「1人分は3,000円」と聞いた。よし、3,000円分助かった。話はそれで終わりそうですよね。ところが、1人あたりの給付額が3,000円であることと、世帯へ届くカードをきれいに使い切れることは、似ているようで別の話です。
明石市が物価高対策で配ったギフトカードには、残高をレジで確認できない、現金と一緒に払えるかは店による、といった使う側の宿題があります。ちょっと待って、今回見るのは配った金額ではありません。暮らしの中で本当に使えた金額です。

明石市は、物価高対策の一環として19歳以上の市民に配った3千~4千円分のプリペイド式ギフトカードの利用方法を巡り、「現金と併用ができる店はどこなのか」「残高の確認ができない」といった問い合わせや苦情が相次いでいることを明らかにした。問い合わせ電話窓口の拡大やホームページの更新などで、情報発信を強化しているという。
今回の登場人物
- 明石市: 物価高対策としてカードを配った自治体。発送だけでなく、使い方の案内や店舗情報の整理も担う。
- バニラVisaギフトカード: Visa加盟店などで使える使い切り型のプリペイドカード。銀行のキャッシュカードとは違い、入金し直すことはできない。
- 利用者: カードを受け取った市民。今回は世帯の対象者分を合算した1枚が世帯主に届く。
- 店とレジ: カードを受け付ける現場。ただし、レジに残高を表示する機能はなく、現金との併用もすべての店で認められるわけではない。
- 額面と実効給付額: 額面はカードに入れた金額。実効給付額は、期限までに実際の買い物へ変えられた金額。この記事の主役は、この二つの間にできるすき間だ。
何が起きたか
神戸新聞は9月21日、明石市が19歳以上の市民へ配ったギフトカードをめぐり、「現金と併用できる店はどこか」「残高を確認しにくい」といった問い合わせや苦情が相次いでいると報じました。市は電話窓口を増やし、ウェブサイトの案内も更新しています。
給付額は、19歳から64歳までが1人3,000円、65歳以上が1人4,000円です。ただし、ここは読み違えやすいので一呼吸。1人に1枚ではありません。対象者が複数いる世帯では、その全員分を足した金額が1枚に入り、世帯主へ届きます。2人世帯なら6,000円や7,000円になることもある。カードが全部3,000円か4,000円というわけではないんです。
利用期限は2026年12月31日。全国のVisa加盟店やネット通販で広く使えますが、継続課金、ガソリンスタンド、高速道路など対象外の取引もあります。
ここが本題
では、カードを財布に入れた時点で支援は完了でしょうか。いやいや、ここからが本番です。
支援の成果を「何円分配ったか」だけで見ると、カードの額面で話は終わります。でも生活を本当に助けた金額は、「期限までに何円を買い物へ変えられたか」で決まります。配布はスタート、利用はゴール。宅配便でいえば、発送済みの表示だけ見て「届いたね」と言っているようなものです。まだ玄関に来ていません。
明石市の令和8年度交付金実施計画は、成果目標を利用率95%(総利用金額÷発行額)としています。つまり市自身も、配った額と使われた額が同じとは限らない前提で制度を見ています。ただし、現時点の利用率や未使用額は公表されていません。だから「何千万円も消える」などと先回りして断定はできません。
残高がレジに見えない
いちばん大きな摩擦は、残高の扱いです。このカードは、店のレジで残高を調べてもらえません。レシートにも残りは出ません。利用者がカード裏面のQRコードから専用サイトへ進むか、通話料のかかる電話窓口へ連絡し、先に確認する必要があります。
残りが823円なのに1,000円をカードで払おうとすると、「177円足りません」と親切に教えてくれるわけではありません。決済はエラーになります。しかもエラーの原因は残高不足だけでなく、磁気の読み取り、対象外の店や商品など複数あります。レジ前で急に小さな推理番組が始まる。後ろに人が並んでいたら、落ち着いて名探偵をやっている場合でもないですよね。
発行会社は、残高を事前に確認し、店員へ「823円をカードで、残りを現金で」と伝える方法を案内しています。ところが、現金やポイントとの併用を認めるかは店ごとに違います。2枚のギフトカードを同じ会計で使うこともできません。
つまり利用者には、残高確認、併用できる店探し、レジでの説明という三つの作業が発生します。金額はもらえても、使い切るための取扱説明書が少々長いわけです。
