健康保険組合が2,417億円の黒字。それなら保険料を下げられるのでは――そう思いますよね。ところが2025年度の平均保険料率は9.34%で、過去最高となる見込みだ。給与明細を眺める側としては、「黒字なのに高いとは、どういう勘定ですか」と聞きたくなる。
答えの鍵は、黒字が1,372組合を合計した結果であること、保険料収入が賃上げと加入者増で膨らんだこと、そして支出の一部に年度ごとの振れがあることだ。黒字は「保険料が安かった」という通知表ではない。今回は、大きな合計の裏にいる511の赤字組合まで見にいこう。

大企業の社員や家族らが加入する健康保険組合の2025年度の収支は、全体で2417億円の黒字見込みとなった。黒字は2年連続。賃金の上昇で保険料収入が増えたことが大きく影響したが、平均保険料率も前年度から0.03ポイント増の9.34%となり、過去最高だった…
今回の登場人物
- 健康保険組合: 主に企業や同じ業種の会社が設ける、公的医療保険の運営主体。加入者から保険料を集め、医療費の給付や健診などを行い、高齢者医療を支える拠出金も負担する。
- 健康保険組合連合会: 略して健保連。全国の健保組合を会員とする組織で、今回、2025年度決算の集計見込みを公表した。
- 被保険者: 会社で働き、健保組合に加入している本人。2025年度の集計見込みでは1,710万4,455人。扶養される家族は1,074万7,432人いる。
- 保険料率: 給与や賞与を基に保険料を計算する率。ここでいう9.34%は、事業主と本人の負担を合計した各組合の設定率の単純平均で、本人の給与明細から9.34%がそのまま引かれるという意味ではない。
- 高齢者等拠出金: 現役世代が加入する健保組合などから、高齢者医療制度へ回すお金。加入者自身の医療費とは別に、健保財政の大きな支出になる。
何が起きたか
朝日新聞デジタルは、健保連が9月29日に発表した2025年度決算見込みを報じた。対象は、2026年3月末時点で存在した1,372組合である。まだ「見込み」で、最終確定値ではない。
経常収入は9兆7,004億円、経常支出は9兆4,587億円。差し引き2,417億円の黒字になった。前年度の黒字147億円から大きく増え、2年連続の黒字だ。
ところが、平均保険料率は前年度より0.03ポイント高い9.34%で、過去最高となる見込みだ。被保険者1人当たりの年間保険料負担額も55万9,401円で、前年度より3.6%増える見込みとなった。この金額は事業主負担分と本人負担分を合わせた額で、本人が一人で55万円余りを負担したという意味ではない。
そして1,372組合を一つずつ見ると、511組合、37.2%は赤字だった。「全体で黒字」と「4割近くが赤字」は、どちらも同じ集計に載っている。数字どうしが言い争っているように見えますが、計算はちゃんと一つです。
ここが本題
全体黒字と高い保険料率が同居しても矛盾しない。黒字は、設定された率で保険料を集めた後に、収入から支出を引いた結果だからだ。
保険料率を上げれば、ほかの条件が同じなら収入は増える。賃金が上がっても、保険料を計算する土台が大きくなるため収入は増える。加入する従業員が増えても同じだ。つまり、保険料負担が高まったことと、収支が改善したことは反対ではない。むしろ同じ動きの表と裏になりうる。
家計でいえば、残高が増えた理由が「支出を減らした」だけとは限らない。給料が増えたかもしれないし、家族から集める会費を上げたかもしれない。通帳の最後の一行だけ見ても、途中の物語は分からないわけです。
収入を押し上げた三つ
2025年度の保険料収入は9兆5,682億円で、前年度より4,241億円増えた。増加率は4.6%だ。健保連は増えた理由を分けている。
最も大きいのは、賃金の上昇による2,803億円。次が被保険者数の増加による961億円、保険料率の引き上げによる500億円だ。新設・解散などの影響は差し引き24億円の減少だった。内訳は億円単位に丸められているため、単純合計は4,240億円となり、公表された増加額4,241億円とは1億円ずれる。
加入者本人の平均標準報酬月額は40万9,910円、平均標準賞与額は132万2,172円だった。「標準報酬」は、実際の給与を保険料計算用の等級へ当てはめた金額だ。給料袋をそのまま量りに載せるのではなく、制度用の目盛りに置き換える、と考えるとよい。
