みんなで食事をした後、「この割り勘案はいったん撤回します」となった。さて、伝票まで消えるだろうか。残念ながら、そこまで気前のいい魔法はない。
JR北海道が、利用の少ない「黄8線区」をめぐり、鉄道施設などの保有と列車の運行を分ける「上下分離」の提案を撤回した。けれども、これは沿線自治体の負担が全部なくなったという発表でも、8線区の存続が決まったという発表でもない。変わったのは、費用を誰がどう支えるかを話し合うテーブルの組み方だ。

9月16日、JR北海道が赤字路線の8区間(黄色線区)の存続をめぐり、自治体から反発を受けていた「上下分離方式」の撤回を表明しました。線区の存続に向けた議論は国と道がリードする形に変わり、ようやく動き始めま… (1ページ)
今回の登場人物
- JR北海道:北海道内の鉄道を運営する会社。黄8線区については、会社単独で維持するのが難しいとして国や地域と協議してきた。
- 黄8線区:JR北海道が単独での維持は困難とした線区のうち、輸送密度が1日1キロあたり200人以上2,000人未満の8線区。黄色は信号の色ではなく、経営上の分類だ。
- 上下分離:線路や駅、車両などを持つ役割と、列車を走らせる役割を分ける仕組み。今回はJR北海道が2026年4月に一案を示し、9月に撤回した。
- 国・北海道・沿線自治体:国は鉄道政策と支援制度を担い、北海道と自治体は交通や地域づくりの当事者になる。新しい協議では、この複数の主体が役割を整理する。
何が起きたか
北海道放送(HBC)は2026年9月16日、JR北海道が黄8線区をめぐる上下分離案を撤回したと報じた。JR北海道は同日、沿線自治体に対し、上下分離を今後の協議テーマから外すと説明し、提案の進め方について謝罪した。
代わりにJR北海道は、国の積極的な関与のもと、北海道、沿線自治体、JR北海道などが参加する新しい協議会を設けるよう求めた。北海道運輸局が事務局を担い、国土交通省鉄道局とJR貨物もオブザーバーとして加わる想定だ。
ここだけ読むと、「自治体に施設を持たせる案がなくなった。では一件落着」と思うかもしれない。いやいや、まだ話は終わっていない。本題は、撤回後に赤字の負担を誰と誰で話すことになったのか、である。
ここが本題
上下分離案の撤回で消えたのは、資産の持ち主と負担の入口を先に決める一つの提案だ。線区の赤字そのものは消えていない。8線区を将来にわたって存続させる決定もしていない。
JR北海道は、「資産を受け取る主体を置く上下分離を検討してください」という形に代えて、「国が前に出る多者協議で、持続可能な運営方法と各主体の役割を組み直してください」という形を提案した。負担者の候補を先に置く案から、負担の仕組みを複数当事者で再設計する段階へ戻そうとしている、と見るのが正確だ。
上下分離案は何を移す話だったか
JR北海道が2026年4月に示した案では、現在は同社が担う「列車の運行」「施設の維持管理」「資産の保有」のうち、資産保有を別の主体へ移す構想だった。
名前だけ聞くと、線路を上と下にぱかっと分けるようだが、もちろんそうではない。新たな資産保有主体が、車両、駅、線路などの鉄道施設や土地をJR北海道から無償で受け取る。その資産をJR北海道へ無償で貸し、施設の維持管理はJR北海道へ委託する。さらに資産保有主体が、鉄道インフラの維持に必要な支援を行う。JR北海道は列車を走らせる役に集中する、という組み立てだ。
ここで注意したい。4月資料は、最終的に誰が資産保有主体になるのか、誰がいくら出すのか、いつまで負担するのかを決定していなかった。上下分離とは負担ゼロ装置ではない。線路を別の財布へ移しても、保守費まで消えるわけではないんです。
沿線側から見れば、結論の出ていないまま「資産を受け取る側」という席だけ先に用意されたように映る。JR北海道は9月の説明で、提案により不安や混乱を招いたとして謝罪し、上下分離を協議項目から外した。
155.72億円の伝票は残る
では、残った伝票はいくらなのか。JR北海道が公表した2025年度の8線区合計では、営業収益が26.16億円、営業費用が181.88億円。差し引きの営業損失は155.72億円だった。
対象は合計925.7キロ。輸送密度は1日1キロあたり695人である。輸送密度とは、ある区間で1日に平均何人を1キロ運んだかを表す数字だ。単純な乗車人数ではなく、どれだけの距離をどれだけの人が利用したかを見る物差しである。
155.72億円は、8線区について2025年度の収益と費用を差し引いた結果だ。自治体にそのまま155.72億円を請求すると決まった数字ではないし、将来ずっと固定される金額でもない。2024年度の資料に出てくる約148億円とも年度が違う。似た数字が並ぶと、数字のほうから「まあ同じでいいじゃない」と寄ってくるが、よくない。年度の名札は外さないでおこう。