しかも世帯合算の1枚は、発送費を抑えられる半面、家族の中で誰がいくら使ったかをカード自身は分けてくれません。3人分をまとめたカードで買い物をすれば、残高は世帯全体の数字として減ります。これは不正でも欠陥でもなく、制度が選んだ仕様です。ただ、1人あたりの支援額と、1枚のカードとして管理する金額が違うため、利用者には家庭内での残高管理も加わります。
この違いは、支援の説明にも響きます。「65歳以上は4,000円」と聞けば、自分用の4,000円券が届く姿を思い浮かべる人もいるでしょう。実際には家族分と合算される場合がある。制度の案内では、対象額だけでなく、どの単位でカードが届き、誰が残高を管理するのかまで一緒に伝えないと、期待した封筒と中身がずれてしまいます。
店舗一覧だけでは解けない
さて、店を探す段階にも小さな関門があります。市は事業者から情報を集め、利用できる店や現金併用可能店の一覧を公開しています。これは助けになります。ただし、一覧は店舗からの自己申告で、すべてのVisa加盟店を載せた完全版ではありません。
一覧にないから使えないとは限らず、Visaの表示があるから現金併用までできるとも限らない。利用できるか、併用できるか、という二つの問いに別々の確認が必要です。地図はあるけれど、道によって信号のルールが違う感じです。初見で迷う人が悪い話ではありません。
ここで大事なのは、使い方を知らない市民を責めないことです。制度の目的は、物価高で負担が増えた暮らしを支えること。支援を受けるために覚えることや問い合わせることが増えれば、その手間も制度の一部です。行政学では、制度を知る、条件を確かめる、手続きをこなすといった負担を「行政負担」と捉えます。申請書がなくても、利用段階に負担が移れば消えたことにはなりません。
なぜカードだったのか
では、最初から現金にすればよかったのか。ここも一段ずつ見ましょう。
明石市は、現金給付では市民から申請を受け、審査し、口座へ振り込む必要があり、時間と手間がかかると説明しています。カードなら申請不要で世帯へ送り、買い物に直接使ってもらえる。早く広く届けるという入口には、はっきりした利点があります。
また、市議会で「1人1枚にしないのか」と問われた際、市は追加で約2,000万円かかると答えました。世帯に1枚なら発行や郵送の費用を抑えられます。行政側のコストを減らす合理性はあるわけです。
ただし、ここは採点表を分けましょう。入口の効率と出口の使いやすさは別採点です。市役所の処理が軽くなっても、残高管理や店への確認が市民側へ移れば、制度全体の手間がゼロになるわけではありません。書類の山を片づけたら、別の机に小山ができた。そんな構図です。
当初資料では、カードの額面合計約7億5,990万円に対し、発行や郵送などの事務費は約1億8,359万円でした。これは65歳以上への増額前に作られた当初計画の数字なので、最終額とは分けて読む必要があります。それでも、届ける仕組みに相応の費用がかかることは分かります。だからこそ評価するときは、安く配れたかだけでなく、その費用でどれだけ使い切れる状態を作れたかも見るべきです。
日本の自治体にとっての意味
物価高対策では、予算額や対象人数が大きく報じられます。もちろん大切な数字です。でも、プリペイド型の支援で次に見るべきなのは、利用率、残高の確認方法、端数を使い切る手段、期限切れ額です。
特に少額の残高は、使うための手間が価値を上回りやすい。200円を使うためにサイトへ入り、店を探し、レジで説明するとなれば、「もういいか」となる人がいても不思議ではありません。制度の評価には、配布額だけでなく、未使用額と問い合わせ内容の公開が必要です。
案内の良し悪しも、ページを作ったかではなく、迷わず使えたかで測る必要があります。問い合わせが多い箇所は、利用者の注意不足ではなく、制度から届いた改善要求だと考えるほうが次の給付に生かせます。
明石市について次に見る数字は、12月31日までの実際の利用率です。案内の更新や店舗一覧の拡充で利用率が上がったか。どれほどの残高が期限切れになったか。そこまで分かって初めて、この支援が額面どおりに届いたかを判断できます。
まとめ
明石市のカードは、申請なしで早く広く届ける仕組みとして設計されました。一方で、残高はレジで見えず、現金併用の可否は店ごとに違い、期限もあります。その確認作業を市民が担うほど、カードの額面と使い切れる額の間にはすき間ができます。
給付は、配った瞬間に完成するものではありません。受け取った人が迷わず、端数まで暮らしに使えて完成する。3,000円分をカードに入れて送るところまでが政策ではなく、3,000円分の買い物になるところまでが政策なんです。