海面すれすれを、翼のついた乗り物が時速300キロで走る。いや、走るのか飛ぶのか、そこからもう怪しい。名前は「シーグライダー」。船と飛行機の間に、ずいぶん元気よく椅子を置いた乗り物です。

米REGENT Craft(リージェント・クラフト)は、12人乗りを想定する試作機「Viceroy(バイセロイ)」で初の有人飛行に成功したと発表しました。ですが、ここで「では2030年に東京湾から島までひとっ飛びですね」と予約画面を探すのは早い。ちょっと待ってください。飛べる機体と、運賃を取って客を運べる交通機関の間には、認証という長い橋があるんです。

空飛ぶ船、商船三井やJAL本腰 海面すれすれ時速300キロ - 日経テックフォーサイト
空飛ぶ船、商船三井やJAL本腰 海面すれすれ時速300キロ - 日経テックフォーサイト

リージェント・クラフトが開発を進めている表面効果翼船のイメージ。乗員2人、乗客12人乗りの機体で、航続距離は1回の充電で300km。巡航飛行時の最高時速は300km(出所:リージェント・クラフト)出発・到着時は船として海上を航行し、巡航時は海面すれすれを時速100〜300km程度の高速で飛行する表面効果翼船(WIG:Wing In Ground-Effect vehicle)、いわゆる「空飛ぶ船」の国内における社会実装へ向けた動きが活発化している。この記事の3つのポイント ・クルマに続いて船も空を飛ぶ、最新動向や注目企業を解説 ・商船三井やJALなどは2030年ごろの運航へ認証づくりを先行 ・成否を分けるのは航路選び、波が穏やかなど条件が固まってきた

今回の登場人物 ​

  • 海面効果船(WIG船): 翼と水面の近さを利用し、主に水面近くを浮いて進む乗り物です。WIGは「Wing-in-Ground」の略。姿は航空機っぽいのですが、海上交通の中で動くため、船のルールが深く関わります。
  • 地面効果: 翼が地面や水面へ近づくと、翼端から空気が回り込みにくくなり、揚力を効率よく得やすくなる現象です。水面が翼の仕事を手伝う、と考えると入口はつかめます。
  • 船級協会: 船の設計や設備が安全基準に合うかを審査する民間組織です。今回の計画では英国のロイド船級協会が、安全・技術・制度面の助言を担います。
  • IMO: 国際海事機関。船の安全や海上交通の国際ルールを扱います。海面効果船についても、性能に応じた分類と安全評価の指針を示しています。
  • REGENT、商船三井、JAL: REGENTはシーグライダーの開発企業。商船三井と日本航空(JAL)は、日本での運航を見据え、認証や許可をどう取るかをREGENT、ロイド船級協会と共同で検討しています。

何が起きたか ​

NIKKEI Tech Foresightは9月14日、商船三井やJALが、海面効果を使って時速100〜300キロで移動する「空飛ぶ船」の実用化を目指していると報じました。日本では2030年ごろの運航を目標に、認証制度づくりが進められています。

技術面でも一歩進みました。REGENTは9月2日、米ロードアイランド州ナラガンセット湾で、Viceroyの初有人飛行に成功したと発表しています。乗ったのは2人の船長。飛行は30秒間で596メートル、水面からの高さは10メートルでした。有人で飛んだことは大きな節目です。ただし、これはメーカー発表に基づく一度の試験結果で、定期便の安全性や採算を証明したわけではありません。

Viceroyはまず船体で浮き、速度を上げると水中翼で船体を持ち上げ、最後に翼で飛ぶという三段構えです。最大時速300キロや航続距離は、実際の路線運航で確認された数字ではなく、設計上の目標性能です。路線、運賃、運航会社、認証時期はいずれも確定していません。未来の乗り物の記事は、動詞の時制が命です。「飛んだ」と「運ぶ」は、似ているようで別の駅なんですね。

この三段構えは、港を出る低速時、水中翼で船体を浮かせる加速時、地面効果で進む巡航時に、それぞれ別の動きをします。つまり審査する側は、飛んでいる最中だけ見ればよいわけではありません。水上から水中翼へ、水中翼から飛行へ移る境目で、装置が想定通り働くかも確かめる必要があります。変身が一回増えるたび、安全確認の宿題も一冊増えると思えばよいでしょう。

ここが本題 ​

では、なぜ飛行試験の次に「船か、航空機か」が問題になるのでしょう。

理由は単純で、分類は名札ではなく、守るべき安全ルールの束だからです。ここがミソです。誰が設計を審査するのか。操縦する人にどんな資格が要るのか。どこを通り、ほかの船をどう避けるのか。故障時にどう止まり、乗客をどう救うのか。保険はどう組むのか。分類が変われば、こうした宿題の出題者と採点基準も変わります。

最高速度はパンフレットの一行で済みます。認証は一行では済みません。いや、役所が意地悪だからではありませんよ。人を乗せて海面近くを高速で進む以上、普通の船と普通の飛行機の両方に似た危険を、一つずつつぶす必要があるからです。

