「最低賃金、75円引き上げへ」。こんなふうに覚えて人へ話すと、まだ決まっていない未来を確定ニュースとして配ってしまいます。ちょっと恥ずかしいし、働く人にも店を経営する人にも判断を誤らせます。

今回出た75円は、労働者側の要求額です。中央の審議会はまだ合意していません。しかも、中央で目安が決まった後も、47都道府県の審議が待っています。最低賃金は、中央で全国の目安を作り、地方で実際の額と発効日を決める二段階。ここを知ると、ニュースの途中経過と結論を見分けられます。

今年度の最低賃金の目安合意に至らず  引き上げ幅めぐり来週詰めの審議へ
今年度の最低賃金の目安合意に至らず  引き上げ幅めぐり来週詰めの審議へ

今年度の最低賃金の目安を決める議論では、労働者側が要求額を提示したものの合意には至りませんでした。来週、詰めの審議を迎えます。 最低賃金は現在、全国平均1121円で、昨年の引き上げ幅は66円と過去最

今回の登場人物

  • 地域別最低賃金: 都道府県ごとに決まる時給の下限です。原則として、その地域で働くすべての労働者に適用されます。
  • 中央最低賃金審議会: 厚生労働大臣の諮問を受け、その年度の引き上げ額の「目安」を議論する国の審議会です。公益、労働者、使用者を代表する委員で構成されます。
  • 地方最低賃金審議会: 各都道府県の実情を踏まえ、実際の最低賃金を審議する場です。こちらも公益、労働者、使用者の代表が同数で参加します。
  • 労働者側: 賃金を受け取る側を代表する委員です。今回、引き上げ幅として75円を要求しました。
  • 使用者側: 企業や事業者を代表する委員です。人件費や価格転嫁、生産性などを踏まえて意見を出します。
  • 都道府県労働局長: 地方審議会の答申と異議申出の手続きを経て、その地域の最低賃金を決定します。

何が起きたか

7月23日のテレ朝NEWSは、2026年度の最低賃金の目安を決める議論で、労働者側が75円の引き上げを要求したものの、労使の合意には至らなかったと報じました。審議は7月27日に続く予定です。

現在の地域別最低賃金は、全国加重平均で時給1121円です。「加重平均」は、各都道府県の額を単純に足して47で割るのではなく、働く人の多さを反映して計算した全国の代表値です。2025年度は、全国加重平均の引き上げ幅が66円となり、過去最大でした。

今回の75円は、この66円を上回る要求です。ただし、「要求した」と「目安が決まった」と「あなたの県の最低賃金が決まった」は、それぞれ別の段階です。予告編のセリフを聞いて、映画の結末まで決まったと言うようなものです。数字が大きいほど、動詞を小さく読まないといけません。

本題は、75円の大きさより決め方

最低賃金は、法律で「これより安い時給で働かせてはいけない」と定める床です。床が上がれば、その下にいた賃金は上げる必要があります。一方で、床より十分高い賃金が自動的に同じ額だけ上がる制度ではありません。

この床を決めるとき、最低賃金法は、労働者の生計費、地域の労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力という三つの要素を考慮するよう求めています。生活できる水準を守ること、周囲の賃金と大きく離れないこと、事業が賃金を払い続けられること。この三つは、どれか一つだけを採点すれば終わる科目ではありません。

物価が上がれば、労働者側は生活費に追いつく引き上げを強く求めます。使用者側、とくに価格転嫁が難しい中小企業は、急な上昇が雇用や事業継続へ与える負担を訴えます。公益委員は、統計や双方の主張を踏まえ、目安をまとめようとします。

ここで「賃上げに賛成する良い人」と「反対する悪い人」という二色に塗ると、制度を理解できません。働く人の生活を守りながら、雇用する側が実際に払える環境も作る。その調整が難しいから、審議会があり、一日で決まらないのです。

第一段階、中央は「全国の最終額」を決めない

中央最低賃金審議会では、厚生労働大臣からその年度の改定について諮問を受け、目安に関する小委員会などで議論します。そこで作るのは、各地方の審議で参考にする引き上げ額の目安です。

「目安」は、ただの感想ではありません。全国の賃金、物価、企業の状況などを集め、公益・労働・使用者の委員が議論して出す重い基準です。ニュース各社が中央の攻防を大きく伝えるのは、この目安が地方審議の出発点になるからです。

ただし、目安は各都道府県を法的に縛る最終命令ではありません。厚生労働省も、地方最低賃金審議会が目安を参考にしながら、地域の実情を踏まえて審議すると説明しています。

したがって、中央で仮に同じ引き上げ幅が示されても、最終的な新しい時給が全国一律になるわけではありません。出発地点である現在の最低賃金が県ごとに違いますし、地方で上乗せや異なる判断が出る場合もあります。

