うどん専門店「つるとんたん」の事業を、サンマルクホールディングスが128億円で取得する。うどんに128億円。あの大きな器を何杯積んでも届きそうにない数字だが、もちろん器の大きさを査定したわけではない。
買い手が手にするのは、国内外の店舗だけでもない。製麺、ギフト販売、契約や権利、37年かけて作った知名度、商品力、店ごとの空間、そして次の店をゼロから育てずに済む時間まで含む事業だ。では、その見えない価値は、128億円のどこに入っているのか。いや、ここは「全部ブランド代です」と言いたくなるところだけど、話はそこからです。

サンマルクカフェなどを展開するサンマルクホールディングスは、うどん専門店の「つるとんたん」を128億円で買収すると発表しました。サンマルクHD 藤川祐樹 社長「我々から『つるとんたん』へのシナジーという…
今回の登場人物
- サンマルクホールディングス:買い手。「サンマルクカフェ」「鎌倉パスタ」などを展開し、近年は「京都勝牛」「牛かつもと村」もグループに加えた外食企業だ。
- つるとんたん:1989年に大阪・宗右衛門町で1号店を開いた、うどん専門店。商品だけでなく、店ごとに違う空間づくりでも知られる。
- ケー・エキスプレス:つるとんたん事業を運営し、今回その事業を移す会社。親会社はカトープレジャーグループだ。
- 吸収分割:会社を丸ごと売るのではなく、決めた事業の資産、契約、権利義務を別会社へ移す会社法上の方法。今回はサンマルクHDが新会社をつくり、そこへ事業を移す。
- 取得原価配分と「のれん」:買収価格を、店舗設備や商標などへ時価で仕分け、なお残る差額を「のれん」とする会計処理。店先に掛ける布の話ではない。会計ののれんは、将来の稼ぐ力への期待が入る箱だ。
何が起きたか
TBS NEWS DIGは2026年9月17日、サンマルクHDが「つるとんたん」事業を128億円で買収すると報じた。サンマルクHDの正式発表によると、同社は100%子会社の「株式会社つるとんたん(仮称)」を新設し、ケー・エキスプレスから対象事業を吸収分割で承継する。効力発生日は12月1日の予定だ。
対象は、つるとんたんの国内直営13店舗と、和食店「日本の旬の味 百膳」1店舗、海外フランチャイズ2店舗、製麺、ギフト商品の販売事業である。新会社は、対象事業に関する資産、契約その他の権利義務のうち、契約で定めるものを引き継ぐ。
つまり、ケー・エキスプレスという会社を丸ごと買う株式取得ではない。ホテルや別の事業まで全部ついてくる「会社まるごと福袋」でもない。つるとんたんを中心とする事業を切り出して移す取引だ。
128億円の中身
さて、ここで数字を三つ並べよう。大きな数字ほど、いったん順番に置いたほうが見やすい。
一つ目は、買収価格の128億円。二つ目は、対象事業の2026年3月期売上高61億3500万円。三つ目は、引き継ぐ資産の帳簿価額12億1600万円だ。引き継ぐ負債は、開示上ゼロとされている。
買収価格は、1年間の売上高の約2.09倍になる。ただし、これだけで「高い」「安い」とは決められない。売上は、お客さんから受け取った代金の合計で、そこから食材費、家賃、人件費、光熱費などを引いた利益ではない。対象事業の営業利益や、利息・税金・減価償却費などを差し引く前の稼ぐ力を示すEBITDAは公表されていない。何年で128億円を回収できるかは、今ある資料だけでは計算できないのだ。
では、価格128億円と帳簿上の資産12億1600万円の差、115億8400万円は何だろう。ここで勢いよく「はい、ブランド代115億8400万円」と書くと、早押しクイズならお手つきである。
帳簿価額は、棚卸資産、店舗の設備、敷金や保証金などが会計帳簿に残っている金額だ。人気、知名度、商品開発の力、店の運営ノウハウは、長年かけて自社で育てても、その価値がそのまま資産として帳簿に載るとは限らない。逆に、帳簿上の設備額が大きければ人気店だ、とも言えない。厨房機器は行列を作ってくれない。焼き場にそこまで求めるのは酷です。
ブランド代と呼ぶ前に
さて、買収が成立した後、会計では「取得原価配分」という作業をする。英語の頭文字でPPAとも呼ばれる。128億円の値札を、取得した日における時価で、棚卸資産や設備、商標などの識別できる資産と負債へ配り直す作業だ。
レシートを作り直すところを想像すると分かりやすい。「店舗設備はいくら」「敷金はいくら」「独立して価値を測れる商標などはいくら」と仕分けする。そうしても個別の名前を付け切れず、買収価格の方が大きければ、その残りが会計上の「のれん」になる。
サンマルクHDの発表は、この取得原価配分とのれんの金額を「現在精査中」としている。帳簿資産との差115億8400万円が、そのまま商標の値段になるわけでも、そのままのれんになるわけでもない。効力発生日の資産額は、3月末の帳簿価額とも変わりうる。
企業会計基準委員会の基準では、取得した事業の識別できる資産と負債へ取得原価を時価で配分し、残額をのれんとする。ブランドも、法律上の権利があり、独立した価値を合理的に算定できる場合などは、のれんと分けて無形資産として認識することがある。
