南鳥島沖の水深5569メートルから、レアアースを含む泥が約50トン揚がりました。いやあ、数字だけ見ると宝船が港へ着いたようです。でも、ちょっと待ってください。50トンはレアアース金属の重さではなく、海水を除いたあとの泥の重さです。海底から上げた瞬間に泥が磁石へ変身する、そんな手品はありません。

今回の成功は、とても難しい「海底から船まで」を通過したという話です。国産レアアースを産業として回すには、その先の脱水、輸送、分離、精製、製錬、磁石製造、そして買い手まで、一本の長いリレーをつながなければなりません。ここが今回の本題です。泥を採れたことはゴールではない。頼もしい第1走者が、ようやくバトンを持って走り出したところなんです。

“海底6000m”国産レアアース最前線 中国レアアース鉱山の実態
“海底6000m”国産レアアース最前線 中国レアアース鉱山の実態

東京から1900km離れた南鳥島周辺で、地球深部探査船「ちきゅう」を使って国産のレアアースを採る挑戦が始まっています。産業化に向けたプロジェクトの最前線を取材しました。(9月19日OA「サタデーステー

今回の登場人物 ​

  • レアアース泥: レアアースを含む深海底の堆積物です。南鳥島周辺の日本の排他的経済水域、つまり日本が資源開発などの権利を持つ海域で調査されています。
  • JAMSTEC: 海洋研究開発機構の略称です。研究船や探査機を使って海や地球内部を調べる国の研究機関で、今回の試験を担いました。
  • ちきゅう: JAMSTECの地球深部探査船です。今回は船から海底までパイプをつなぎ、泥を引き揚げる舞台になりました。
  • 中重レアアース: レアアース17元素のうち、イットリウムやジスプロシウムなどを含む一群です。高性能磁石や電子機器などに使われます。
  • 分離・精製・製錬: 混ざったレアアースを元素ごとに分け、不純物を除き、製品材料になる金属などへ仕上げる工程です。採った泥と工業製品をつなぐ真ん中の仕事です。
  • 焼結磁石: 粉末状の材料を押し固め、高温で焼いて作る強力な永久磁石です。電気自動車、風力発電機、産業用モーターなどで使われます。

何が起きたか ​

JAMSTECなどは2026年1月12日から2月14日まで、南鳥島周辺海域で採鉱システムの接続試験を行いました。地球深部探査船「ちきゅう」から水深5569メートルの海底へパイプを下ろし、3日間で3カ所から泥を回収。海水を取り除いた泥は、合わせて約50トンでした。

分析では、イットリウム、ネオジム、ジスプロシウムなどが確認されました。回収した泥に含まれるレアアース全体のうち、重量で54%を中重レアアースが占めたとされています。

さて、ここは数字が元気よく独り歩きしやすい場所です。「泥の54%がレアアース」ではありません。あくまで泥の中に含まれていたレアアースの総量を100%としたとき、そのうち54%が中重レアアースだったという意味です。また、約50トンも金属の量ではありません。泥の総重量です。分母の名札を外すと、ニュースのサイズがいきなり膨らんでしまいます。数字にも名札は付けたまま読まないといけません。

採れた泥は、まだ材料の入口 ​

では、約50トンの泥を揚げられたら、中国などから買うレアアースをすぐ国産品へ置き換えられるのでしょうか。答えは「まだそこまでは言えない」です。

たとえるなら、小麦を畑から収穫できた段階です。パンにするには、運び、選別し、粉にし、生地をこね、焼き、売り場へ届ける必要があります。小麦を収穫できたからといって、「明日からパン屋の棚は満杯」とはなりませんよね。ちょっと待って、話はそこからです。レアアースも同じで、採鉱のあとは泥を脱水し、本土へ運び、複数の元素を分離し、精製・製錬して金属や合金にし、磁石などへ加工します。

JAMSTECが示す次の計画では、揚げた泥を水分の少ない「マッドケーキ」にして南鳥島から本土へ運び、その後の分離・精製・製錬まで試します。海水を大量に含んだまま運べば、欲しい資源より先に水の運賃を払うことになります。脱水は見栄えの地味な工程ですが、事業の財布にはよく響く。いや、ここがミソなんですよ。

中国が強いのは、鉱山の先も太いから ​

資源安全保障のニュースでは「どこから掘るか」が注目されます。地下や海底は絵になりますからね。ところが供給網で本当に見るべきなのは、採掘から製品までの全工程です。

国際エネルギー機関(IEA)によると、磁石向けレアアースについて、中国は2024年に世界の採掘量の60%を占めました。さらに精錬では91%、焼結永久磁石の生産では94%です。つまり、中国の強さは土を掘るところだけではない。元素を分け、金属にし、磁石へ仕上げる下流工程まで太くつながっているんです。