保険料は、この標準報酬月額や標準賞与額に保険料率を掛けて計算する。労使で分担するが、健保組合では事業主が半分を超えて負担する場合もある。だから公表された平均9.34%と、自分の給与明細にある本人負担率を、そのまま同じものとして比べてはいけない。
さらに9.34%は、1,372組合の保険料率を単純に平均した数字だ。加入者が多い組合ほど重く数える加重平均ではない。全国の会社員が一律9.34%でもなければ、平均的な一人の控除率でもない。平均は便利ですが、「何の平均か」という名札を外すと、すぐに迷子になります。
黒字を作ったのは誰か
組合別に見ると、黒字だったのは861組合で、黒字額の合計は3,635億円。赤字だった511組合の赤字額合計は1,218億円だ。差し引くと2,417億円になる。
式にすると、3,635億円−1,218億円=2,417億円。全体黒字は、すべての組合に余裕があるという意味ではなく、黒字組合のプラスが赤字組合のマイナスを上回ったという意味だ。クラス平均が80点でも、全員が80点ではない。平均だけでは、一人ひとりの答案は見えないのと同じです。
なぜ差が出るのか。組合ごとに、加入者の年齢構成、給与水準、被扶養者の人数、医療費、保険料率、保健事業、高齢者医療への負担などが違うからだ。若い従業員が多く賃金が高い組合と、高齢の加入者が多く医療給付費がかさむ組合では、同じ率でも収支はそろわない。
だから、全国合計が黒字になったからといって、各組合が一斉に同じ幅で料率を下げることはできない。料率を決める主体も、積立金の状況も組合ごとに異なる。まず自分の加入する健保組合が、いくら集め、医療給付と拠出金にいくら使い、積立金をどれだけ持つかを見る必要がある。
支出にも年度の波がある
支出側も見よう。保険給付費は4兆9,556億円で、前年度より1,631億円、3.4%増えた。病院などでかかった医療費を健保が負担する部分や、傷病手当金などがここに入る。収入が増えた一方で、加入者への給付も増えている。
高齢者等拠出金は3兆8,859億円で、268億円、0.7%の増加だった。ただし中身には差がある。前期高齢者納付金は前年度より455億円減った。この一時的な減少も、2025年度の収支を押し上げた要因になる。
ここは注意したい。支出の一部がある年度に下がったからといって、将来も同じとは限らない。健保連は今後、高齢者医療への拠出や子ども・子育て支援金などの負担を見込んでいる。黒字を一度見ただけで、翌年度以降の負担余力まで確定したとは言えない。
健保連が示した「実質(収支均衡)保険料率」は9.13%だった。これは、各組合の収支均衡に必要な実質保険料率を単純平均した値で、平均保険料率9.34%との差は0.21ポイントだ。赤字の511組合へ9.13%を一律に当てれば均衡する、という共通の調整つまみではない。
では保険料は下がるのか
読者として気になるのは、結局ここだろう。全体黒字なら、来年の保険料は下がるのか。
答えは、「全国合計だけでは決まらない」だ。自分の加入する組合は黒字か赤字か。黒字が一時的な収入増や納付金減によるのか。積立金は十分か。今後の医療費や高齢者拠出金をどう見込むか。事業主と加入者の負担割合をどうするか。これらを見て、それぞれの組合が判断する。
また、賃上げで保険料収入が増えたことは、働く人の手取りが同じ割合で増えたことを意味しない。給与が上がれば税や社会保険料の金額も動く。物価もある。今回の集計から言えるのは健保組合の収入が増えたことまでで、家計が楽になったとまでは断定できない。
見るべき数字は三段ある。一段目は、自分の健保組合の保険料率と労使の負担割合。二段目は、その組合の経常収支と積立金。三段目は、保険給付費や高齢者等拠出金の見通しだ。「2,417億円黒字」の大看板から、自分の給与明細まで降りるには、この階段を使う。
まとめ
健康保険組合の2025年度決算見込みは、全体で2,417億円の黒字になった。一方で平均保険料率は過去最高の9.34%、511組合は赤字だ。この三つは矛盾しない。
黒字は、賃上げ、被保険者数の増加、料率引き上げで保険料収入が増え、黒字861組合のプラスが赤字511組合のマイナスを上回った結果である。さらに支出には年度ごとの波がある。つまり「黒字だから余裕たっぷり」でも、「高い保険料なのに全部赤字」でもない。合計のニュースを読んだら、次は自分の組合の帳簿を見る。そこまで降りて、ようやく保険料の話が自分ごとになるのである。