「ウナギが豊漁で安い」と聞くと、川や海で大人のウナギがどっさり捕れ、そのままスーパーへ届いたように見える。でも、今回たくさん確保できたと報じられているのは、主に養殖の出発点になるシラスウナギだ。売り場のかば焼きまでには、育てる時間と、いくつもの値段の関門がある。
つまり本題は、「豊漁か、不漁か」の二択ではない。どの成長段階が豊漁で、その効果がいつ、どの売り方に出るのかだ。ここを分けると、「卸値は3割超安いのに、いつもの店は値下げしていない」という一見ふしぎな景色も、かなりすっきり読める。

暑さを乗り切る夏のスタミナ源といえば「ウナギ」。価格に嬉しい変化が起きているようです。名古屋市中区錦にある、明治42年創業の老舗うなぎ店「いば昇」。脂がたっぷり乗ったウナギを焼き上げています。いば昇の店主 木村勧さん:「これだけやっていると慣れますけど、暑いは暑いです」暑さとともに高まるウナギ人気ですが、今年は店にとって嬉しい変化が…。いば昇の店主 木村勧さん:「ウナギ自体の仕入れは、例年に比べると少し安くなっています。本来なら夏に向かって需要が高まって、仕入れ値も高くなるが、逆に春から少し下…
今回の登場人物
- シラスウナギ: 日本の沿岸や河口へ来た、透明に近いウナギの稚魚。多くの養殖ウナギは、この段階の天然魚を養殖場へ入れて育てる。
- 池入れ: 捕ったり輸入したりしたシラスウナギを、養殖池へ入れること。野菜でいえば種まきに近く、ここから出荷まで時間がかかる。
- 単年養殖と周年養殖: 早い時期に池入れして約半年で出す育て方と、遅い時期に池入れして1年以上育てる方法。ウナギはスーパーの裏で一晩にして大きくなるわけではない。
- 卸売価格と小売価格: 卸売価格は市場や事業者間の取引価格、小売価格は消費者が売り場で見る値段。両者の間には加工、在庫、物流、店の経費、売り方が挟まる。
何が起きたか
FNNプライムオンラインは7月17日、一色うなぎ漁業協同組合の話として、シラスウナギが2025年に続いて2026年も豊漁で、安く仕入れられたことから、育ったウナギを2〜3割安く出荷していると報じた。
値下がりは次の取引段階にも表れている。記事によると、名古屋の市場での6月のウナギ卸売価格は1キロ3455円で、前年同月より3割以上安かった。
ただし、消費者が見る景色は一色ではない。取材先のスーパーでは、国産かば焼き1尾を前年と同じ1980円で販売する一方、前年より大きなウナギを使っていた。同じ大きさ同士で比べれば200〜300円ほどお得だという。価格を下げる代わりに、中身を大きくする形で還元したわけだ。
一方、老舗のウナギ料理店は値下げが難しいと説明した。ウナギの仕入れ値は下がっても、炭は約1.5倍、茶葉はほぼ2倍になり、光熱費も上がっているからだ。ウナギだけが安くなっても、炭までニュースを読んで値下げしてくれるわけではない。
「豊漁」は稚魚の話
最初にほどきたいのは、「何が捕れたのか」だ。
水産庁によると、日本で流通する養殖ウナギの多くは、天然のシラスウナギを養殖場へ池入れして育てたものだ。今回の「豊漁」を、食べごろの成魚が大量に水揚げされた話として読むと、入口から一段ずれる。
順番はこうなる。
- 海から沿岸や河口へ来たシラスウナギを採捕する
- シラスウナギを養殖池へ入れる
- 餌を与え、出荷できる大きさまで育てる
- 選別し、活魚や加工品として出荷する
- 卸売、加工、小売や飲食店を経て食卓へ届く
「シラスウナギが豊漁」と「かば焼きが供給される」の間には、養殖という太い工程が一本入っている。豊漁の二文字だけが、稚魚から丼へ先にワープしてはいけないのだ。
半年組と1年以上組
では、豊漁の効果はいつ出るのか。水産庁の2026年7月資料は、養殖を大きく二つに分けている。
比較的早い11月から翌年1月末に池入れし、約半年育てて出荷するのが「単年養殖」だ。一部の事業者は、夏の土用の丑の日に向け、この年の漁期の初めに池入れした「新仔」を出す。
これに対し、2月から4月ごろに池入れし、1年以上育てて出すのが「周年養殖」で、こちらが一般的だという。