ただ、赤字の規模が大きい事実は残る。上下分離案を撤回しても、線路、橋、駅、車両、除雪、安全設備の維持は必要だ。列車の本数や設備の持ち方、地域側が担える作業、観光利用などによる収入増、国の支援をどう組み合わせるか。協議はその現実から逃げられない。
協議のテーブルが組み替わった
JR北海道の9月資料では、新しい場として仮称「黄線区の持続可能な運営の在り方に関する協議会」が示された。北海道運輸局が事務局を務め、北海道、沿線自治体、JR北海道が参加し、国土交通省鉄道局とJR貨物をオブザーバーとする案だ。
全体会議に加え、8線区ごとのワーキンググループを置く案である。2026年度末までに、それぞれ3回程度の会合を開き、持続可能な運営の具体策と関係者の役割を整理する想定になっている。
ここで「国主導」とは、国が全額を払うと決めた意味ではない。ここも言葉の勢いに追い越されないようにしよう。国の地方機関が事務局となり、制度や支援策を持つ国が協議の外側ではなく内側に入る、という意味だ。財布の中身はまだ決まっていないが、少なくとも財布の持ち主たちが同じ机に着く形へ変わる。
そして、上下分離という単語が議題から消えても、地域側の役割が全部消えたわけではない。9月資料には、利用実態に応じた運行の効率化、除雪や駅業務の地域への移管、自治体への一部資産の譲渡、観光列車などで線区の価値を高める取り組みが検討項目として残る。
つまり「自治体が線路を一括で抱える案」は下ろされたが、「地域は何もしなくてよい」に着地したわけではない。どの仕事や資産なら誰が担えるのかを、一括パックではなく項目ごとに話す方向へ寄ったと読める。
1,092億円は別の箱
もう一つ、数字の混線を止めておこう。国は2024年度から2026年度までの3年間に、JR北海道へ総額1,092億円の支援を行う計画を示している。かなり大きい。そこで「155.72億円の赤字なら、もう十分埋められるのでは」と割り算したくなる。
でも、この1,092億円は黄8線区だけの赤字穴埋め予算ではない。JR北海道全体の経営自立に向けた支援で、車両や設備、安全対策、経営基盤の強化などを含む。国土交通省の資料は、黄線区の取り組みに必要な支援をこの枠とは別に行うとしている。
したがって、1,092億円を8線区の155.72億円へ直接ぶつけ、「約7年分ある」といった計算はできない。数字は大きいほど何でも入りそうな箱に見えるけれど、予算には宛名がある。新協議で問われるのは、黄8線区に必要な費用の範囲を定め、そのうち何を国の別枠支援、JR北海道、北海道、自治体などが担うかだ。
食料安全保障は専門家の提案
HBCの報道では、北海道大学の岸邦宏教授が、北海道の鉄道による安定輸送を食料安全保障や農業政策として捉えるなら、新たな枠組みが必要ではないかと指摘した。北海道から全国へ農産物を運ぶ貨物列車を考えると、旅客線の線路が物流の土台でもある、という問題提起だ。
これは大事な視点だが、政府が黄8線区の維持費を食料安全保障予算で負担すると決めたわけではない。現時点では専門家の提案である。JR貨物が新協議のオブザーバーに入る想定なのも、旅客だけでなく物流の役割を考える材料にはなる。ただし、そこから特定の財源が決まったと飛躍してはいけない。
それで何が変わるのか
沿線住民や利用者にとって、撤回は「明日から路線がなくならない」という存続保証ではない。同時に、「自治体負担が確定した」という段階でもなくなった。結論を急いで一本の制度へ押し込むのではなく、国を含む協議で、費用と役割を分解して組み直す余地ができた。
今後見るべきは三つある。第一に、8線区ごとの維持費と利用実態を同じ基準で示せるか。第二に、運行の効率化や地域への業務移管で、いくら減らせて誰に新しい負担が生じるのか。第三に、国の別枠支援を含め、2027年度以降の支援主体と期間を具体化できるかだ。
協議会の正式名称、設置時期、法的な位置づけもまだ確定情報がそろっていない。2026年度末までの議論で役割を整理するとしても、それだけで路線存続が決まるとは限らない。「協議を始める」と「費用を約束する」の間には、北海道くらい広い距離がある。そこを何で埋めるかが次のニュースになる。
まとめ
JR北海道が撤回したのは、資産保有を別主体へ移す上下分離という一案だ。2025年度に8線区合計で生じた155.72億円の営業損失も、線路や駅を維持する費用も消えていない。路線の存続も、まだ決定ではない。
変わったのは話し合いの順番である。JR北海道は、資産を受け取る主体を置く案に代えて、国が事務局として前に出て、北海道、自治体、JR北海道などが具体策と役割を協議する形を提案した。1,092億円の国支援はJR北海道全体の別の箱で、黄8線区の赤字へそのまま当てはめられない。友達に説明するなら、こうだ。「割り勘案は撤回された。でも伝票は残った。だから今度は、国も同じ机に着いて、誰が何をどこまで担うかを決め直す案が出た」。