「学生が減って学費収入が細るなら、大学も株で稼げばいい」。そんな話に聞こえたなら、半分だけ正解で、半分はかなり危ない読み方です。
文部科学省と経済産業省は7月22日、大学向けの資産運用ガイドブックを公表しました。預金と債券に偏った運用を見直し、株式などのリスク性資産も検討するよう背中を押す内容です。ただし本題は「投資で一発逆転」ではありません。少子化とインフレの時代に大学の資産をどう守り、誰が決め、失敗を誰が止めるのかという経営の話です。

少子化による大学生の減少で、大学の学費収入の減少が避けられないとして、文部科学省は全国の私立大学に積極的な資産運用を促す通知を出しました。文科省によりますと、私立大の収入の8割は授業料などですが、少子化の影響で、2040年度には、大学への進学者が今より3割近く減ると予想されていて、収入が大幅に減ることから大学経営への影響が懸念されています。これまで文科省は私立大の資産運用に関して、2008年のリーマンショックで全国の私立大が多額の損失を出したケースもあったことから、リスクのある投資には慎重な方…
今回の登場人物
- 文部科学省・経済産業省: 「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」を共同で作った役所です。
- 学校法人: 私立大学を設置し、大学の資産を持つ法人です。運用会社へ仕事を委託しても、最終責任は学校法人側に残ります。
- アセットオーナー: 年金基金や学校法人のような「資産の持ち主」です。金融商品を売る人ではなく、何のために、どこまでリスクを取るかを決める側です。
- ガバナンス: 誰が決め、誰が監督し、誰が止められるかという組織の仕組みです。今回の話では、理事会、監事、評議員会、運用担当者の役割分担が中心になります。
- 実質リターン: 運用で増えた割合から、物価上昇の影響を考えた成果です。残高が増えても、物価がもっと上がれば買える物は減ります。
何が起きたか
7月22日のFNNプライムオンラインは、少子化で学費収入の減少が避けられないとして、文科省が私立大学に積極的な資産運用を促したと報じました。記事は、私立大学の収入の約8割が授業料などで、2040年には大学進学者が現在より3割近く減るとの見通しを紹介しています。
同日、文科省と経産省が公表したガイドブックは、私立だけでなく国立を含む大学の参考資料です。背景説明では、特に私立大学は学部学生の約8割を教育しながら、学生生徒等納付金が収入の約8割を占めると指摘。進学者が減れば、本業の収入が直接細る構造を問題にしています。
もう一つの背景がインフレです。多くの大学は預金や債券を中心に運用しています。元本の値動きは比較的小さくても、物価が上がると、そのお金で将来買える研究機器、建材、電気、人の労働が減ります。ガイドブックは、預金・債券だけでは実質リターンを十分確保しにくいとして、株式などを含む分散投資を検討するよう促しました。
本題は「何を買うか」より「何を守るか」
大学の資産運用と聞くと、まず株価や利回りが気になります。でも順番は逆です。最初に決めるべきなのは、大学がそのお金で何を守るのかです。
たとえば、10年後も奨学金を出し続けるための基金、数年後の校舎改修に使う資金、急な災害に備える現金では、使う時期も許せる値下がりも違います。来年払う工事代を株式へ大きく振り向け、相場下落で取り崩せなくなれば、本末転倒です。反対に、数十年先まで使わない基金を現金だけで持ち、物価上昇で購買力を失い続けるのも「安全」とは言い切れません。
つまり安全とは、値段が動かないことだけではありません。必要な時に必要な額を使えることが大学にとっての安全です。その目的から逆算して運用期間、必要な現金、許容損失、資産配分を決める。これが一つ目の防波堤です。
2009年と2026年では、守り方が違う
文科省が学校法人の資産運用について通知した前回の大きな節目は、リーマン・ショック直後の2009年でした。大学が金融商品で多額の損失を出し、まず危険な運用を広げないことが課題になった時期です。
2026年の問題設定は違います。金融危機の傷を避けるだけでなく、物価上昇で資産の実質価値が減る危険も考えなければならない。守備位置を動かさないことが、別の方向から点を取られる原因になり得ます。
