医療的ケア児の家に医師が来る。そう聞くと、「通院が大変だから、自宅で診てもらえて助かる話だね」と理解したくなる。もちろん、それも大きい。ただ、今回のニュースを移動時間の節約だけで片づけると、本丸をかなり小さくしてしまう。

家では、人工呼吸器の管理やたんの吸引、胃ろうからの栄養注入が毎日続く。家族は育児をしながら、命にかかわる判断まで背負っている。訪問診療の核心は、病院の診察室を出前することではない。家庭の中に置かれた医療を、地域の医療チームが引き受け直すことにある。

医療的ケア児を24時間支える家族 負担減らす“訪問診療”特化クリニックが神戸に 大学病院に行かなければならなかった処置も自宅で 重い心疾患の息子を1人で育てる父「伝えられる相手がいるのはありがたい」|FNNプライムオンライン
医療的ケア児を24時間支える家族 負担減らす“訪問診療”特化クリニックが神戸に 大学病院に行かなければならなかった処置も自宅で 重い心疾患の息子を1人で育てる父「伝えられる相手がいるのはありがたい」|FNNプライムオンライン

日常的に「胃ろう」や「痰の吸引」など医療のサポートが必要な子供「医療的ケア児」。命の危険にもかかわるケアを担う家族は、決まった時間に処置をしたり、24時間体制で対応したりと、その負担の問題が叫ばれてきた。こうした中で、神戸市には医療的ケア児の訪問診療に特化したクリニックが誕生した。これまで通院が必要だった措置も自宅でできるようになり、医師に気軽に相談できるようになることで、家族の負担を大幅に緩和している。武居蒼空(そら)くん、4歳。重度の心疾患を抱えている。生まれてすぐに入院し、何度も手術を受…

今回の登場人物

  • 医療的ケア児: 日常生活の中で、たんの吸引、人工呼吸器の管理、経管栄養などの医療的ケアを継続して必要とする子ども。
  • 胃ろう: お腹につくった入口から管で栄養を入れる方法。単なる「食事の代わり」ではなく、決まった手順と観察が必要な医療的ケアである。
  • 気管切開・人工呼吸器: のどに空気の通り道をつくり、機械で呼吸を助けること。機器の確認やたんの吸引が暮らしに組み込まれる。
  • 訪問診療: 医師が計画的、継続的に自宅を訪ねて診療する仕組み。具合が悪い時だけ呼ぶ「往診」とは少し役割が違う。
  • スマイルクリニック: 神戸市で医療的ケア児の訪問診療に特化するクリニック。外来ではなく、子どもの生活の場へ医師が出向く。
  • PICU: Pediatric Intensive Care Unitの略で、小児集中治療室。命の危機にある子どもを集中的に診る病棟だ。

何が起きたか

FNNプライムオンラインは7月20日、神戸市のスマイルクリニックと、訪問診療を受ける医療的ケア児の家庭を報じた。

取材された4歳の子どもは重い心臓病があり、父親が一人で育てながら、胃ろうから1日4回栄養を入れている。別の10歳の子どもは進行性の筋肉の病気があり、気管切開と人工呼吸器を使う。母親と祖父母が24時間体制で支え、数十分おきにたんを吸引することもあるという。

大学病院までは片道約1時間。移動中にたんが詰まる危険があり、受診は「車に乗って待合室へ行く」という普通の外出ではない。命を支える機器と処置を、丸ごと移動させる仕事になる。

スマイルクリニックは小児の訪問診療に特化し、これまで大学病院へ行く必要があった人工呼吸器や胃ろうのチューブ交換も自宅で行う。院長はPICUで子どもの救命医療に携わってきた。救命の出口にある「家での暮らし」を、地域で支える取り組みだ。

家は、静かな病室でもある

医療的ケア児の暮らしを理解するには、「家にいる」と「医療から離れている」は同じではない、と押さえる必要がある。

胃ろうからの栄養注入には、準備、注入、体調の観察、器具の手入れがいる。人工呼吸器を使えば、装置が正常に動いているか、呼吸の状態に変化はないかを見続ける。たんが詰まりそうなら吸引する。しかも、学校の時間や大人の勤務時間に合わせて症状が来てくれるわけではない。症状は予定表どおりには来てくれない。

ここで家族に集中するのは、作業量だけではない。「いつもと違うが、すぐ連絡するべきか」「この状態で学校へ行けるか」「次の診察まで待ってよいか」という判断も積み重なる。処置の手順を覚えていても、迷わなくなるわけではない。

