北海道・根室地方の漁業者が、秋サケの定置網を入れる日を9日遅らせました。サケが少ない年に、さらに漁を休む。お財布だけ見れば、なかなか勇気のいる判断です。でも狙いは、網に入るはずだった親魚を川へ通し、卵を確保して、主に4年後の世代へつなぐことにあります。

では9日休めば、4年後にサケがどっと戻るのか。いや、そこまで話は一直線ではありません。網入れ延期が直接助けられるのは「親魚を川へ届け、卵を取る入口」です。その先には受精、ふ化、放流、そして海での長い生存競争がある。今回の本題は、この判断がなぜ未来への投資で、同時になぜ万能薬ではないのかです。

北海道の秋サケ「10年前の1割」ピーク時の6%に減少見込み…根室地方の漁協は網入れを9日延期→将来の資源確保へ|FNNプライムオンライン
北海道の秋サケ「10年前の1割」ピーク時の6%に減少見込み…根室地方の漁協は網入れを9日延期→将来の資源確保へ|FNNプライムオンライン

秋の味覚の代表格サケ。9月に入り漁が本格化しているが、北海道根室地方の大半の漁協は、9月10日からようやく動き始めた。資源確保に向けた取り組みが進んでいる。明治初期からの歴史を持つ札幌の「二条市場」。秋の味覚がずらりと並んでいるが、例年とは様子が違う。「10年前から見ると、(秋サケは)本当にもう10%ぐらいしかないって感じですね。店頭にワーッと(サケを)並べられればいいですが、ちょっと値段が高いので店頭に展示できないのが現状です」(本間鮮魚店 本間浩社長)近年、オスの秋サケは1キロ1000円か…

今回の登場人物 ​

  • 根室地方の8漁協と定置網漁業者: 9月1日の解禁日に網を入れず、9日間待った現場の人たちです。今年の漁獲機会と将来の資源を天秤にかけました。
  • 根室管内さけ・ます増殖事業協会: 川へ戻った親魚から卵と精子を取り、人工授精、ふ化、稚魚の育成や放流を担う団体です。次世代へ渡す中継所ですね。
  • 道総研: 北海道立総合研究機構のことです。さけます・内水面水産試験場が、年齢別の来遊データから今季の秋サケ来遊数を予測しました。
  • 来遊数: 北海道沿岸で漁獲されたサケと、河川で捕獲されたサケの合計です。「市場に並んだ数」だけではありません。
  • 4年魚: 生まれてから4年目に戻るサケです。来遊の主力ですが、全員が4年きっかりではなく、3年魚や5年魚などもいます。

何が起きたか ​

FNNプライムオンラインは9月14日、北海道の秋サケ来遊数が2026年に364万尾余りまで減る見込みで、根室地方の漁協が定置網の設置を9日遅らせた取り組みを伝えました。配信元の北海道文化放送によると、根室地方の8漁協は9月1日に網を入れず、9日遅らせた10日に動き始めました。延期は6年連続で、9日間は過去最長です。

道総研の正式な数字は、全道で364万5000尾です。2025年の来遊数685万9000尾に対して53.1%。根室海区だけでも、2025年の63万9000尾から、2026年は33万1000尾へ減る予測です。こちらは51.9%。ざっくり言えば、全道でも根室でも前年の半分ほどしか帰らないという見立てです。

しかも2025年の685万9000尾自体が、前年の39%で、平成以降の最低でした。少ない年を基準に、さらに半分です。「去年より半分」と聞いたら、去年が普通だったように感じますが、去年からすでに非常事態。ものさしのほうが痩せていたわけです。

ここが本題 ​

9日間で直接守れるのは、川へ進む親魚と、そこから確保する次世代の入口です。ただし、卵が主力の4年魚として戻るまでには、ふ化、放流、海での生存という長い関門が残ります。未来への投資ではある。でも、将来の匹数を約束する万能薬ではない。ここを分けて見ます。

9日で守るもの ​

定置網は、沿岸を泳ぐ魚の通り道に置き、垣網で袋状の網へ誘導する漁具です。秋サケは生まれた川へ向かって沿岸を進むため、川へ入る前に定置網で多く漁獲されます。

網を置く日を遅らせれば、その間に来たサケの一部は網に取られず、川へ進めます。ふ化場では、戻った親魚から採卵、採精して人工授精を行います。北海道文化放送は、9月10日に20万粒の卵を確保したと報じました。

ここが「投資」と呼べる部分です。漁業者は、解禁直後に取れたかもしれない魚を見送り、親魚として次世代へ回します。ここ、カレンダーの9日分だけの話ではないんですね。サケが1匹減れば、単に店頭の商品が1匹減るだけではありません。メスなら卵を、オスなら受精に必要な精子を次の世代へ渡せなくなる。資源が細る局面では、漁獲と再生産の配分がいつも以上に重くなります。

しかも漁業者には、今年の売り上げがあります。燃料代も人件費も船の維持費も、4年後まで待ってはくれません。未来のために休むと言っても、請求書は「では2030年にまた来ます」と帰ってくれない。9日延期は、資源保護の美談だけでなく、現場が目先の機会を実際に手放した判断として見る必要があります。

なぜ「4年後」なのか ​

水産庁の資料によると、サケの寿命は2〜8年です。ふ化場で育った稚魚は主に春、川から海へ下り、オホーツク海を経て北太平洋やベーリング海、アラスカ湾まで回遊します。そして成熟すると生まれた川へ戻ります。中心となるのが4年魚です。

2025年に北海道へ来たサケを年齢別に見ると、4年魚は432万尾、5年魚は198万尾、3年魚は49万尾でした。4年魚が主力であることは数字でも分かります。そこで2026年に確保した卵が無事に育ち、海へ出て、主力の4年魚として戻るなら、姿が見える中心時期は2030年前後になります。

