成田空港の拡張に必要な用地は、2026年6月末で90.4%まで確保された。それでも空港会社は、土地収用法に基づく手続きを進める。9割も集まったなら、残りは避けて工事できないのか。テストなら90点でかなり立派だが、滑走路は点数では飛行機を飛ばせない。
今回の本題は、なぜ90.4%でも収用手続きが必要になるのか、そして自治体が了解した後に何が起きるのかだ。成田には、国が地元への説明を欠いたまま計画を進め、強制収用と激しい衝突に至った重い歴史がある。「昔とは違う」の一言で済ませず、違う点と、今も消えない権利の問題を分けて見よう。

成田空港は国際競争力強化のため、B滑走路の延伸に加え、新たにC滑走路の建設を進めています。 ただ、先月末時点で拡張に必要な用地の取得は90.4%にとどまり、交渉は難航しています。 千葉県と周辺の9つ
今回の登場人物
**成田国際空港会社(NAA)**は、成田空港を運営し、今回の滑走路整備を進める会社。土地収用法では、土地を必要とする事業者を「起業者」と呼ぶ。新しく会社を始める人、という意味ではない。法律用語はたまに初見殺しを仕掛けてくる。
B滑走路とC滑走路は、今回の工事の中心だ。現在2500メートルのB滑走路を北側へ1000メートル延ばし、3500メートルにする。加えて、3500メートルのC滑走路を新設する。A滑走路を延ばす話ではない。
四者協議会は、国土交通省、千葉県、空港周辺9市町、NAAが話し合う場だ。今回、土地収用制度を活用する手続きを進めることで了解した。ただし「四者」の中に、未取得地の所有者一人ひとりが含まれているわけではない。
事業認定は、その公共事業に土地を収用するほどの公益性と必要性があるかを、事業認定庁が審査する段階。今回のようにNAAの空港事業を誰がどう認定するかは申請内容に即して決まるが、報道時点では、まだ認定も収用も終わっていない。
収用委員会は、都道府県に置かれる行政委員会。事業認定後に申請があれば、土地の権利をいつ取得するか、明け渡しの期限、正当な補償額などを裁決する。公共事業を進めたい側が、補償額まで一人で決める仕組みではない。
何が起きたか
テレビ朝日は2026年7月11日、NAA、国、千葉県、空港周辺自治体が前日の10日、B滑走路の延伸とC滑走路の新設に向け、土地収用法に基づく手続きを進めることで合意したと報じた。
トラベル Watchが7月10日に報じたところによると、必要用地の確保率は4月の89.7%から、6月末には90.4%へ上がった。話し合いによる任意取得は止めず、それと並行して土地収用制度の準備を進める方針だ。
ここで言葉を一段弱めておこう。7月10日に決まったのは、「未取得地を直ちに取り上げること」ではない。四者が、法定手続きへ進むことを了解した段階である。自治体の了解、事業認定、収用委員会の裁決、土地の権利取得は、別々の階段だ。一段目に立った瞬間、屋上へワープする仕組みではない。
ここが本題
用地が90.4%まで集まっても、滑走路は残り9.6%を空中に浮かせて完成させられない。長い一本の帯として連続していなければならず、滑走路だけでなく誘導路、道路、水路などの付け替えもつながる必要がある。
しかも、取得率は面積の割合だ。未取得地が工事区域の端にまとまっているのか、滑走路や関連施設の要所にあるのかで、影響は大きく違う。「9.6%しか残っていない」は、工程上の軽さを意味しない。ジグソーパズルも、最後の一片が空なら完成とは呼びにくい。ましてこちらは、完成後に旅客機が走る。
国土交通相は4月の会見で、事業全体の約90%を確保し、B滑走路の延伸部に必要な用地は確保したと説明していた。したがって、残る課題を「BもCも同じだけ足りない」と読むのは不正確だ。全体の未取得地は、主にC滑走路側などに残ると報じられてきた。
一方、90.4%は2026年6月末時点の数字である。取得交渉が続けば変わりうるし、収用手続きの準備を始めても、残るすべての土地が必ず裁決まで行くとは限らない。合意できた土地は任意取得できる。法の手続きと対話は、どちらか一方を選んだら片方が消える二択ではない。
収用までの長い道
土地収用法の仕組みは、大きく二段階に分かれる。国土交通省の手引きは、第一段階を「公共のために用いること」を確かめる事業認定、第二段階を「正当な補償」を決める収用裁決と説明している。
まずNAAは、対象事業や土地、必要性を説明する事前説明会を開き、事業認定を申請する。申請書は関係市町村で公告され、2週間の縦覧に供される。利害関係人は意見書を出せる。請求があった場合などには公聴会が開かれ、事業認定要件に適合しない旨の意見書が出た場合などは、社会資本整備審議会のような第三者機関の意見も聴く。
事業認定庁が見るのは、事業が法律上の対象か、事業者に実行する意思と能力があるか、土地の利用が適正で合理的か、収用する公益上の必要があるか、という要件だ。空港が便利そうだから丸、で終わる審査ではない。
