な言葉ほど、中身を見ないと危ない。ラベルはオーガニックでも、開けたら深夜会議ぎっしり、みたいなことは避けたい。

そして、この議論が難しいのは、制度に満足している人も実際にいるからです。厚労省調査では満足度が高い一方で、平均労働時間は非適用者より長い。ここがややこしい。つまり裁量労働制は、うまく回る職場では確かに便利なことがある。でも運用が甘い職場では、便利さと引き換えに仕事量の歯止めが抜けやすい。同じ包丁でも、料理人の手なら役に立つし、足元に落ちていれば危ない、みたいな話です。

だから今後の記事で追うべきは、対象拡大の可否だけではありません。対象業務を誰が決めるのか、同意撤回は実際に機能するのか、健康・福祉確保措置が「書類の飾り」にならないか。自由を広げる議論ほど、ブレーキの性能試験を先に見ないといけない。そこを飛ばして「時代に合う」「働き方改革だ」と言い切ると、だいたい後でしんどい修正が来ます。

読者目線で言えば、この制度は「残業代の話」と「仕事の自己決定の話」が同時に入っているのが難しいところです。自由度が上がるなら歓迎したい人もいる。でも、評価制度や人員配置がそのままで対象だけ広げると、「裁量」の名前で残業の見え方だけが変わる危険もある。制度のラベルが変わっても、会議の量と締切の数は相変わらず、では困るわけです。

だから今回の見直し議論は、働き方を前に進めるのか、昔の長時間労働を別名で戻すのかの分かれ道でもあります。極端に言えば、自由のハンドルを渡すなら、仕事量のアクセルと健康管理のブレーキも同時に設計しろ、ということです。そこまで含めて初めて制度論になる。そこを外すと、ただのスローガンになります。

読者としては、自分が対象職種かどうかより先に、「裁量」の名目で仕事量の上限が曖昧になっていないかを見るのが大事です。制度改正は遠い話に見えて、実は職場の会議と締切の置き方にそのまま跳ねます。

まとめ

裁量労働制見直しで本当に問われているのは、「自由に働けるか」だけではありません。みなし労働時間の下で、仕事量を誰がどう止めるのか、健康をどう守るのかが本丸です。

今回の政府の動きは、柔軟な働き方の旗を振る一方で、長時間労働防止のブレーキをどう設計するかを同時に迫っています。自由の話は聞こえがいい。でも制度として大事なのは、自由を言い訳にして仕事量だけ膨らませない仕組みを作れるかどうかです。

Sources