だから、2026年夏の安値に効いている中心は、前年から確保され、養殖場で育ってきたウナギだ。ただし、2025年末から2026年初めに早く池入れされた分の一部は、約半年でこの夏の出荷に間に合いうる。逆に、2026年春に捕れたシラスウナギの多くは、今夜のかば焼きへ即変身するわけではなく、より先の供給に効いてくる。
大切なのは、年だけで乱暴に箱分けしないことだ。採捕した月、池入れした時期、育て方によって出荷時期は変わる。ある店の1尾が「何年の豊漁分か」は、その店頭価格だけでは判定できない。
値段はリレーで届く
今回の数字を見る限り、値下がりはすでに養殖場からの出荷と卸売市場までは届いている。では、卸値が3割超下がったら、かば焼きも一律3割引きになるのか。答えは、ならない。
まずスーパーの例では、前年と同じ1980円でもウナギが大きくなった。買う側から見れば「値札据え置き、内容量アップ」だ。値下げの効果は、数字だけでなくサイズにも現れる。
次に飲食店では、1皿の原価はウナギだけで決まらない。今回の取材先だけでも、炭、茶葉、光熱費が重なっている。ここに調理や接客の人件費などもあるため、主材料の仕入れが下がった分を、料理価格へ同じ割合で移せるとは限らない。
さらに店には、仕入れの時期や販売方針がある。安く仕入れた分をすぐ値下げする店もあれば、量を増やす店、これまで吸収してきた別のコストに充てる店もある。卸値はリレーの重要な走者だが、アンカーではない。
三つの時計を分ける
ウナギの価格ニュースには、三つの時計が同時に動いている。
一つ目は、シラスウナギを捕る漁の時計だ。「今年も豊漁」は、この段階の足元を表す。二つ目は、池入れ後に半年から1年以上育てる養殖の時計。三つ目は、育ったウナギが加工、卸売、店頭へ進む販売の時計だ。
三つを一つにすると、「今年たくさん捕れたから、今日から全国一斉に3割引き」と読んでしまう。実際には、入口記事が確認したのは、シラスウナギの仕入れ安、一色うなぎ漁協の出荷安、名古屋の市場の卸値下落、そして二つの小売・外食例だ。全国の全商品が同じ割合で下がったことを示す数字ではない。
ニュースを見るときは、「何年何月に捕れた稚魚か」「何月に池入れしたか」「いま示されているのは出荷・卸売・小売のどの価格か」と順に確かめたい。時計を三つに分けるだけで、値下げを期待してよい範囲と、まだ待つべき範囲が見えてくる。
黒潮は「一因候補」まで
入口記事では、一色うなぎ漁協の担当者が黒潮の接岸について「かなと思う」という趣旨で語り、2025年4月に黒潮大蛇行が終息したことが豊漁の一因とみられるとしている。
気象庁は、2017年8月から7年9か月続いた黒潮大蛇行が2025年4月に終息したと判断した。ただし、これだけで今回のシラスウナギ豊漁の原因が確定したわけではない。海の生き物の来遊は、産卵、成長、生き残り、海流など複数の条件の結果だ。
したがって安全な読み方は、「黒潮の流れの変化が関係した可能性は示されているが、単独原因とは断定できない」。海は巨大な流しそうめんではないので、流路を一つ見ただけで到着量を全部説明するのは難しい。
売り場で見るべき三つ
今年のウナギ売り場では、値札だけでなく三つを一緒に見るとよい。
一つ目は前年との価格差。二つ目は1尾の大きさや内容量。三つ目は外食なら、主材料以外のコストも価格に残ることだ。同じ「豊漁の恩恵」でも、値下げ、増量、値上げ回避という別々の姿で現れうる。
そして時間軸も忘れない。前の漁期に池入れした周年養殖分は養殖期間を経て2026年の供給に効き、2026年春に池入れした分の多くは、さらに先の出荷を支える。今安いことと、来年も同じ価格であることは別の話だ。
まとめ
今回の「豊漁」は、主に養殖の入口にいるシラスウナギが多く確保できたというニュースだ。そこから出荷までは約半年から1年以上かかるため、効果は時間差を伴って現れる。
2026年夏は、養殖場からの出荷価格や名古屋の市場の卸値には下落が確認でき、スーパーでは価格据え置きのまま大型化する例も出た。一方、飲食店では炭、茶葉、光熱費の上昇が残り、値下げを難しくしている。つまり答えは、豊漁の効果はすでに届いているが、値札への届き方は店ごとに違い、2026年春に池入れした分の多くはさらに先の出荷に効く、だ。