認定が告示されても、まだ土地の明け渡しは完了していない。NAAが千葉県収用委員会へ裁決を申請し、委員会が審理する。そこで、所有権などを取得する時期を定める権利取得裁決と、明け渡し期限などを定める明渡裁決が行われる。
補償の対象は、土地の価格だけとは限らない。建物や工作物の移転費用、営業上の損失など、事業の施行によって通常生ずる損失を、法と補償基準に基づいて評価する。個別の権利関係や利用実態で内容は変わる。自治体が手続きを了解したからといって、所有者が補償条件にも同意したことにはならない。
裁決で決まった期限を過ぎても明け渡されない場合には、代執行が問題になる可能性がある。だが、それは複数の審査と裁決のずっと先にある局面だ。ニュースの見出しで「強制収用」と呼ばれても、7月10日にブルドーザーの予定表まで決まったわけではない。
自治体の了解と所有者の同意
今回の四者協議会には、空港を抱える自治体が参加している。地域の将来計画、騒音対策、道路や産業、雇用を考えるうえで、首長たちの判断は重い。2018年には、B滑走路延伸やC滑走路新設を含む「更なる機能強化」について四者で合意していた。
ただし、自治体の了解は、未取得地の所有者が土地を売る契約書へ判を押したこととは違う。地方自治体は地域全体の利益を判断し、地権者は自分の土地、住まい、農業、家族の事情を抱える。この二つは重なることもあれば、ずれることもある。
だから土地収用法は、自治体が賛成したら即取得、という一本線にしていない。公告・縦覧、意見書、公聴会、第三者意見、収用委員会の審理、補償という複数の場を置く。手続きがあること自体で対立が消えるわけではないが、少なくとも「全員が同意済み」という扱いにはしないためだ。
過去と何が違うのか
成田空港の建設をめぐっては、1966年に国が三里塚・芝山地区を建設地と決めた。地元への事前説明が不十分なまま計画が進み、農家などの反対運動と、国・空港公団側の強硬な対応がぶつかった。1971年の強制代執行を含む激しい衝突では双方に多数の負傷者が出て、同年9月の第二次代執行時には東峰十字路事件で警察官3人が死亡した。誰か一方を漫画の悪役にして済む歴史ではない。
その後も対立は長く続いたが、1990年代の成田空港問題シンポジウムと円卓会議で、国と旧空港公団は従来の進め方を反省し、対話による解決へ転じた。1994年の円卓会議後、当時の平行滑走路整備について「あらゆる意味で強制的手段を用いず、話し合いで解決する」という確認も残った。これが、成田で土地収用が単なる一般制度の話に見えない理由だ。
千葉県知事や国土交通相は、今回の機能強化は過去と経緯が異なると説明している。計画前に多数の説明会を開き、2018年に国、県、9市町、NAAの四者で合意し、その後も8年ほど用地交渉を続けた。国土交通相は2026年4月、住民説明会や個別訪問が約400回に及んだと述べた。突然場所を決め、短期間で押し切った1960年代との違いは確かにある。
しかし、「説明会を400回開いた」と「すべての関係者が納得した」は同じ文ではない。現在も制度活用に反対する住民団体があり、未取得地が残っている。その事実まで消して「今回は地域合意済み」とひとまとめにすれば、過去の反省から作った対話の意味を逆に薄くする。
過去との違いは、強制力を使ってよい理由を自動的に与える免許証ではない。むしろ、事業の必要性、代替案、対象地、補償、生活再建を、法定手続きの各段階で説明し続ける責任を重くする。歴史を踏まえるとは、昔話を一段落入れて終わることではなく、現在の手続きを厳しく見る物差しにすることだ。
それで何が変わるのか
今後の注目点は、第一にNAAがいつ、どの範囲で事業認定を申請するか。第二に、公告・縦覧や公聴会でどんな意見が示され、認定庁が公益性と収用の必要性をどう説明するか。第三に、任意交渉でどこまで取得が進み、実際に収用委員会へ持ち込まれる土地がどの程度になるかだ。
空港利用者にとっては、滑走路整備の遅れが将来の発着能力や物流へ影響しうる。一方、地権者や周辺住民にとっては、土地、住居、農業、騒音、地域の形が変わる問題だ。便利になる側の一人称だけで語ると、ニュースの半分が機内に置き忘れられる。
中心問いへの答えはこうなる。用地90.4%でも、計画どおり全体を完成させるには、対象区域で工事・供用に必要な権利を確保しなければならないため、NAAは任意交渉を続けながら収用制度の準備へ進む。ただし、四者協議会の了解は収用完了ではない。公益性を審査する事業認定と、補償や期限を決める収用裁決があり、地権者が意見を述べる機会もある。
まとめ
成田空港のB滑走路延伸とC滑走路新設では、2026年6月末時点で必要用地の90.4%が確保された。B延伸部の用地は確保済みとされる一方、全体では未取得地が残り、NAAと国、県、周辺自治体は土地収用法の手続きを進めることで了解した。
過去との違いは、説明と地域協議を重ね、四者合意を経てきたことだ。だが、自治体の了解は地権者全員の同意でも、補償の決定でもない。成田の歴史が教えるのは、「何%集めたか」だけでなく、「残る人の権利をどんな手続きで扱うか」を最後まで見る必要がある、ということなんだ。