南鳥島沖で泥を採れるようになっても、途中の処理や磁石製造を一つの国や限られた設備に大きく頼るなら、供給が止まる危険は残ります。反対に「全部を日本国内だけで完結させなければ失敗だ」と決めつける必要もありません。技術、費用、処理能力、環境対策を比べながら、国内設備と複数の協力国・調達先をどう組み合わせるか。目標は国旗を貼ることではなく、供給が一カ所で詰まらない仕組みを作ることです。

1日350トンでも、まだ試験 ​

2027年2月からは、同じ海域で約1カ月の本格的な採鉱試験が予定されています。目標は1日350トン規模。泥を南鳥島へ船で運び、島で脱水してから本土へ送り、分離・精製・製錬までつなぐ計画です。人員輸送も含め、産業的な規模を見据えた運用を確かめます。

ただし、350トンという数字は商業生産が始まるという宣言ではありません。試験の目標です。設備が安定して動くか、天候で何日止まるか、泥1トンからどれだけ必要な元素を回収できるか、輸送や薬品や電力にいくらかかるか。事業にするには、1日だけの好記録より、毎日きちんと続けられるかが大切です。ラーメンを1杯うまく作れたことと、昼どきに100杯出せる店を回すことは、似ているようで別の競技でしょう。店を回す話になると、急に厨房も会計も休業日も効いてくる。資源開発もそこは同じです。

プロジェクトは、2028年3月までに経済性を含む総合評価を行う予定です。そこで初めて、技術だけでなく費用や運用をまとめて判断する材料がそろってきます。現時点で「採算が確認された」「商業化が決まった」と言うのは早い。期待は持っていいのですが、カレンダーを2枚ほど先へめくる必要があります。

環境評価も、短距離走で終われない ​

深海の資源を利用する以上、海底の生態系や周辺環境への影響も確かめなければなりません。今回の方式は、閉鎖系の流路で泥を船上へ揚げ、懸濁物の漏れや広がりを抑える設計です。JAMSTECは海底と船上で環境を同時に監視し、船上のバイオアッセイなどから、今回の採鉱に伴う鉱物由来の環境汚染リスクは低いと初期的に判断しました。

けれども、ここで話を一足飛びにしてはいけません。これは大規模な長期操業の安全が証明された、という意味ではないからです。3日間の3カ所での試験と、何年も続く事業では、動かす泥の量も、海底への影響の積み重なりも違います。操業範囲を広げたときの濁り、生物への影響、処理後に残るものの管理まで、段階ごとに監視して確かめる必要があります。

環境か経済安全保障か、という二択にするのも雑です。供給を安定させる事業が、環境対策の不足で止まってしまえば元も子もありません。長く続けられることまで含めて、初めて「安定供給」なんです。

「国産」と呼べる条件 ​

南鳥島のレアアースが日本の依存低減に役立つためには、少なくとも三つが必要です。

一つ目は、泥を安定して採り、脱水して運ぶこと。二つ目は、元素を分け、精製・製錬し、磁石などの品質基準を満たす製品へ仕上げること。三つ目は、そのコストと供給量を理解した企業が、長期に買う契約を結べることです。そこへ環境監視と、設備が止まったときの備えも要ります。

安い輸入品があるときに国産設備を維持するなら、誰が価格差を負担するのかも避けて通れません。政府が支援するのか、企業が供給の安心代として上乗せを受け入れるのか、複数の方法を組み合わせるのか。いや、地味ですがここも本丸です。資源が海底にあることと、事業が黒字で回ることの間には、技術だけでなく契約と政策があります。

まとめ ​

南鳥島沖で約50トンの泥を回収し、その中のレアアースに中重レアアースが多く含まれると確認したことは、国産資源を目指す大きな前進です。ただし、50トンは金属ではなく泥の重さで、54%は泥全体ではなく、泥に含まれたレアアース総量の中で中重レアアースが占める割合です。

今回できたのは、水深5569メートルの海底から船上へ泥を運ぶ第1走者です。この先、脱水、輸送、分離、精製、製錬、磁石製造、買い手を、採算性と環境評価を伴ってつながなければなりません。

だからニュースを見るときは、「採れたか」だけでなく「最後の製品まで誰がどうつなぐのか」を見てください。国産レアアースが本当に頼れる存在になるのは、宝の泥を見つけた日ではなく、長い工程が切れずに回るようになった日です。

Sources ​