閉校した校舎に、民間から面白い活用案が来た。では、あとは改装して開業するだけ――とはならない。古い大きな建物には、企画書の表紙に映らない請求書がずらりと付いてくる。
静岡県伊東市の旧川奈小では、2024年度の公募に2社が応募したが、どちらも基準点に届かず事業者を選べなかった。評価項目ごとの得点は公表資料だけでは分からない。ただ、公募条件を見ると、改修、点検、光熱費、原状回復、住民説明まで、用途案の先に決めることが山ほどある。
廃校活用を止めるのは、アイデア不足だけではない。誰が払い、誰が直し、途中でやめたら誰が片づけ、地域の負担を誰が調整するのか。今回は校舎の使い道ではなく、その下に敷く「契約の設計図」を見ていこう。

人口減少にともない、静岡県内の各地で学校が再編・統合され、使われなくなった学校施設の利活用が進んでいる。一方で、利活用が進まない施設もある。活用に向けた課題とは?大きなベッドやソファに、エアコンも完備されたテント。こちらはホテル並みの快適な空間で自然を楽しむグランピング施設。静岡県島田市の閉校した湯日小学校を民間の事業者がおよそ4億円を投じてリノベーションし、2021年にオープンした。理科室や家庭科室はポップコーンづくりやトートバック作りなどのアクティビティースペースとして活用。さらに校長室だ…
今回の登場人物
- 廃校施設: 学校としては閉じたが、校舎や体育館、維持責任が残る公共施設。閉校した瞬間に、自由に使える空き家へ変身するわけではない。
- 自治体: 校舎の所有者・貸主として、公平な事業者選び、防災、契約の監督、撤退後の対応を担う。
- 民間事業者: 改修、運営、集客を担う側。契約期間と費用分担によって、投資を回収できるかが変わる。
- 優先交渉権者と基本協定: 優先交渉権者は、自治体と最初に詳しい条件を話し合える相手。基本協定は事業の大枠の合意で、最終契約や開業とは別の段階だ。
- 財産処分手続: 国の補助金で整備した学校を別の用途で貸したり譲ったりする際の文部科学省の手続。
- 住民合意: 全員一致という意味ではなく、交通、騒音、防災、地域利用への影響を確かめ、計画や契約へ反映する過程。
何が起きたか
FNNプライムオンラインは、静岡県内の廃校活用例と、活用されないままの施設を取材した。入口として紹介された文部科学省の全国数字は大きい。大きい数字ほど、何を数えたかを先にそろえないと、校舎より読者が迷子になる。
文科省が2025年3月に公表した調査の基準日は2024年5月1日。2004年度から2023年度までに閉校した公立学校は8,850校だった。このうち、建物が現存するのは7,612校。さらに、その中で活用中が5,661校、未活用が1,951校である。
割合は、現存する7,612校を母数にすると、活用中が74.4%、未活用が25.6%だ。8,850校すべてが現在も空き校舎として残っているわけではない。
もう一段掘ろう。未活用1,951校の中には、使い道が決まっている235校、使い道が決まっていない1,503校、解体予定の213校が含まれる。「約2,000校が放置」「1,951校すべて計画なし」とすると、数字が急に雑になる。正しくは、使い道未定が1,503校だ。
活用方針が決まっていない校舎2,177施設への複数回答では、「地域からの要望がない」903施設、41.5%と、「建物が老朽化している」902施設、41.4%が多かった。立地条件は387施設、17.8%、財源不足は327施設、15.0%だった。ここでの単位は「校舎施設」で、先ほどの1,503校とは母数が違う。割り算を混ぜないのが大事です。算数、こういう時だけ急に厳しい顔をしてきます。
提案があっても決まらない
ここからは全国統計ではなく、伊東市の旧川奈小という一つの事例を見る。
旧川奈小は2021年3月に閉校した。伊東市の公式資料によると、2024年度に民間事業者を募り、2社が応募したが、どちらも事前に設定した基準点へ届かなかった。このため、その公募では事業者を選定しなかった。
大事なのは、「案が一つも来なかった」のではないことだ。一方で、2社がどの評価項目で何点足りなかったのかは、公表資料からは確認できない。費用のせい、住民対応のせい、とこちらで理由を作ってはいけない。確認できるのは、提案が存在しても、全体の評価基準を満たさなければ公共施設を任せる段階へは進まない、というところまでだ。
市はその後に再公募し、2025年11月18日のプレゼンテーションとヒアリングを経て、アレスファーマインターナショナルを優先交渉権者に選んだ。伊東市の公式ページでは、2026年3月31日に基本協定を締結し、5月28日に住民説明会を開いたとしている。
企画は「浜焼き学校」、レンタルオフィス、体育館の時間貸しだ。ただし、市の表現はあくまで「基本協定」。9月29日時点で、市の公開ページから最終的な賃貸借契約、施設の引き渡し、開業までは確認できない。楽しそうな名前と、契約が完了した事実は分けておこう。公共施設の手続は、企画名の元気だけでは走り出さない。
建物はただでは動かない
なぜ用途案だけで決められないのか。まずは建物の大きさを見ると分かりやすい。旧川奈小の物件概要では、校舎は鉄筋コンクリート造で1,882平方メートル、体育館は鉄骨造で583平方メートル。物件全体の延床面積は2,532平方メートルある。
