「移動に困る人を助けるなら、車を増やせばいい」。たしかに正論だ。ただ、地域交通ではもう一つ、見落としやすい渋滞がある。乗れる車があっても、スマートフォンのアプリを使えず、配車依頼までたどり着けない人がいるのだ。
石川県加賀市では2026年10月7日から、市内すべての15郵便局が公共ライドシェアの利用を手伝う。窓口で配車を頼み、運賃を現金で払い、迎えの車を待てる。今回の発表で新設されるのは、運転手や車両ではなく、配車を頼める対面の入口である。新車のお披露目より地味に見えるけれど、ここ、かなり大事です。

スマホなし・現金決済に対応、スマホ・アプリ利用も支援 Uber Japanと石川県加賀市、一般社団法人加賀市観…
今回の登場人物
- 公共ライドシェア: バスやタクシーだけで十分な移動サービスを提供しにくい場合に、国土交通大臣の登録を受けた市町村やNPOなどが自家用車で有料運送する「自家用有償旅客運送」の呼び名。加賀市版は道路運送法78条2号に基づく。
- 加賀市観光交流機構: 加賀市の公共ライドシェアで運送の主体になる組織。今回の仕組みでも、郵便局が運送事業者へ変身するわけではない。
- 加賀第一交通: 安全な運行の管理を担う事業者。車の運行を「だいたい大丈夫でしょう」で済ませないための担当だ。
- Uber: 配車の技術を提供する会社。今回は一般利用者向けアプリに加え、組織の担当者が利用者に代わって車を手配できる「Uber Central」が重要になる。
- 日本郵便と市内15郵便局: 利用者の相談、代理での配車、現金の受け取り、アプリ利用の手伝いを担う。運転する側ではなく、人とサービスをつなぐ側だ。
何が起きたか
LOGI-BIZ onlineは9月30日、加賀市、日本郵便、加賀市観光交流機構、Uber Japanの4者が、郵便局を公共ライドシェアの利用窓口にする取り組みを始めると報じた。開始日は10月7日で、対象は市内にある15郵便局すべてだ。
利用者は郵便局の窓口で、氏名、電話番号、目的地を伝え、必要な同意手続きをする。職員はUber Centralを使って車を手配し、利用者は提示された運賃を窓口で現金払いする。あとは郵便局に来た車へ乗る。自分のスマートフォンでアプリを操作しなくてもいい。
さらに、職員は希望する人にUberアプリの導入や初期設定、基本的な使い方も案内する。代理で頼む入口も、自分で呼べるようになる入口も置く。一つのやり方へ全員を押し込まないわけだ。
ただし、これは10月7日に始まる仕組みで、利用件数や待ち時間がどう変わるかという結果はまだない。「これで地域交通が解決した」と先に表彰式を始める段階ではありません。
ここが本題
今回のポイントは、車を増やす施策ではなく、配車サービスへ入る方法を増やす施策だということだ。
配車アプリの仕組みを単純化すると、利用者が現在地と目的地を入力し、料金を確認し、車を呼び、決済する。この一連の操作に慣れている人には便利だ。けれども、スマートフォンを持っていない、アプリの登録が難しい、カード決済に抵抗がある、操作を間違えるのが怖いという人には、入口が細い。
この状態では、道路に車が走っていても、その人にとっては「呼べない車」だ。食べ物が冷蔵庫にあっても、扉に複雑な暗証番号が付いていたら夕飯にならない。問題は中身だけでなく、扉にもある。
郵便局は、その扉に人間の取っ手を付ける。利用者はいつもの窓口へ行き、会話で目的地を伝え、現金で払える。裏側では職員がデジタルの配車網を使う。利用者全員へ「まずアプリに慣れてください」と宿題を出すのではなく、サービスの側が人に合わせて入口を足す。順番をひっくり返して考えた設計なのだ。
新しい交通をゼロから作ったわけではない
加賀市の公共ライドシェア自体は、今回初めて生まれたものではない。市は2024年3月、地域交通を補うために公共ライドシェアを始めた。加賀市観光交流機構が運送の主体となり、加賀第一交通が安全な運行の管理を担い、Uberが配車技術を提供する形だ。
根拠になる道路運送法78条2号は、バスやタクシーによる移動が十分でない場合に、市町村や非営利団体などが登録を受け、自家用車で有料運送を行える仕組みを定めている。誰でも好きな日に白い車で商売を始めてよい、という話ではない。地域の必要性、安全管理、運転者、車両などの条件をそろえて動かす制度である。