だから現段階で正確に言えるのは、こうだ。サンマルクHDは帳簿上の物だけでは説明できない将来価値を見て、128億円を払うと合意した。ただし、その価値を商標、その他の無形資産、のれんへどう分けるかはまだ決まっていない。
買ったのは次の一店
では、買い手はどんな将来価値を見ているのか。ここは想像で具を足さなくても、会社自身の説明がかなり具体的だ。
サンマルクHDは、つるとんたんの「ブランド価値・希少性・商品力」を維持しながら、成長させる方針を示した。自社が持つチェーン運営のノウハウと物件情報網を使い、国内の主要都市へ計画的に出店する。物流網で原材料や資材を安定供給し、調達コストを下げる。すでに出店しているASEANを含む海外にも広げる。これが買い手の描く足し算だ。
つるとんたんは、1989年の創業から37年かけて、名前を知ってもらうところまで来た。北海道・利尻産昆布と鹿児島・枕崎産かつお節を使うだし、店内での「打ちたて・切りたて・湯がきたて」、豊富なメニュー、店舗ごとに違う空間が特徴とされる。うどんを空腹を満たす一杯で終わらせず、食事の時間と場所ごと商品にしたわけだ。
新しい飲食ブランドをゼロから始めるなら、名前を考え、商品を磨き、店を作り、客に覚えてもらい、失敗しながら運営を直す必要がある。いや、店を一軒開けば終わり、という話ではない。買収では、その長い助走を一部飛ばせる。128億円は、過去の16店舗だけでなく、17店目、18店目を「知らない店」として始めなくてよい可能性にも払うお金なのである。
しかも対象には、直営店だけでなく、海外フランチャイズ、製麺、ギフト販売も入る。店舗で食べる以外の売り方と、海外の別会社にブランドを使ってもらう仕組みがすでにある。買い手はレジの台数ではなく、事業の入口を複数まとめて手にする。
広げるほど薄まる
ただし、ここには少々ややこしい矛盾がある。買い手が価値として挙げたものの一つが「希少性」なのに、買収後の狙いは店舗網を広げることだからだ。
売り手のカトープレジャーグループは、つるとんたんについて、現在の店舗数を自社にとって最適な規模として設定していたと説明した。それでもサンマルクHDなら、ブランドの潜在力を引き出してさらに成長させられると判断し、事業承継を決めたという。
店舗を増やせば、これまで近くに店がなかった人も利用できる。売上の機会も増える。一方、どこへ行っても同じ内装、同じ体験になれば、「わざわざ行きたい店」という価値が弱まるかもしれない。物流と調達を効率化しても、商品やサービスの感じ方まで工場のネジのようにそろえればよいわけではない。
いや、チェーン化が悪いという話ではない。大事なのは、そろえる部分と、残す部分の線引きだ。食材の調達や会計システムは共通化しても、店ごとの空間やメニュー開発は残す。そうした設計ができれば、規模と個性は両立しうる。逆に、効率化でブランドの理由まで削れば、128億円で買ったものを自分で薄めることになる。高いだしを取って、お湯でどんどん割ってはいけない。
これから見る数字
では、この買収が成功かどうかを何で判断するのか。発表日の知名度より、今後の開示を見る必要がある。
まず、最終的なのれんと識別可能な無形資産はいくらになるか。サンマルクHDは日本基準で決算を作っており、のれんが出れば、その効果が及ぶ期間に応じて20年以内で規則的に償却する。買収後の利益には、店舗の稼ぎだけでなく、この会計上の費用も効いてくる。
次に、どこへ、どの速度で出店するか。国内の地方都市や海外へ広げても、既存店と同じ支持を得られるとは限らない。海外フランチャイズを増やすのか、直営で進むのかでも、必要な資金とリスクは変わる。
そして何より、対象事業の利益がどれだけあるか。サンマルクHDは、2027年3月期の連結業績への影響も精査中としている。売上61億3500万円は分かったが、利益、買収資金の回収、具体的な出店目標には空欄が残る。128億円の値札だけを見て答え合わせをするのは、まだ早い。
まとめ
サンマルクHDが128億円で取得するのは、つるとんたんの看板だけでも、国内外の店舗だけでもない。つるとんたんの国内直営13店舗と「百膳」1店舗、海外フランチャイズ2店舗、製麺、ギフト販売、事業に関する資産や契約などをまとめて引き継ぐ取引だ。
対象事業の帳簿上の資産12億1600万円と価格との差は115億8400万円ある。だが、その全額をブランド代やのれんと呼ぶことはできない。取得時の時価で設備や商標などへ配分し、残った額がのれんになる。内訳は精査中だ。
友達に説明するなら、こうだ。「128億円で買うのは、過去に作った店の道具ではなく、知っている名前、商品と空間を作る力、契約、製麺、海外展開、そして次の店を早く育てられる可能性。ただし、その期待が本当に利益になるかはこれから」。うどんの値段ではなく、次の一店が客を呼ぶ確率に付いた値段なのである。