だから相談できる医師が日常圏にいることには、処置の代行以上の意味がある。家族の観察を医療者の判断へつなぎ、変化を早めに共有する回路になる。誰かが家族の代わりに24時間を生きることはできない。それでも、24時間を「家族だけの責任」にしない形には近づける。

通院は距離ではなく、危険の移動だ

片道1時間という数字だけを見ると、地方では珍しくないと感じる人もいるかもしれない。しかし医療的ケア児の移動では、距離を一般の通院と同じ定規で測れない。

人工呼吸器や吸引器、予備の物品を準備し、移動中も状態を見る。渋滞したからといって、たんの吸引をサービスエリアまで延期できるとは限らない。病院で長く待てば、予定していたケアの時間もずれる。きょうだいの予定、仕事、学校も連動して動く。

訪問診療で減るのは、ガソリン代や往復時間だけではない。子どもにかかる身体的な負担、移動中の急変リスク、家族全体の予定を一日分組み直す負担が減る可能性がある。

ただし、訪問診療が大学病院を不要にするわけではない。専門検査、手術、急変時の高度な治療は大病院が担う。地域の訪問診療はその代用品ではなく、日常の管理と高度医療の間に橋を架ける役だ。橋があるから、どちらの岸も本来の仕事をしやすくなる。

「家でやる」を「家族がやる」にしない

在宅医療には、注意すべき逆説がある。病院でしていたことを家へ移しただけなら、負担の置き場所が病院から家族へ変わるだけになりうる。

大切なのは、医療の場所ではなく分担だ。医師が定期的に診る。訪問看護師が機器や処置、体調の変化を確認する。学校や福祉の担当者が生活上の支援をつなぐ。急変時には病院へ戻れる。その組み合わせができて初めて、在宅は「家庭への丸投げ」ではなくなる。

2021年施行の医療的ケア児支援法は、医療的ケア児と家族への支援を国や自治体の責務として位置づけた。法律名は少し長いが、それだけ支援の相手が子ども本人だけでなく家族まで含まれている。家族の献身を制度の前提にしない、という土台である。

日本小児科学会が掲載する在宅移行の指針も、病院、地域の医師、訪問看護、行政や相談支援がつながる必要性を示している。命を救う急性期医療と、暮らしを続ける地域医療は、リレーの前走者と後走者だ。支援の受け渡しを、家庭だけに残して終わりにはできない。

一つの好事例を全国の完成図にしない

スマイルクリニックの取り組みは重要だが、一つのクリニックができたことを「全国で解決した」と読むのは早い。

小児の病気、人工呼吸器などの機器、在宅診療の運用を同時に理解する医師は限られると、入口記事は伝えている。対応地域にも範囲がある。夜間の連絡、訪問看護、急変時に受け入れる病院、学校や福祉との連携までそろわなければ、一家庭を支える網にはならない。

また、すべての処置を家でできるわけでもない。子どもの状態や家庭の希望によって、通院と訪問の適切な組み合わせは違う。「在宅が正解」ではなく、「選べる役割分担がある」ことが大切だ。

今後見るべきなのは、専門クリニックの数だけではない。地域の小児科医が在宅医療を学べるか、訪問看護と連携できるか、大学病院が相談と緊急受け入れを支えられるか。点としての名医より、点をつなぐ線が増えるかである。

それで何が変わるのか

家族が相談できる相手を持ち、通院回数や危険な移動を減らせれば、学校行事や親の仕事、きょうだいとの時間を組み立てやすくなる可能性がある。これは医療以外の時間や予定を組み立てやすくする話でもある。

ただし効果の大きさは家庭ごとに違い、今回の事例から全国一律の改善を断定はできない。だからこそ、感動だけで読み終えず、どの地域でも相談と診療の回路をつくれるかを問う必要がある。

まとめ

医療的ケア児の訪問診療は、通院を楽にする宅配版の診察ではない。家庭で続いている医療行為、急変への不安、日々の判断を、地域の医療者が一緒に担う仕組みである。

中心の答えは、家で暮らすことと、家族だけで医療を背負うことを切り離すために訪問診療がいる、だ。大学病院の高度医療と地域の日常診療をつなぎ、救った命の「その後」を家庭の持久戦にしない。その線を全国でどう増やすかが、次の課題になる。

Sources