罪を捜査し、起訴し、法廷で有罪を立証する側にいる検察官。その検察官自身の職務上の行為が罪に当たるとして告発され、同じ検察組織が不起訴にしたら、刑事裁判の扉はそこで閉じるのか。

その扉を、裁判所の判断でもう一度開ける仕組みが「付審判」だ。今回の本題は、取り調べの言動が有罪か無罪かを先回りして決めることではない。付審判は、検察官を被告人とする裁判で、誰が「起訴する側」を担うのかをどう変える制度なのかを見ていこう。

「検察なめんなよ!」プレサンス事件めぐり“恫喝的取り調べ”の罪に問われた検事 きょう付審判の初公判 検事側は無罪主張の方針 | TBS NEWS DIG (1ページ)
「検察なめんなよ!」プレサンス事件めぐり“恫喝的取り調べ”の罪に問われた検事 きょう付審判の初公判 検事側は無罪主張の方針 | TBS NEWS DIG (1ページ)

大阪地検特捜部の検事が恫喝的な取り調べをしたなどとして刑事裁判にかけられる付審判の初公判が10日午後、大阪地裁で開かれます。当時、大阪地検特捜部の検事・田渕大輔被告(54)は、不動産会社「プレサンスコー… (1ページ)

今回の登場人物

  • 田渕大輔検事:大阪地検特捜部に在籍していた2019年、取り調べでの言動が特別公務員暴行陵虐罪に当たるとして、付審判の刑事裁判で被告人となった。報道では、無罪を主張する方針とされている。
  • 山岸忍さん:不動産会社プレサンスコーポレーションの元社長。業務上横領事件で逮捕・起訴されたが、2021年に無罪が確定した。元部下を取り調べた田渕検事について告発し、不起訴処分の後に付審判を請求した。
  • 付審判:公務員の職権乱用など、法律で限られた犯罪について、告訴・告発した人が不起訴処分を不服として裁判所に刑事裁判を求める制度。「準起訴手続」とも呼ばれる。
  • 指定弁護士:付審判決定の後、裁判所が弁護士の中から選ぶ検察官役。被害を訴えた人の代理人ではなく、その事件で検察官の職務を担う。
  • 特別公務員暴行陵虐罪:裁判、検察、警察などの職務を行う公務員が、職務上、被告人や被疑者などに暴行、陵辱、加虐の行為をした場合を対象とする犯罪。今回は取り調べの言動が「陵虐もしくは加虐」に当たるかが争われる見通しだ。

何が起きたか

TBS NEWS DIGは7月10日、田渕検事の付審判事件の初公判が同日午後、大阪地裁で開かれると報じた。検察官が付審判の公判で裁かれる初のケースで、田渕検事側は無罪を主張する方針だという。

発端は、田渕検事が2019年に行った山岸さんの元部下への取り調べだ。2024年8月、大阪高裁は地裁の判断を覆し、田渕検事を特別公務員暴行陵虐罪で審判に付すと決めた。

大阪弁護士会の会長声明が引用する決定内容によると、高裁は、机を強くたたき、「検察なめんなよ」などと大声で述べた一連の言動について、取り調べに必要性や相当性を見いだせない威圧的、侮辱的、脅迫的なものと認定し、「陵虐もしくは加虐の行為」の嫌疑があると判断した。ただし、これは有罪判決ではない。田渕検事側は犯罪の成立を争う方針であり、有罪・無罪はこれから公開の法廷で審理される。

ここが本題

付審判が変えるのは、まず刑事裁判の「入口」だ。

刑事訴訟法247条は、公訴、つまり刑事裁判を求める起訴は検察官が行うと定めている。通常は、検察官が不起訴と決めれば、そのまま刑事裁判は始まらない。起訴するかどうかの鍵は、原則として検察官が持っている。

ところが、公務員による職権乱用などを対象にした付審判では、その鍵を裁判所が使える。刑事訴訟法262条は、刑法193条から196条までの罪などについて告訴・告発した人に、不起訴を不服として地方裁判所へ審判を求める道を認めている。裁判所が請求に理由があると判断し、事件を審判に付す決定をすると、267条によって公訴の提起があったものとみなされる

ここは言葉を丁寧にしたい。裁判官が検察官に転職して起訴状を書く、という話ではない。法律が、裁判所の付審判決定に起訴と同じ効果を与えるのだ。検察が閉じた入口を、対象犯罪を限定したうえで、裁判所が独立した立場から開け直せるわけだ。

検察官役も入れ替わる

入口を開け直しても、不起訴にした検察組織がそのまま有罪立証を担当するなら、制度への信頼はぐらつく。自分たちが「裁判にしない」と判断した事件を、今度は「有罪にする側」として進めることになるからだ。