この大きさになると、鍵を開けて机を並べれば営業開始、とはいかない。公募要項は、事業者が負う費用として、設備の更新、施設の維持、法定点検、清掃、事業用の改修、光熱水費、廃棄物処理、返還時の備品撤去や原状回復などを挙げている。災害による修繕などは協議事項だ。
学校から飲食店、事務所、宿泊施設などへ使い方を変えれば、建築、消防、食品衛生など、用途に応じた確認も要る。市の公募Q&Aは、用途変更の確認申請が一般に必要だと説明している。
国の補助金で整備した学校には、別用途で貸す・譲る際の財産処分手続もある。文科省は条件に応じて承認を簡単にしたり、国庫へ補助金を返さなくてよい扱いを設けたりしている。ただし、「簡素化」は「何もしなくてよい」の別名ではない。
さらに、建物を部分的に使えば費用もきれいに部分化できるとは限らない。伊東市内の別の旧校舎では、楽団が練習場所としての利用を検討したものの、電源が一つにまとまり、校舎全体の電気料金を負担する必要があるとして断念した例が、市の地域会合資料に載っている。
大きな冷蔵庫を無料でもらっても、電気代と修理代で家計が冷えたら困る。建物が安いことと、維持が安いことは別なんです。
やめる時こそ契約
次に必要なのが、うまくいかなかった時の設計だ。民間事業なら、客が想定より来ない、資材費が上がる、設備が壊れる、といったことは起こりうる。そこで「撤退するな」と気合を求めるだけでは、契約にならない。
旧川奈小の公募要項では、貸付期間は10年以内で、期間後の再契約は双方合意の上で協議できる。事業者が大きな改修費を負担するなら、その投資を何年で回収できるかが重要になる。一方、長く貸すほど自治体が途中で条件を見直しにくくなる場合もある。長いほど正解、短いほど安全、と一本線では決められない。
公募時のQ&Aでは、事業者が撤退する際の事前通知期間について、この段階では定めず、優先交渉権者との協議後に協定書や契約書で定めると回答している。つまり、募集時点ではまだ空欄だった。
その空欄に入れるのは、通知期間だけではない。改修した設備を残すのか、撤去するのか。元の教室へ戻す費用を誰が払うのか。次の利用者が決まるまでの警備や点検を誰が持つのか。未回収の投資をどう扱うのか。事業の出口は、入口より目立たない。でも、出口が決まらない契約は、入口にも入りにくい。
比較材料として、島田市の旧湯日小は、市の公式情報では2022年2月から20年間の賃貸契約になっている。ここで見るべきはグランピングの華やかさではなく、投資を回収する時間をどう取ったかだ。なお、FNN記事が伝える開業年と市の賃貸開始日は整合しないため、開業年は断定しない。
文化祭でも、「何をやるか」より終わった後に誰が暗幕を外すかで友情が試される。公共施設なら、その片づけを契約書へ先に書いておきたい。
住民は後付けできない
校舎は、使い方を変えても地域の真ん中から移動しない。客の車、騒音、煙、ごみ、防災機能も、ぜんぶ住所付きでやって来る。
旧川奈小は、伊東市の避難所一覧に収容人数190人として掲載されている。民間事業に使うなら、災害時にどう開けるのか、設備や営業時間と避難所機能をどう両立するのかを決める必要がある。
2024年の地域会合では、住民から事業者の選定委員へ地元住民を加えてほしいという要望が出て、市は意向を尊重して調整すると回答した。住民合意は、一人でも反対したら永久停止という全員一致の話ではない。交通量や騒音、地域利用、防災といった生活上の条件を、選定や契約へ入れるための過程だ。
全国調査では、校舎7,211施設のうち3,580施設、49.6%が住民意向の把握を行っていなかった。ただし、この数字だけで「住民に聞かなかったから活用できない」と因果関係までは言えない。全国値は全体の傾向、旧川奈小は個別事例。それぞれの箱へ戻しておこう。
契約の空欄を減らす
廃校活用で確認する欄は、四つにまとめられる。
一つ目は費用。改修、点検、光熱、大規模修繕を誰が負うか。二つ目は撤退。通知、原状回復、残置物、再公募までの管理費を誰が持つか。三つ目は用途。建築、消防、衛生、財産処分の手続を誰が進めるか。四つ目は住民と公共機能。交通、騒音、防災、体育館などの地域利用を、どの条件で守るかだ。
民間の提案は、この四つへ答えを入れる出発点になる。ただし、民間活用だけが正解ではない。建物の状態や地域の需要によっては、公共利用、部分利用、期間を限った暫定利用、解体も比較対象になる。
旧川奈小について今後確認したいのは、最終契約と施設の引き渡し、実際の賃料と改修費、修繕・撤退の分担、用途変更などの手続、住民説明で出た条件、避難所機能との両立だ。事業者の資料にある今後の開業予定も、計画と実績を分けて追う必要がある。
まとめ
廃校活用で足りないのは、用途のアイデアだけではない。自治体と事業者が、改修・維持費、途中撤退、用途変更、避難所や住民への影響を契約で分けて初めて、公共資産を長く使う判断ができる。
2024年度の旧川奈小には2社から提案があった。それでも最初の公募で事業者が決まらなかった事実は、提案の数と、公共施設を任せられるかという全体評価が別物であることを示している。面白い用途は大事だ。でも校舎を本当に動かすのは、その下にある地味な費用表と契約条項だ。地味な欄ほど、後から大きな声を出すのである。