ただし「卵を採った日から全員ぴったり4年後」ではありません。3年で帰る魚も、5年かかる魚もいます。さらに、秋に採った卵から稚魚を育てて放すのはその後です。「4年後」は効果を見る代表的な目安であって、宅配便の配達指定日ではないんですね。

20万粒は20万匹ではない ​

さて、ここで数字に一度ブレーキをかけます。9月10日に20万粒を確保した。これは大切な前進です。しかし「4年後に20万匹増える」とは言えません。

卵は受精し、ふ化し、稚魚として育ち、川から海へ下ります。その後、沿岸、オホーツク海、北太平洋を回る間に、多くが戻れなくなります。親魚を確保するのは再生産のスタート地点を太くする策であって、ゴールまで人数を保証する整理券ではありません。

水産庁は、サケの回帰率低下について複数の要因を挙げています。親潮の南下が弱まると、稚魚に適した水温の期間が短くなる。オホーツク海へ向かう回遊が妨げられる。沿岸へ届く栄養や動物プランクトンが減り、餌が乏しくなる。サバなど捕食する魚と重なる可能性や、ベーリング海でカラフトマスと餌を競う可能性も指摘されています。

ここは「温暖化がすべての犯人」と一行で閉じないほうが正確です。海水温や海流が関わることは示されていますが、稚魚がどの段階でどれだけ減ったかは、複数要因が重なります。水産庁の表現も「推察」「示唆」です。海の中は、容疑者が一人で取調室に座ってくれるほど親切ではありません。

予測にも幅がある ​

2026年の364万5000尾は、確定した未来ではなく予測です。道総研は「シブリング法」を基本にしています。ある生まれ年の3年魚が今年どれだけ戻ったかを見て、同じ生まれ年の4年魚が翌年どれだけ戻るかを推定する方法です。先に帰った兄弟を見て、次に帰る兄弟を読む。名前どおりの考え方です。

ところが近年、成熟して帰る年齢が若くなる傾向が進み、過去の兄弟関係をそのまま当てはめると精度が落ちることが分かりました。道総研は2021年以降、若い年齢で成熟する年級のデータを使い、2026年予測では採用データを直近おおむね5年級に限定しました。

それでも外れることはあります。2025年の実際の来遊数は、その年の予測値の60%にとどまりました。予測が無意味なのではありません。厳しい判断をするための重要な地図です。ただし、地図に「ここへ364万5000尾来ます」とサケが署名したわけではない。予測値は一本の確定線ではなく、不確実性を抱えた見積もりとして読む必要があります。

万能策でない三つの理由 ​

網入れ延期だけで資源が回復しない理由は、三つに整理できます。

第一に、場所と時期が限られます。今回報じられたのは根室地方の8漁協による9日間の延期です。北海道全域で、一年中すべての漁獲を止めたわけではありません。早い時期に根室沿岸へ来たサケには効きますが、別の海域や別の時期まで同じように守る策ではありません。

第二に、助けるのは主に親魚確保までです。卵を取れても、健康な稚魚を育て、適切な時期に放し、海で生き残ってもらわなければなりません。野付地域では、稚魚を河口近くの池で育てて降河時の減耗を減らす取り組みも計画されています。つまり現場も、卵の数だけでなく、放す魚の状態や場所まで工夫しているのです。

第三に、漁獲を減らしても海洋環境は操作できません。適水温の期間、海流、餌、捕食や競合は、9日間の休漁の外側にあります。親魚確保は必要な一手でも、一手で盤面全部をひっくり返すものではありません。

さらに苦しい循環があります。水産庁は、漁獲量が減ると水揚げ金額の一部を原資とする負担金も減り、ふ化放流事業の安定運営が難しくなると指摘しています。サケが減る。収入が減る。次世代を育てる資金も細る。ここを支える制度や施設の効率化も、網延期と並行して必要です。

それで何が変わるのか ​

成果を見る順番 ​

今後、「20万粒確保できたから成功」で時計を止めないことが大切です。まず、シーズン全体で必要な親魚と卵をどれだけ確保できたか。次に、ふ化率、稚魚の育成数、放流数と健康状態はどうだったか。そして3〜5年ほど後、どの年齢で何尾が戻ったか。順番に追う必要があります。

同時に、漁業者の経営が持つかも見なければなりません。資源を守るために漁を控えた結果、担い手がいなくなったら、ふ化放流も地域の加工・流通も続きません。魚と人の両方が来年を迎えられる設計が要るわけです。

別海町は、根室管内の厳しい予測を受け、海岸や海域でのサケ釣りの自粛も呼びかけました。同町の案内は9月1日から20日までの期間を示しています。これは報道された定置網の9日延期と期間が異なるため、同じ規制として混ぜないほうが安全です。商業漁業だけに負担を寄せず、遊漁も含めて親魚を通す協力をどう作るかは、今後の大事な論点になります。

まとめ ​

網入れを9日遅らせると、解禁直後の親魚の一部が川へ進みやすくなり、人工ふ化に必要な卵を確保できます。4年魚が来遊の中心なので、その卵を次世代へつなぐ判断は「主に4年後への投資」と呼べます。目先の漁獲機会を譲った漁業者の負担を忘れてはいけません。

ただし、卵の数は将来戻る成魚の数ではありません。ふ化、育成、放流の先に、海水温、海流、餌、捕食などの長い関門があります。予測にも誤差があり、今回の延期は地域と時期が限られた対策です。

つまり9日延期は、効かない気休めではない。でも一発逆転の万能薬でもない。ここが大事です。次世代がスタートラインへ立つ人数を守る一手です。その後の長いコースまで支える策を重ねられるかが、本当の勝負になります。

Sources ​