つまり今回のニュースは、運送制度そのものを新設した話ではない。すでにある公共ライドシェアへ、郵便局という対面の入口を付け足した話だ。この区別を外すと、「郵便局がタクシー事業を始める」という別のニュースになってしまう。
郵便局員がハンドルを握るわけでもない。既存の運行では、加賀市観光交流機構、加賀第一交通、Uberが役割を分ける。今回、そこへ日本郵便の対面支援が加わる。窓口で利用者の依頼を受け、配車を手伝い、現金を受け取り、車が来る場所になる。今回の窓口施策は、既存運行の役割分担に新しい入口を足すものだ。
なぜ郵便局なのか
アプリが苦手な人向けなら、専用の相談所を新設する方法もある。だが、建物を用意し、人を配置し、存在を知ってもらうところから始めなければならない。
郵便局はすでに地域の中にあり、荷物、貯金、保険などの用事で人が訪れる。少なくとも今回の加賀市では、市内15局すべてを入口にするので、利用者が「どこへ聞けばいいのか」を探す負担を下げられる。新しい入口なのに、場所は見慣れている。少し不思議だが、そこが強みだ。
現金払いにも意味がある。デジタルサービスからこぼれる理由は、操作だけとは限らない。カード情報を登録したくない、オンライン決済を使わないという人もいる。配車だけ代理にして支払いはアプリのままなら、橋を半分だけ架けた状態になる。窓口で運賃を確かめ、現金で払えるところまでつないで、ようやく向こう岸だ。
一方、アプリの導入支援は「ずっと窓口へ来てください」で終わらせない選択肢になる。最初の一回を横で手伝ってもらえば、次から自分で使える人もいるだろう。代理利用と自立支援を同じ場所に置く。受付だけで終わらず、次の一歩にも橋を架けている。
解決しない問題もある
この取り組みで改善が期待されるのは、主に利用までの入口だ。車両や運転手の数、運行できる時間帯、乗りたい人が集中したときの待ち時間まで自動的に改善するわけではない。
たとえば、職員が配車操作を完璧に済ませても、その時間に近くを走れる車がなければ待つことになる。配車の窓口が15か所になっても、道路上の座席が15倍になるわけではない。当たり前に聞こえるが、新しい連携の発表では、この二つが頭の中でくっつきやすい。
窓口で扱う個人情報や同意をどう説明するか、混雑時に職員がどこまで対応できるかも、実施後に見ていく点だ。開始前の発表から、利用者の満足度や費用対効果までは分からない。だから評価には、代理配車の件数だけでなく、配車できなかった件数、待ち時間、アプリを自分で使えるようになった人の数など、入口の先を確かめる材料が要る。
日本の読者との接点
この話は加賀市だけの珍しい実験として眺めるより、公共サービスをデジタル化するときの基本問題として読むといい。
便利な仕組みを作っても、使うための機器、操作、決済、相談先のどこかで人が止まることがある。そのとき「利用者のデジタル能力が足りない」で片付けると、サービスは完成しているのに利用者が悪い、という妙な採点になる。実際には、入口もサービスの一部だ。
もちろん、すべてを永久に対面へ戻す話ではない。自分で使える人にはアプリが速い。支援が必要な人には窓口がある。必要なら、窓口でアプリ利用も覚えられる。一本の入口へ全員を押し込むのではなく、同じ移動へ複数の道を用意する。この考え方は、行政手続き、医療予約、防災情報などにも通じる。
まとめ
加賀市の15郵便局が10月7日から担うのは、公共ライドシェアの運転ではない。Uber Centralを使った代理配車、現金払い、アプリ利用の支援によって、すでにある移動サービスへ人をつなぐ役割だ。
中心にあるのは、車を増やすより前に「呼べない人」を減らす発想である。ただし、車両・運転手の供給や待ち時間、運行時間帯は、この窓口施策だけで自動的に改善するわけではない。成功したかどうかは、開始後の利用実績を見なければ分からない。
それでも、この取り組みが示す発想ははっきりしている。サービスは存在するだけでは届かないことがあり、使い始められる入口も設計の一部になる。デジタルの配車技術と、顔を見て話せる郵便局の窓口。デジタルの仕組みに人の手を一本足す設計には、届く範囲を広げる可能性がある。