東京・浅草のある基準地は、2026年の価格が1平方メートル490万円。前年より26.9%上がり、2021年の218万円と比べると約2.2倍になりました。訪日客が戻り、ホテルや店舗の需要が強まった結果です。

街が人気になり、土地の価値が上がる。普通ならめでたい話に見えます。ところが、その人気を何十年も支えた店ほど、賃料や採算の競争で退出しやすくなることがあります。人気が、その人気を育てた店を押し出すような逆説は、どうして起きるのでしょう。ただし、閉店理由を地価一本で説明しないことも、同じくらい大事です。

2026年の基準地価 “インバウンド需要”で浅草が急上昇も…地元の複雑な思い「浅草の特徴がなくなっちゃった」地価高騰で老舗廃業相次ぐ | TBS NEWS DIG (1ページ)
2026年の基準地価 “インバウンド需要”で浅草が急上昇も…地元の複雑な思い「浅草の特徴がなくなっちゃった」地価高騰で老舗廃業相次ぐ | TBS NEWS DIG (1ページ)

土地取引の目安となる全国の基準地価が公表されました。都内随一の観光地・浅草エリアではここ数年、土地の価格が急上昇していますが、手放しで喜べない事情もあるようです。つい先ほど発表された基準地価。全都道… (1ページ)

今回の登場人物 ​

  • 基準地価: 都道府県が毎年7月1日時点の「標準的な土地の価格」を調べ、9月ごろに公表する指標です。土地の通知表のようなものですが、街全体の平均賃料ではありません。
  • 台東5-1: 今回注目された東京都台東区浅草1丁目29番6の商業地です。2026年の基準地価は1平方メートル490万円でした。
  • インバウンド: 日本を訪れる外国人旅行者や、その旅行需要を指す言葉です。宿泊、飲食、買い物の需要を通じて、店舗や土地の収益期待を押し上げます。
  • 借り手の店: 土地や建物を所有者から借りて営業する店です。契約更新や建て替えの際、賃料上昇の影響を受ける可能性があります。
  • 自前物件の店: 土地や建物を自ら所有する店です。家賃上昇は直接かかりませんが、相続、税、修繕、売却や再開発の提案など、別の判断材料があります。
  • 老舗: 長年続く店の通称です。法律上の一律の年数基準はありません。この記事では、地域の記憶や日常的な魅力を長く支えてきた店という意味で使います。

何が起きたか ​

TBS NEWS DIGは、2026年の基準地価で浅草の地価が大きく上昇し、浅草周辺の4地点が全国の上昇率上位10地点に入ったと報じました。背景として挙げられたのが、訪日客によるホテルや店舗の需要です。

東京都の資料によると、台東5-1の基準地価は2026年に1平方メートル490万円、前年比26.9%上昇でした。同じ地点は2021年に218万円。490を218で割ると約2.25なので、「5年で約2.2倍」は丸めた表現です。5年間、毎年同じ割合で上がったという意味ではありません。

また、この倍率は同じ調査地点を比べた値です。浅草の全区画を合計して平均した数字でも、浅草にある全店舗の資産価値が一律に2.2倍になったという数字でもありません。強い上昇を示す目印ではありますが、一本の温度計で街中すべての部屋の温度を決めない、という読み方が必要です。

番組は、客の約7割が外国人だという「祇園京くらら 浅草店」と、手打ちそば店「十和田」を取材しました。十和田の4代目おかみ、89歳の冨永照子さんは、チェーン店が増え、浅草らしさが変わりつつあるという趣旨を語っています。記事は、老舗の閉店が相次ぐ背景として、地価上昇に伴う家賃の上昇だけでなく、後継者不足も挙げました。

まず、地価と家賃は同じではない ​

ここで一番大事なブレーキです。基準地価が26.9%上がったから、浅草のすべての店の家賃がその日に26.9%上がるわけではありません。

基準地価は、選ばれた一地点について、土地の形や利用状況などを踏まえて評価した「正常な価格」です。実際の店舗賃料は、建物の広さ、階、古さ、通りへの面し方、契約時期、更新条件などで変わります。土地価格と家賃は関係しますが、同じメーターではありません。

しかも、借りている店と自分で所有する店では負担の通り道が違います。借り手には賃料や更新条件が問題になります。所有者には家賃はありません。土地の評価が上がれば固定資産税や相続、再開発の提案が判断に影響する場合はありますが、今回取材された各店の所有・賃貸関係は入口記事から確認できません。

実際の月額賃料、値上げ幅、閉店した具体的な老舗の数と店名も、記事には示されていません。したがって「この店は地価上昇で閉店した」「浅草の老舗はみな家賃で消えた」とまでは言えません。地価は強い背景情報ですが、個々の店の診断書ではないんです。