第二段階、地方が実際の額を詰める

中央の答申が出ると、各都道府県の地方最低賃金審議会が、その目安を受け取って審議します。地域の賃金実態、物価、企業の状況、参考人の意見などを見て、その都道府県の改定額を答申します。

この地方審議があるから、中央の数字を見ただけでは、自分の地域の新しい最低賃金を確定できません。たとえば、同じ75円という数字が中央の目安になったとしても、現在額が違えば改定後の額も違います。さらに地方審議の結果が目安と異なる可能性もあります。

答申の後には、関係する労働者や使用者からの異議申出に関する手続きがあります。それを経て、都道府県労働局長が地域別最低賃金を決定します。官報などで公示され、定められた発効日から効力を持ちます。

発効日も全国で必ず同じ日ではありません。2025年度の改定でも、都道府県ごとに10月から翌年3月まで順次発効しました。額だけでなく、「いつの勤務分から変わるのか」まで見て、初めて自分の給与へ落とし込めます。

75円がそのまま決まると仮定しない

7月23日時点で確認できる事実は、労働者側が75円を要求し、合意に至らず、審議を続けるというところまでです。使用者側との隔たり、公益委員がどんな目安を示すか、地方がどう答申するかは、まだ未来です。

この段階で「今年は75円上がる」と会社の人件費を計算したり、「自分の時給が75円増える」と家計を組んだりするのは早い。仮のシナリオとして試算するのは有用ですが、確定額として扱ってはいけません。

一方で、要求額だから無視していいわけでもありません。昨年の全国加重平均66円を上回る75円が交渉の起点に出たことは、物価上昇の中で大幅な引き上げ圧力が続いていることを示します。途中経過は未来の方向を読む材料です。ただ、材料と完成品を混同しない。それだけです。

働く人は何を確認すればいいか

まず、自分が働く都道府県の最低賃金を確認します。住んでいる県ではなく、原則として勤務先の地域です。学生アルバイト、パート、外国人労働者などにも地域別最低賃金は原則適用されます。

次に、時給制でない人は、自分の賃金を時給に換算して比べます。月給には、最低賃金の比較に入る手当と入らない手当があります。通勤手当、時間外手当、賞与などは通常、比較の対象から外れます。単純に月給を総労働時間で割るだけでは正しくない場合があるため、厚生労働省や労働局の計算方法を確認しましょう。

そして、今年の改定額と発効日が正式に公示されてから、自分の給与明細と照らします。最低賃金を下回る契約を結んでも、下回る部分は無効で、最低賃金額で契約したものと扱われます。不明点は都道府県労働局や労働基準監督署へ相談できます。

雇う側は「最終発表待ち」だけでは遅い

事業者は、75円を確定額として扱わない一方、複数の上げ幅で人件費を試算しておく必要があります。最低賃金に近い従業員だけでなく、その少し上の人との賃金差が縮まる「賃金の圧縮」も起きます。新人と経験者の時給差をどう保つかまで考えると、影響は最低賃金ぴったりの人だけにとどまりません。

価格転嫁、省力化、仕事の分担、支援策の活用も、正式発表後に一夜で決められるものではありません。中央の要求額や目安は、経営準備の早期警報として読む。ただし、雇用契約や価格改定の根拠にするときは、地方の最終額と発効日を待つ。この時間軸の使い分けが必要です。

最低賃金を上げればすべての生活問題が解決するわけでも、上げれば必ず雇用が消えるわけでもありません。業種、地域、価格転嫁、生産性、人手不足の度合いで影響は変わります。だからこそ、最後の数字だけでなく、審議で三要素をどう評価したかも読む価値があります。

これから追う順番

次に見るのは、7月27日の中央の審議です。労使が合意するのか、公益委員が見解をまとめるのか、75円という要求がどう扱われるのかを確認します。

その後は、中央の答申に示された目安、各地方審議会の答申、異議申出の手続き、労働局長の決定、発効日という順番です。見出しが「過去最大」でも、どの段階の数字かを毎回確認しましょう。

覚え方は短くて大丈夫です。要求、中央の目安、地方の決定、発効。四つの札を順番に並べれば、「決まった」と「話し合っている」を取り違えにくくなります。

まとめ

7月23日に示された75円は、2026年度の最低賃金の確定した引き上げ幅ではなく、労働者側の要求額です。中央審議会の合意も、地方の最終決定もまだ残っています。

高校生向けに2文で言い直すなら、こうです。最低賃金は、中央が全国の目安を示し、各都道府県が地域の事情を踏まえて実際の額と発効日を決める。だから75円という要求だけを見て確定とせず、地方の決定まで段階を追う必要がある。

Sources