水面近くを飛ぶ理由 ​

海面効果船は、ホバークラフトとも水上飛行機とも違います。ホバークラフトは機体の下へ空気を送り、空気のクッションで水面や地面から浮きます。水上飛行機は水上で離着水しますが、巡航に入れば普通の航空機のように高度を取れます。

海面効果船は、翼が水面へ近いときに強くなる地面効果を主な運航モードに使います。REGENTの説明では、シーグライダーは水面上を翼幅以内の高さで飛びます。高く上がらない制約を引き受ける代わりに、効率よく高速で沿岸を結ぼうという設計です。

ただ、水面は高速道路の舗装ではありません。波があり、船が行き交い、流木などの障害物もあり得ます。離水と着水、水中翼から飛行への移行、横風、視界不良、機器故障をどう扱うか。きれいに飛んでいる映像の外側に、安全設計の本番があります。映像が予告編なら、認証はスタッフロールまで含む本編です。

海と空の境界 ​

IMOの指針は、WIG船を認証される運航能力に応じてA、B、Cの3タイプに分けています。タイプAは地面効果の範囲内だけで運航するものです。定められた運航条件のもとでは、その上限高度を技術的に超えない構造や装備が求められます。タイプBは緊急時や障害物を越えるときに限り、地面効果の外へ一時的に上がれますが、水面から150メートルを超えません。タイプCは同じ目的に限り、150メートルを超える高度でも限定的に運航できるものです。

この違いが大事です。IMOと国際民間航空機関(ICAO)は、地面効果の外で継続飛行できるWIG船には航空の規則も関わると整理しています。一方、地面効果内で動くタイプAなどは海事規制の領域です。海上衝突予防の国際ルールもWIG船を扱い、離着水中や水面近くの飛行中には、ほかの船を避けて航行を妨げないよう求めています。

ただし、この国際的な分類を読んで「ではViceroyは日本でもこの許可だけでよい」とは言えません。どの機体をどのタイプとして扱い、日本の法令、港、航路、乗員資格へどう落とし込むかは、国内の認証・許可プロセスで詰める必要があります。商船三井など4者が共同開発しているのも、まさにその道筋です。船か飛行機かをクイズ番組の二択にするのではなく、実際の運航能力に合わせて必要な安全策を決めるわけです。早押しで答えて終わり、ではないんですね。

飛べるから運べるまで ​

客を運ぶには、機体が予定通り動くことだけでなく、予定外のときに安全側へ倒れることが欠かせません。センサーが一つ故障したらどうするか。水中翼から飛行へ移る途中で異常が出たらどう戻るか。ほかの船を見つける装置と避航手順は十分か。乗員は海と空のどちらの知識を、どこまで身につけるのか。夜間や荒天で運航するのか、欠航にするのか。

ロイド船級協会は、既存ルールだけでは埋まらない部分について、危険を一つずつ評価する方法でREGENTの認証を支援しています。新しい乗り物だからルールがない、はい自由です、とはなりません。むしろ、既存の物差しが合わない部分ほど、なぜ安全と言えるのかをデータで説明する仕事が増えます。

生活路線にするなら採算も必要です。港に近い場所を発着点にできれば、空港までの移動を短くできる可能性があります。電動なら運航中に排気ガスを出さない利点も見込めます。一方で、充電設備、整備拠点、乗員訓練、欠航時の代替輸送が要る。最大速度が速くても、波で欠航が続けば時刻表はしょんぼりします。速度、運航率、料金を一緒に見なければ、便利さは測れません。

それで何が変わるのか ​

島が多く、沿岸都市が並ぶ日本にとって、シーグライダーは検討する価値のある選択肢です。船より移動時間を短くし、航空機とは違う発着場所を使えるなら、離島交通や都市間移動の隙間を埋める可能性があります。

でも、いま確認できるのは、有人試験が一段階進み、日本で認証・許可の道筋をつくる共同作業が始まっていることまでです。2030年ごろは商船三井が掲げる商用化の目標で、約束された開業日ではありません。

今後見るべき数字は最高時速だけではありません。どの波高や風速まで運航できるか。何回の試験を重ねたか。故障時にどう安全を保つか。誰が認証し、どんな資格の乗員が動かすか。どの航路で、何便を、いくらで運べるか。ここまでそろって初めて、「珍しい乗り物」が「使える交通機関」になります。

まとめ ​

海面効果船は、水面近くで翼の効率が上がる地面効果を使い、船の発着しやすさと航空機の速さを組み合わせようとする乗り物です。Viceroyは初の有人飛行を終えましたが、最大時速300キロなどは設計上の目標性能で、路線運航の実績ではありません。

実用化の中心にあるのは、「船か航空機か」という言葉遊びではなく、能力に応じて誰が何を審査し、どの安全ルールを適用するかです。海面近くを飛ぶなら、機体だけでなく、乗員、航路、避航、救難、荒天時の判断まで設計しなければならない。

飛べた。さて、次は安全に繰り返し運べるかです。最高速度より地味ですが、その認証の橋を渡り切れるかが、空飛ぶ船を本当の乗り物に変えるんです。

Sources ​