観光客が増えると「払える家賃」が変わる ​

それでも、地価上昇が老舗の退出圧力につながる仕組みはあります。鍵は、土地そのものより、その場所でどれだけ売上を上げられると市場が期待するかです。

訪日客が増えると、宿泊、食事、土産、体験への支出が増えます。人通りの多い場所なら、ホテル、ドラッグストア、全国チェーン、観光客向け店舗は、以前より大きな売上を見込めます。見込める売上が大きければ、店舗に払える家賃の上限も上がります。

所有者の側から見れば、より高い賃料を払う借り手が現れる、建て替えてホテルにした方が収益を上げられる、土地を高く売れる、といった選択肢が増えます。全所有者がそう動くわけではありません。しかし周辺の取引価格や募集賃料が上がれば、契約更新や建て替えのタイミングで既存店への圧力は強くなります。

つまり「観光客が多いから老舗が閉まる」という一直線ではなく、観光需要が売上期待を上げ、その期待が場所の価格を上げ、高い固定費を負担できる事業へ入れ替わりやすくする、という順番です。

なぜ老舗の方が弱くなりやすいのか ​

老舗だから経営が弱い、と決まっているわけではありません。長年の信用や固定客、持ち物件は大きな強みです。それでも、街の日常を支えるタイプの店ほど、高騰した場所代との競争で不利になりやすい条件があります。

そば、和菓子、履物、日用品などは、客が繰り返し買える価格を守ることで地域に根づいてきました。価格を一気に上げれば、常連が通えなくなります。手仕事なら、一日に作れる量にも限界があります。1杯を倍の価格にしても客が倍来ても、職人の腕は分身しません。売上を急に伸ばしにくい一方、家賃は毎月決まって出ていきます。

全国チェーンは複数店舗で仕入れや広告をまとめ、赤字期間を他店で支えられることがあります。ホテルや観光客向けの店は、旅行中の一度きりの体験に高い単価を設定しやすい。こうした違いが、同じ場所に払える金額の差になります。

さらに老舗には事業承継があります。店主が高齢になり、後継者がいなければ、家賃が変わらなくても閉店は起こります。逆に土地が高くなれば、「無理に継ぐより売る」「建物を貸す」という選択が現実味を増すこともあります。地価は単独の原因というより、後継者不足や建物の老朽化と組み合わさって、閉店の最後の一押しになり得ます。

人気が自分の理由を食べる ​

浅草へ人が来る理由は、浅草寺や雷門だけではありません。細い通りの店、昔からの味、店の人とのやり取り、チェーン店だけでは作れない風景が、旅行先としての魅力を形づくっています。

ところが観光人気が場所の収益期待を押し上げ、どの通りも高い賃料を払える業態ばかりになると、街は別の都市の観光地と似てきます。短期的には売上が増えても、長期的には「ここでしか得られないもの」が薄くなる可能性があります。人気が人気の理由を少しずつ食べてしまうわけです。

これは「チェーン店は悪い、老舗はすべて残すべき」という話でもありません。新しい店が空き店舗を埋め、雇用や便利さを生むこともあります。守るべきなのは古さそのものではなく、その街の魅力を作る多様な店が、採算を取りながら残れる余地です。

何を見れば退出圧力が分かるか ​

今後、浅草の変化を確かめるには、地価ランキングだけでは足りません。商店街ごとの募集時の家賃と、実際の契約で決まった家賃、空き店舗率、業種の入れ替わり、店舗の所有・賃貸別の閉店理由、後継者の有無などを継続して見る必要があります。

特定の閉店を取り上げるなら、店主本人の説明、契約条件、売上や人手、承継問題を確認しなければなりません。「地価が上がった街で閉店した」だけでは、因果関係は証明できないからです。

行政や地域が考えられる対策も、家賃補助だけではありません。事業承継の仲介、改修支援、長期契約を結びやすくする仕組み、地域に必要な業種へ公共物件を貸す方法などがあります。ただし、どれが浅草で実施・有効かは別途検証が必要です。

まとめ ​

浅草のある基準地は、2021年の1平方メートル218万円から2026年の490万円へ、約2.2倍になりました。インバウンド需要でその場所の売上期待が高まると、高い賃料を払えるホテルやチェーンなどが有利になり、価格や生産量を急に伸ばしにくい店は退出圧力を受ける場合があります。

ただし、基準地価は個別店舗の家賃ではなく、入口記事だけでは取材店の所有・賃貸関係や実際の賃料も分かりません。閉店には後継者不足など複数の理由があります。だから正確な答えは、「地価が老舗を追い出した」ではなく、「土地を最も高く使える事業が有利になる市場では、薄利や承継問題を抱える店ほど残りにくくなり得る」です。

Sources ​