ただし、環境が変わったから「預金を売って全部株へ」では、守備位置を動かすどころか全員で相手ゴールへ走っています。ガイドブックも、多様な資産への分散、長期的な評価、運用目的と許容リスクの設定を求めています。積極運用は、強気運用の別名ではありません。
二つ目の防波堤は「決める人」と「止める人」
資産運用を外部の金融機関へ任せても、「プロにお任せしました」で学校法人の責任は消えません。何を委託するか、成績をどう評価するか、想定外の損失で誰が見直しを命じるかを、大学側が決める必要があります。
文科省の研究会では、十分な知識がない執行部が単年度の利益を求めがちなこと、時価情報の開示がずさんな運用の早期発見に役立つこと、計画・実行・確認をしても改善へつながらない例があることが議論されました。投資の難しさは、銘柄を当てることより、悪い時に組織が正しく動けるかにあります。
ここで私立学校法のガバナンス改革とつながります。理事会が執行し、監事や評議員会が監督する役割を曖昧にしない。運用担当者だけが分かる専門用語の箱にせず、理事会が目的とリスクを説明できるようにする。これが二つ目の防波堤です。
「投資委員会を置いたから安心」でもありません。委員に必要な知識があるか、利益相反を管理できるか、理事長へ反対意見を言えるか、損失が出たとき検証できる記録があるか。看板より中身です。立派な傘を買っても、穴が空いていたら雨は普通に入ります。
三つ目の防波堤は、学生に見えること
大学の資産は、経営陣の個人資産ではありません。授業料、寄付金、研究資金などを土台にし、現在と将来の学生へ教育研究を提供するためのものです。ならば、運用の成果と危険を学生や社会が確かめられる必要があります。
文科省は2026年度決算から、学校法人会計の注記事項や事業報告書で、有価証券の時価情報などを充実させる方針を示しています。見るべきは「今年は何億円もうかった」だけではありません。どんな目的で、どの資産を、どの程度のリスクで持ち、長期目標に対してどうだったか。単年の勝ち負けではなく、方針と結果を並べることが三つ目の防波堤です。
透明性は、損をゼロにする魔法ではありません。しかし損失を隠す、目標を後から変える、責任の所在をぼかすといった行動を難しくします。大学の評判は偏差値だけでできているわけではなく、お金をどう預かるかという信頼でもできています。
資産運用では少子化そのものを直せない
ここが最も大事な線引きです。運用収益は財源の一つになりますが、学生数が減るという本業の構造変化を、それだけで止めることはできません。
大学が100億円を持ち、毎年安定して3%を教育へ回せたとしても3億円です。一方、入学者が毎年減り、授業料収入、施設利用、地域での需要が長く細れば、穴は続いて広がります。しかも3%は保証された数字ではなく、相場次第で資産が減る年もあります。
必要なのは、教育内容の見直し、定員の適正化、他大学との連携や再編、寄付・研究・社会連携収入の拡大、場合によっては撤退判断まで含む経営です。資産運用はその時間を買い、教育研究の質を支える補助線にはなります。しかし、学生が来ない理由まで利回りで解決することはできません。証券口座は入試広報をしてくれません。
学生と保護者は何を見ればいいか
大学選びで、いきなり有価証券報告の細部まで読む人は多くないでしょう。それでも、経営を見る簡単な問いはあります。
運用目的を説明しているか。短期に使う資金と長期基金を分けているか。損失が出たときの見直しルールがあるか。理事会以外の監督が機能しているか。時価と運用成績を公開しているか。そして、運用益を教育、奨学金、研究へどう戻すかが見えるか。
これらに答えられない大学が「積極運用で財政を強くします」とだけ言っても、車の行き先を決めずにアクセル性能を自慢しているようなものです。
まとめ
大学の資産運用を促す新ガイドブックは、少子化で学費依存が苦しくなり、インフレで現金の実質価値も目減りするなか、守り方を組み直す提案です。株を買うこと自体が目的ではありません。
2文で言い直すなら、こうです。大学は、預金と債券だけに置けば安全という時代ではなくなったため、長期目的に合わせて分散運用を考える必要がある。ただし運用益は学生減少を消してくれないので、目的、統治、情報公開の三つをそろえ、本業の改革と一緒に進めなければならない。