そこで刑事訴訟法268条は、裁判所に、公訴の維持に当たる者を弁護士から指定するよう求めている。指定を受けた弁護士は、その事件について検察官の職務を行う。証拠を集め、裁判所に証拠調べを請求し、証人に質問し、犯罪が証明されたと考えれば有罪を求める。法廷の「検察官席」に座る機能を、検察庁の外にいる弁護士へ移す仕組みだ。

今回、裁判所から指定された弁護士3人は、初公判前に検察関係者数十人から事情を聴いたと明らかにしている。取り調べを録画した1時間以上の映像も証拠請求する方針だと報じられた。付審判は、紙の上で肩書を入れ替えるだけではない。指定弁護士が自ら立証を組み立てる、実務を伴う制度なのである。

一方で、指定弁護士が検察庁の外に出たからといって、必要な資料や事情を知る人まで外へ移るわけではない。今回のように、問題とされた行為の現場が検察組織の内部にあり、事情を知る検察関係者も多い事件では、独立した訴追と、証拠・情報への現実的なアクセスをどう両立させるかが重要になる。ここに、付審判が検察官自身を対象とするときの難しさがある。

決定は有罪のスタンプではない

付審判決定と有罪判決を混ぜると、この制度を正反対に理解してしまう。

最高裁は1974年の決定で、付審判決定は、通常の起訴と同じように「審判に付すべき嫌疑があるか」という観点でなされると説明した。つまり、「裁判で確かめるだけの嫌疑があり、起訴すべきか」が入口の判断だ。その後の公判裁判所は、提出された証拠を調べ、指定弁護士の立証と弁護側の反論を踏まえて、改めて有罪か無罪かを判断する。

数字を見ると、この区別の重さがよく分かる。法務省の2025年版犯罪白書によると、2024年の付審判請求は新たに430人分が受理され、処理された778人分のうち、付審判決定は1人だった。さらに、刑事訴訟法施行後の1949年から2024年までに付審判決定を経て裁判が確定したのは22件で、そのうち無罪または免訴となったのは13件だった。

入口は非常に狭い。それでも、入口を通ったことと、有罪が証明されたことの間には大きな距離がある。今回も、「高裁が付審判を決めたから有罪」でも、「検察が不起訴にしたから無罪」でもない。どちらの結論も先取りせず、公開の法廷で証拠を確かめるのが刑事裁判だ。

何を変え、何を変えないのか

付審判が変えるものは三つに整理できる。

一つ目は、不起訴が刑事裁判への最終回答ではなくなること。対象は公務員の職権乱用などに限られるが、裁判所が独立して「法廷で審理すべきだ」と判断できる。

二つ目は、訴追を担う人が検察官から指定弁護士へ替わること。検察官や警察官など、捜査・訴追側に近い公務員の行為を、同じ組織の判断だけで終わらせないための設計だ。

三つ目は、争点と証拠が公開の刑事裁判に移ること。内部の不起訴判断だけでは見えにくかった主張が、弁護側の反論も含め、法廷で検討される。

ただし、変えないものもある。被告人は有罪が確定するまで有罪として扱われない。指定弁護士には有罪を立証する責任があり、被告人側には争う権利がある。付審判は「公務員を罰する近道」ではなく、通常なら検察の不起訴で始まらなかった刑事裁判を、通常の刑事裁判として始めるための例外的な入口なのだ。

そして今回の裁判が直接判断するのは、田渕検事の具体的な取り調べ行為が特別公務員暴行陵虐罪に当たるかどうかである。プレサンス事件の関係者全員を評価する裁判でも、検察組織全体の善悪を一度に決める裁判でもない。制度の意味を大きく捉えることと、被告事件の範囲を大きくしすぎないことは、両立させなければならない。

それで私たちに何が関係するのか

検察官は、誰を刑事裁判にかけるかを決める大きな権限を持つ。その権限を行使する側の職務行為が疑われたとき、同じ検察組織による不起訴判断だけで手続が終わるように見えれば、個別事件を超えて刑事司法への信頼が傷つく。

付審判は、その不信を自動的に消す魔法ではない。裁判所の入口審査も、指定弁護士による立証も必要で、最後には有罪・無罪の厳格な判断が待っている。むしろ手間のかかる仕組みだ。それでも、訴追する側を組織の外へ移し、公開の法廷で検証できるようにする。その遠回りこそが、権力を扱う制度には必要になる。

まとめ

付審判は、検察官自身をただちに有罪にする制度ではない。公務員の特定の犯罪について、検察官の不起訴を裁判所が独立して見直し、審判に付す決定を起訴とみなし、裁判所が指定した弁護士に検察官役を任せる制度だ。

だから今回の核心は、「検察官が裁かれる」という珍しさだけではない。起訴する権限を持つ人が被告人になる場面でも、刑事裁判を始め、独立した立証を行う道を残していることにある。同時に、付審判決定は有罪認定ではない。これから見るべきなのは、指定弁護士と弁護側がどんな証拠と法的主張を示し、裁判所がそれをどう判断するかだ。

Sources